【第七節】 御前試合
・この物語は自分の理想とする〝侍〟の姿を拙いながらも描いています。
目を通していただく読者の皆様とは主人公のイメージを共有できればと思っています。それでは本編をお楽しみ下さい。
「お義母様……」
大きく見開かれたステラの瞳に映ったのは、ブリューナク公国国王の妃にして王に次ぐ権力を有するサリエル=アイゼンブルクだった。
子供たちは彼女の遺伝子を色濃く受け継いでいるのか。やはり双眸は鋭く吊り上がっているものの、二人の持つ軽薄さとはどこか無縁で毅然とした印象を受ける。
「異邦人、身分証と通行証はどうしましたか? 他に身分を示すものは所持していないようですが」
と、質問したにも関わらず答える前に左一を一瞥すると、
「まぁ、それはこの際どうでもいいことです。ところで今回の一件、不自然なまでにそこの男にとって都合が良すぎるとは思いませんか?」
「何が言いたいのだ、サリエル?」
「簡単なことです。もしもこの者が自作自演を働いていたとすれば、すべての出来事に辻褄が合うとは思いませんか?」
つまり、サリエルは左一がセンチピーダーを手懐け、自ら仕組んだ窮地からステラを救い出すことで公国に取り入ろうとしている。そう言っているのだ。
事実、システナも似たような理由で左一を追い出そうとしていた。
過去の教訓に基づいて警戒するのは間違いではない。身内なら当然の言い分だ。
一つ違ったのは、隠すつもりのない悪意が全身から滲み出ていることだった。
「それは誤解ですっ! サイチ様は深い傷を負いながら命懸けでわたしをっ」
「一介の魔操術師に意見など求めていません。事は公国の根幹を揺るがす重大な問題です、口を慎みなさい」
「……そ、そんな」
濡れ衣を晴らそうと食い下がったステラだが、国王さえ寄せ付けない女王を前に平伏するように俯いてしまう。
そんな情けない妹の姿を兄と姉がくすくすと嘲笑っている。
「……サリエル、お前はあのときのことを未だに」
「関係ありません。私はただ真っ当な見地から意見を述べたに過ぎませんよ」
王妃は視線を合わせようとさえしなかった。
光と闇。決して交わることのない平行線が果てしなく続くかのようだ。
「では、国益を貪ろうとした大罪人の処罰について多数決を」
「王妃殿、その前に一つよろしいか?」
まるで教師に質問でもするような気軽さで、火中の侍がすっと手を挙げた。
「何か? 弁明なら一切受け付けませんが、それでもよろしいならどうぞ」
「では遠慮なく。仮に王妃殿の話が正しいとすれば、某は武芸者を装った魔物使い。そのような者が剣技を修めているはずがない、何かカラクリがあるはず。そう仰りたいと?」
「ええ。その通りですが、何か問題でも?」
煩わしげな返答に左一は、シメたものだとわずかに口角を上げた。
「そこまでお疑いとあらば、剣の腕前を披露するというのはいかがでしょう?」
「何ですって?」
サリエルにとっても寝耳に水、能面のような表情にようやく変化が生じた。
「魔物との立ち合いが狂言でなかったと証明できたあかつきには、某への疑いが晴れるのでございましょう。武芸者たる者、口ではなく剣で語るべし。そうは思いませぬか王妃殿?」
「……それは」
左一の申し入れに王妃の眉間がわずかに狭くなる。
サリエルからすれば反抗されたも同然、審議なく牢獄にぶち込むこともできた。
しかし、すでに左一の一言が場の空気を変えてしまっていた。
身分証も通行証も持たない怪しい流浪人ということで投獄しておけばよかったものを、曲がりなりにも王女の命を救ったという手前、罪人として捕えるには弱いと判断したサリエルは不条理な言い分で自分の意見を強引に押し通そうとした。
(策を弄する者ほど足元が覚束ぬものだ。墓穴を掘るとはまさにこのことよ)
王妃と言えど、この場での迂闊な発言は後の政権に影響を及ぼしかねない。
ここには各分野に秀でた思慮深い大臣たちの姿もあるのだ。
それに醜く命乞いをしている訳でもなく、堂々と剣で語ろうとする者を問答無用で処罰することは彼女にとっても見栄えが悪い。
見る者によっては暴君の所業でしかないからだ。
サリエルのミスは、左一を王城に招き入れる前に始末しなかったことにある。
