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【第六節】 手荒い歓迎

・この物語は自分の理想とする〝侍〟の姿を拙いながらも描いています。


 目を通していただく読者の皆様とは主人公のイメージを共有できればと思っています。それでは本編をお楽しみ下さい。



「ほう、ここはずいぶんと人が多いのだな」



 その圧倒されるような活気を前に左一は感嘆の声を上げた。


 広い通り沿いには鮮やかな色彩を帯びた見たことのない野菜や果物を扱う屋台がところ狭しと軒を連ねている。

 少し外れた場所で屈強な男が牛のような姿をした魔物から新鮮な乳を豪快に搾っていた。あれがステラの話していた『人を食らわない三百種』の一種なのだろう。

 何やら穏やかな表情でこちらをずっと凝視しているが、気にしないことにする。


 他に目に留まったのは、ピンと縦に伸びた長い耳が特徴的なエルフ族の薬売り。

 身の丈はないものの鎧のような筋肉を全身に纏う屈強なドワーフ族の鍛冶打ち。

 頭にモフモフ耳が生えた獣人族の料理人、と見たことのないものに胸が躍る。


 俗に亜人種と呼ばれている彼らの姿にも驚かされたが、何よりこの人の数。

 おそらくこの国に暮らす者だけではないだろう。近隣諸国を回る行商人、旅人に傭兵。これほど集まれば嫌でも賑やかになってしまう。

 明らかに浮いた格好の左一もこの中なら悪目立ちすることはなさそうだ。


「ここは王都の中心よ。人が集まらない方がおかしいわ」

「誠に盛況だな。楽座(らくざ)でもこの数を集めるには三日は掛かるというのに」

「ちなみにこの〝ガリナ市場〟の他にも王都には二つ市場があって、西の関所近くにある〝ホエル市場〟だと、日にこの倍は集まってくるわよ」


 目的地までの案内役を務めるシステナの説明に耳を傾けつつ、さらに珍しいものを探して目を光らせる。

 中でも一番興味を惹かれたのは石材に覆われた街の外観だった。

 木造建築主流の世界からやってきた左一にとって、この石造りの建築物など城の土台でしか見たことがなかった。軽く見て回った限りこの街は少なく見積もっても、八割以上の住居が石材で構築されている。

 道を舗装するために敷き詰められた石畳も同じ材料を使っているようだ。

 その精密な作業は並みの石切(いしきり)の芸当とは思えない出来栄えで、寸分の狂いもなく地面に填め込まれた石のブロックはまさに匠の成せる技と言わざるを得まい。


 一方、浮かれ気味な左一とは対照的にステラは暗い表情を浮かべていた。


「ステラ殿、何か気掛かりなことでもあるのか? 先刻から浮かない顔だが」

「い、いえ。そんなことは……」

 そこで言葉が断ち切れると、それ以上は何も語ろうとしなかった。

「左様か。ならばよいのだが」

 左一も安易に追及はしない。

 あの様子からして父親と何かあったのだろうが、他人が首を突っ込んで解決する程度の問題ならステラもここまで気を落としたりはしないはずだ。


 やがて市場の喧騒を抜けた先に落ち着いた雰囲気の街並みが見えてくる。


「して、目的の場所とは何処なのだ?」

「どこって、もう見えてるじゃない」

 左一は周囲に目を配ったが、映るのは石造りの家屋ばかりだ。

「違うわよ。あれよ、あれ」


 示された方向に顔を上げると、そこには天高くそびえ立つ巨大な城があった。

 左一の知るものとは造りが異なっていたが、その偉容は壮観の一言に尽きる。

 白みを帯びた岩石の巨城は、灰色を基調とした街並みとの明暗比の効果も相まって全体がより際立って見えた。


「そう、あれこそ公国の象徴にしてこの城塞都市が誇る〝カンドラス城〟よ!」


 誇らしげに両手を腰に当て、すこやかに育った胸部を揺らしてふんぞり返るシステナ。確かに自慢したくなるのも無理はない。

 丘に腰を据えた山城の特性は一挙に押し寄せた大軍の侵攻を阻害する堅固な〝守り〟にこそある。攻めにくい地形と高さの優位を最大限に利用した戦術で敵を寄せ付けずに圧倒する。