ただし、完遂できるかは甚だ疑問ではあるが。
「王妃殿、どうか寛大なご決断を」
うやうやしく頭を下げてみせる。これは形式を変えた果たし状でもあった。
「……その申し出を認めましょう」
いかに場所や文化が変わろうとも決して変わらないものがある。
体裁を気にする者ほど、正面切っての開き直りが最も有効な策なのだ。
(たとえ世界が変わろうとも、この手合いはどこにでもいるものだな)
× × ×
パンパンッ
左一の提案を渋々に受け入れたサリエルが苛立たしげに手を打ち鳴らすと同時、一つの動作が持つ意図を汲み取った騎士たちは淀みなく次の行動へと移る。
それとは別に床に伸びた絨毯が魔術によって自動的に巻き取られていく。
あっという間に景色が移り変わる中、ステラが咎めるように問い質してきた。
「サイチ様、どうしてあのようなことを?」
「心配を掛ける。されど、ああでもせねば罪人として投獄されておった。あの場は他に手がなかったのだ」
「たとえそうだったとしても、そんなのあんまりですっ。サイチ様は命を懸けてわたしを救ってくださいました。それなのにこんな仕打ち……」
「ステラ殿には悪いことをしたと思っておる。事を穏便に済まそうとしてくれたというのに、王妃殿との仲も険悪にしてしまったようだ」
「そ、そんなことはっ。どの道、わたしではお義母様を説得することはできませんでしたし……。それよりサイチ様の身に何かあってはと」
左一は不安そうに俯くステラの頭にぽんっと手を乗せ、金色の髪を撫でてやる。
「さ、サイチ様?」
「案ずるな、某は簡単には死なんさ。信長様の許に帰還せねばならぬからな」
「……分かりました。どうかご武運を」
ステラは頭を下げ、何かを振り切るように離れていく。
小さくなる背中から正面に視線を戻すと、新たな陣を展開した騎士たちの姿が目に留まった。
「これは、」
左一を取り囲むように布陣した二四人の騎士はすでに詠唱段階に入っていた。
終盤に差し掛かると一人一人が色調の異なる光を全身に帯びる。
次に配置された座標を光点に見立て、円を描くように白銀の線が彼らを結んでいく。そして、線上からガラスのような半透明の壁がせり上がり、天井付近まで上昇すると最後に頭上を覆う巨大なフタを形作った。
(鳴かぬなら 殺してしまえ 霍公鳥。某はカゴに捕らえられた哀れな一羽といったところか)
聞く者によっては恐怖を抱く詩。
しかし、それは言葉の真意を読み解こうしなかった思慮の浅い感想に過ぎない。
霍公鳥には決して鳴けない理由があり、覆さないのであれば斬られても致し方なかった。だが信長は従わないことに腹を立てた訳ではない。
斬られる寸前まで信念を曲げなかった覚悟を褒め称え、この詩を詠んだのだ。
「某は鳴くべきか、鳴かざるべきか」
一考しながら腰に差した愛刀の柄に軽く触れると、壁の内側に誰か入ってきた。
ステラの修道服とは意匠が異なる法衣を纏った男だ。
「私は特魔四等術師のカリル=エイブラハム。御前試合の裁定を任された者だ」
「ほう、特魔とな」
審判如きに〝特魔〟を呼びつけるあたり、やはり国王の御前というだけのことはあるようだ。長い杖を携えた男は玉座に向かって深く一礼し、左一に向き直った。
「シノヅカサイチ、始める前に御前試合における規約を伝えておく」
一つ、貴様にはこれから我らが選定した騎士と一対一で戦ってもらう。
二つ、どちらかが戦闘不能、または降伏した時点で決着とする。
三つ、試合は実戦形式とする。ただし、相手を殺してはならない。
命を奪った瞬間、罪人として捕らえ、後日公開処刑とする。
四つ、こちらの騎士には三つ目の規約は適応されない。
「以上だ。何か質問はあるか?」
あまりの堂々振りについ聞き逃しそうになってしまったが、最後の項目は騎士側にとって圧倒的に有利な条件。
文句の一つも言いたいところだがここは相手の土俵。
拘泥したところで覆る可能性は万に一つもないだろう。
「……よかろう」
左一は酷薄な相貌を浮かべる王妃にちらりと視線を向けた後、首を縦に振った。
「では最後に周囲を覆う術式について説明しておく。これは〝精霊の光牢〟と呼ばれる魔術結界。異なる二四の魔力を網のように束ねて形成した強固なもの。勝敗が決するか、我々が術を解くまで出ることはできない。理解しておくことだ」