 城下街も頑強な石造りとくれば、いかに百戦錬磨の兵法家であろうと手をこまねくに違いない。



 だが、問題の焦点はそこではなかった。



 目的地が本当にあの遠くに見えている城塞だとすれば――。

 そして、ステラを呼び出した父親があそこで待っているのだとすれば――。


「もしやステラ殿は、」


 その声にステラは反応すらしなかった。ただ、黙って唇を引き結ぶだけ。

 唯一返ってきたのは肯定とも取れる沈黙だけだった。



 × × ×



「これはまた面妖な」



 高さ数十メートル。左一の目の前には、そのサイズの何かが通ることを想定して造られたとしか考えられない長大な扉が立ち塞がっていた。


 時を遡ること数分前。


 王城の玄関口である城門に辿り着いた一行は入場と同時に二組に分けられた。

 ステラとシステナには清楚な雰囲気漂う黒と白のメイド服に身を包んだ従者たちが付き添い、丁寧な口調に囲まれながら案内されていく。

 左一はと言うと、頭三つほど飛び抜けた長槍を携えた衛兵たちに両サイドから腕を掴まれ、二人と反対方向に運ばれた末に「ここで待て」と扉の前に放り出されてしまったのだ。

 そろそろ待つことにも飽きてきた頃、



「申し訳ありません。お待たせしました、サイチ様」



 名前を呼ばれて振り返った瞬間、左一は自分の目を疑った。

 透き通るような白い肌は新雪を思わせ、ロールアップした金色の髪に純白のドレスがよく似合っている。

 遠い昔に聞かされたお伽話の天女と見紛うほどの神々しさに見えるはずのない後光が差し、思わず見惚れてしまっていた。


「あのサイチ様、どうかなさいましたか?」

「……ステラ殿なのか?」

「はい。わたしですが、どこかおかしいでしょうか?」


 その口調と反応は紛れもなくステラ本人だったが、黒を基調とした修道服から衣装と髪型を変えたことで別人のように錯覚してしまったようだ。

「っ失敬、ただの気の迷いだ。してくノ一殿は?」

「シーちゃんなら別室で待機していますよ。彼女は伝達役に過ぎませんし」

 そう言いながらオペラグローブをはめた手で扉の表面にそっと触れた直後、床が震えたかと思えば甲高い音と共に両開きの扉が独りでに動き出した。

「この扉の向こうにある〝謁見の間〟に入ることを許されているのは()()()からお許しを得た方だけなのです」

 扉が開き切ると、どこからともなく聞こえてきた声が入場を許可する。


《入られよ》


「それでは参りましょうか、サイチ様」

 一歩遅れて白い床の上に敷かれた赤い絨毯に足を着く。もし左一が信長の下で南蛮の知識に触れていなければ草鞋を脱いで懐にしまっているところだ。


「ほう、中の造りはこのようになっておるのか」


 扉も大きかったが、室内は想像していたものよりもずっと広く感じられた。

 天井までの高さは入口の倍近くあり、シャンデリアなどの装飾品は余すことなく白で統一されている。前方に伸びる絨毯の原色が目に沁みるようだ。


 並んで歩く二人を出迎えたのは銀色の甲冑で全身を武装した騎士の隊列だった。

 抜剣状態で左右に居並び、刀身を眼前に掲げている。この場では不敬に当たるのか。顔を覆うものは何もなく堂々と素顔を晒していた。

 彼らは漏れなく不審者を見るような視線をこちらに向けてくる。少しでも怪しい行動を取れば全員で斬り掛かってくることは想像に難くない。


(礼儀を心得ていようと斬り捨てられるやもしれんがな)