カリル=エイブラハムの目は暗にこう告げていた。
お前に逃げ場などない、と。
「それではこれより御前試合を執り行なう。入れ」
先程のように光の壁をすり抜けて中に入ってきたのは、見るからに頑強な装甲を思わせる分厚い甲冑を着込んだ山のような大男だった。
やはり王族を前で顔を隠すことは許されていないのか、口元の剛毛が丸見えだ。
(この男の風体、勝家様を思い出すな)
そんな感想を抱いていると、見上げるほどの体躯がこちらを見下ろしてきた。
「オデサマはドグラス=ダフコンってんだ」
「某の名は篠塚左一。お主が相手か?」
「あぁそうだ、でもオメェみたいなチビじゃあ勝負にもなんねぇな」
ダフコンは耳の穴に小指を突っ込みながら、つまらなそうに息を吐き出した。
「何故そう言い切れる?」
「だってオデサマ、特魔四等の魔道騎士だもんよ。オメェが従えたっつうセンチピーダーなんて、オデサマに掛かりゃ一発だぁ。格ってもんが違うだよぉ」
「大層な自信だが、何事も始めてみるまでは分からぬものだぞ。山男殿」
「バーハッハッ。オメェまさかこのオデサマに勝てるとでも思ってんだかぁ?」
「少なくともお主のような鈍重に負けるとは思わんな」
「ぬあぁにぃぃぃ?」
微笑ましいやり取りの後、互いに距離をおき、定められた位置で合図を待つ。
場が静まり返った瞬間、始めっとカリル=エイブラハムが声を発するのと同時、
「チビのくせにぃ、オデサマをバカにするんじゃあねぇどっ‼」
怒りに血相を変えた髭面が身の丈二メートルはある大剣を手に迫ってきた。
胸元に刻印が浮かび上がっていることを鑑みるに、何かしらの魔術が発動しているのは明白。見れば丸太のような両腕に白く濁った魔力が集中していた。
おそらく腕力を補強する系統の魔術であると推測できるが、正体が分かったところであの重い一撃を真面に受け止めれば、刀身ごと体を真っ二つにされかねない。
まぁ、それならそれでいくらでもやりようはあるのだが。
「くノ一殿と比べてずいぶん遅いのだな」
「ぬあっ⁉」
直後、ダフコンの表情が驚愕の色に染まった。
瞬きをした一瞬のうちに数メートル先にいたはずの剣士が目の前に現れたのだ。
〝隠形の型―鳴無〟
歩幅や地面を蹴り出す力、体の軸を効率よく運用して行なう移動法の一種。いかにして先の先を取るか、その一点のみを追求した末に編み出された技である。
魔術の運用による高速移動と仕組みは大きく異なるが、音もなく距離を詰めるという奇怪さから対峙した者は狐に摘ままれたように狼狽えることになる。
一変して肉薄する両者。
身の危険を感じたダフコンは手にした大剣を慌てて振り上げる。
しかし、いくら魔力で強化した腕力でも振り下ろすまでにどうしてもタイムラグが生じてしまう。
「お、オメェ、まざか【敏捷】増幅魔術をっ⁉」
「否、某にそのような力はない」
次の瞬間、バガンッと髭を蓄えた顎に突き上げるような衝撃が走り抜けた。
「ガ、バッ……⁉」
大剣を振り上げたまま体を弓なりに反らし、仰向けに倒れるダフコン。
柄頭による強烈な打撃が顎の骨を伝って大脳を揺らし、脳震盪を引き起こして意識のみを刈り取ったのだ。
「なっ⁉」
「これにてしまいだ。行司殿、沙汰を」
開始二秒の決着を前にカリル=エイブラハムは呆気に取られていたが、左一の呼び掛けに居住まい正し、忌々しくもその名を告げる。
「……勝者、異邦人シノズカサイチ」
想定外の結果に結界を形成していた騎士たちの間に動揺が走った。
どうやらダフコンはここに集められた騎士の中でも相当な使い手だったようだ。
そして、動揺していたのは彼らだけではない。
「馬鹿なっ、〝剛腕の巨兵〟と呼ばれたあのダフコンをたったの一撃だとっ⁉」
声を上げたのは山男を送り込んだでろうバイセルだった。
怒りが収まらず、椅子の肘掛けを殴りつけて悔しさを露わにしている。
(またずいぶんと大層な二つ名もあったものだな)
左一は内心呆れながら鞘に納まる光忠を腰帯に戻して具合を確かめると、高みからこちらを見下ろしている王族たちに視線を向けた。
「勝負は某の勝ちでございますな、王妃殿」
「っ⁉」
サリエルはわずかに身動ぎし、吊り上がった双眸を不快そうに細めた。
椅子に座っていなければ何歩か下がっていたかもしれない。
そう思わせるほどの圧を左一は放っていた。
隣に座っていたイザヴェラに至っては涙を流しながら泡を吹いている始末。
この機を見計らいステラは身を翻すと、
「お父様っ‼」
娘の声に皆と同じく呆然としていたルドルフは遅れてその意図を察し、玉座から立ち上がって数歩前に出ると急いで閉幕を宣言する。
「それではこれにて御前試合を」
「いいやぁ。これで終わりにしちゃあ面白くねぇだろう。なぁ、国王サマよぉ?」
クシャリ、瑞々(みずみず)しい咀嚼音がルドルフの背後から響いた。
さっと振り返った先にいたのは、かじり掛けの青い果実を片手に玉座に腰を掛ける一人の騎士。歳は左一よりも少し上くらいだろうか、芝生を刈り上げたような緑髪の青年だった。
「き、貴殿はガズ=セントラーダ……団長直属の騎士がどうしてここに? それにどうやってこの広間に」
「おお、国王サマに名前を覚えていただけているとは光栄だねぇ」
大仰に振る舞いながら国王を前に果実を齧り続ける。
これほどの非礼に、しかし誰一人として男を咎める者はいなかった。
「面白いことやってんじゃねぇか、王妃サマよぉ。俺も混ぜてくれねぇか? そうだ、使えねぇデカブツの代わりにそこの異邦人を刻んでやるよ。報酬は即金で金貨五百枚。どうだ、この賭けに乗らねぇかい?」
「何を言って……。そんなことよりあなたの入場を許可した覚えは」
「ああ、そういう回りくどいのはいいからよぉ。ずっと見てたんだぜぇ、妾のガキが連れ込んだ異邦人を排除したくて堪らねぇんだろ、あぁん?」
「……」
サリエルは生理的な嫌悪感から口を閉ざした。
これ以上言葉を交わせば自分までこの男の思想に汚染されてしまう、そんな気がしたからだろう。
「おいおい、無視はひでぇな。俺が聞いてんのは賭けに乗るのか乗らねぇのか。それだけなんだぜ?」
「さっきから聞いていれば貴様ぁ、母上に向かってなんという口の利き方だっ‼」
すると、ただ瞑目する女王に代わって公国王位継承権第一位のバイセルが声を荒げた。ダフコンを軽くあしらわれて虫の居所でも悪いのか、どこか八つ当たりにも見える。
「貴様ら明星が軍事を担っていようと関係ないっ、我らはこの国を代々治めてきた王の血族だぞ! 野蛮人の団長に気に入られているか知らないが、図が高いぞっ」
ブンッ、と細い腕を振るって魔道騎士に人差し指を突きつけるバイセル。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ、穀潰しが」
「き、貴様あぁぁ平民の分際でこの私に向かって――」
ぽとり、と唐突に何かが床の上に転がった。
それは付け根部分から断ち切られた一本の指だった。
突発的な出来事に時の流れが止まる。
そして、数秒前まで自身の一部だったものをしばらく眺め、ようやく事態を認識した瞬間、
「うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ、わわ、私の指ぃ、指がぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
「ひゃはは、黙らせようとしたのに逆に騒がしくなっちまったなぁ。まぁこれくらいならすぐに治療すりゃあ綺麗につながんだろ。それでどうするよ、王妃サマ?」
邪悪な笑みを前に女王はわずかに黙考し、諦めたように溜息を吐いた。
「好きになさい。どちらにしても私たちの命令に従うつもりはないのでしょう?」
「やっぱそう来ねぇとなぁ、話が早くて助かるぜぇ」
ペッ、と果実の種子を床に吐き出すと魔道騎士は左一に視線を向けて、
「ってなわけでお許しが出た。まずは抜けやぁ、異邦人」
・第七節を読了いただき、ありがとうございます。
システナに続き、二人目の被害者が出た今回のお話でしたが、
これでハッピーエンドになるほど人生というものは甘くないですね。
(左一に試練を課している自分がいうのもアレですがボソボソ)
突如乱入してきた魔導騎士、その実力やいかに?
それでは次回の更新もよろしくお願いします。