 言わばここは本丸――この国の最重要拠点と考えるべきだ。

 地蔵のように並んでいる騎士たちも相当の手練れ。

 一対一なら勝てなくはないだろうが、数の前では左一の腕をもってしても切り抜けるのは困難。多勢に無勢という訳だ。



 何が起こるか分からない以上、気を抜くことは許されない。



 そんな矢先、壁に飾られた油絵に目が留まった。

 客間にあった地図を大きく引き延ばしたものだが、描かれている内容はまったくの別ものだ。


 向かって右側、外套を身に纏った一人の魔操術師が光り輝く魔法杖(スタッフ)を振り翳している。そして、左には想像を絶する怪物の姿があった。

 一見ヤモリに翼が生えたような風体だが、やはりスケールが違う。

 対峙する魔操術師と比較しても倍以上はあるだろう。


 一対の長い髭に鋭く尖った二本の角。

 口から吐き出す黒い息吹の正体は分からないが、魔操術師は怪物の猛攻を凌ぎ反撃の機会を窺っているように見える。

 人と異形、両者の壮絶な戦いの場面を描いた一枚だ。


「……」


 繊細な筆のタッチと今にも動き出しそうな臨場感はまるで絵の中に入り込んでしまったような錯覚を引き起こす。

 視界に収めているだけだというのに額から汗が滴り落ちるようだ。

 これを描いた絵師は羊皮紙の中に己の魂を吹き込んだに違いない。

 そう感じさせるほどの何かを見る者に訴え掛けてくる。


「――どうかなさいましたか、サイチ様?」


 右隣を歩くステラの声に一瞬反応が遅れてしまう。

「某としたことが、あの絵に(うつつ)を抜かしておった」

「あれは確か《月夜(げつや)の死闘》という表題の絵ですね。数十年ほど前、公国を訪れた高名な画家に先代の国王様が頭を下げてまで描かせたものだとか」


 長い時間、色あせることなくあり続けた作品に宿る異様な雰囲気に半ば感動すら覚えて後ろ髪を引かれていると、絨毯の終わりがようやく見えてきた。


「そこで止まるがよい」


 扉の前で耳にしたものと同じ声の主は権力者が座すに相応しい荘厳な玉座に深く腰を落とし、二人の到着を待ち構えていた。

 隣に並ぶ三つの椅子には高貴な出で立ちの男女がこちらを窺うように着席し、その反対側には数名の老躯たちが顛末を見守るように控えている。


「よくぞ参られた。私はブリューナク公国の国王ルドルフ=アイゼンベルクである。此度は我が娘をよくぞ守ってくれた。異邦人よ、心より礼を言う」


 白髪交じりの頭髪に精悍な顔立ちをした初老の男。

 広い肩幅と衣服越しにも見て取れる隆起した筋肉から察するに、若かりし頃は名を馳せた豪傑だったに違いない。


「お褒めに預かり恐悦の極みに存じます、国王殿」

「そうか。ステラも無事で何よりだった。それにしてもずいぶんと久しいではないか、息災であったか?」

「はい、お父様。ご覧の通りステラはすこやかに過ごしておりました」


 ドレスの裾を摘み上げ、王族の振る舞いに相応しいお辞儀を披露する。

 その姿を前に彼女がこの国の姫君であるという実感がようやく湧いてきた。


「ところで貴殿、名は何という?」

「某は篠塚左一と申します」

「シノヅカサイチか。聞き慣れない名前だが、どこの国の生まれだ?」


 国王の質問にビクリと体を震わせたのは、当の本人ではなく付き添い人のステラだった。そもそも左一はこの大陸の人間ではない。

 刻印の件もあるが、それ以前にこの国における教養や常識に疎い彼では受け答えの中でいつボロを出してもおかしくないのだ。

「……っっっ」

 今からでも会話に割り込むべきかと視線を泳がせていると、そんな彼女の不安を感じ取った左一が目で合図を送った。


 ここは某に任せておけ、と。


「某は東の辺境の生まれにございます。しかし我が故郷は地図にも名が記されておりませぬ故、偉大なる公国王の御前でその名を口にするのも些か憚られるかと」

「……」

 左一の言葉の後、わずかに国王の表情が固まり、不意に嫌な空白が生まれる。

 まさか勘付かれてしまったのか、ステラの内心に焦りと緊張が駆け抜ける。



 そんなお姫様の心配を余所に、左一は曇りなき眼で王をじっと見据えていた。



「ははっ、自分の故郷を卑下してやるな。仮にも生まれ育った土地であろう?」

「ご配慮、深く感謝致します。国王殿」


 よし上手く乗り切った。

 頭を下げるタイミングで念のため顔色を確認すると、案の定、引きつった笑みを浮かべていたが、動揺を周囲の人間に悟られないよう努めて平静を装っている。


「東の辺境か。またずいぶんと長い旅路を歩んできたのだな。シノヅカとやら、ではどのような経緯でこの国にやってきたのだ?」

 左一に興味を抱いたのか、ルドルフは続けて問いを投げ掛ける。

「某は旅の武芸者でございます。遠く故郷を離れ、日々武芸の道に精進しておりました折りにステラ殿の窮地に遭遇し、お助けした次第。されど、某も魔物に酷い手傷を負わされておりました。救われたのは某も同じにございます。ステラ殿には頭が上がりませぬ」

「あっはっは、謙遜することはない。貴殿は魔物を討伐しているのだからな」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 表情を崩すことなく左一は言葉を紡ぐ。

 過去に何度も信長の使者として諸国へ赴き、多くの権力者や有識者と言葉で対峙してきたのだ。

 蘭丸ほどの思慮深さはないにしても、この手の腹芸には少々腕に覚えがあった。


「なるほど、貴殿は武人か。偶然とはいえこれも何かの縁。そうだ、忘れないうちに褒美をくれてやろう。何か望みの品はあるか? 可能な限り用意させよう」

「ありがたき幸せ、されど某のような放浪者には過ぎたこと故、丁重にお断りさせていただきとうございます」

 そう口にした左一が再び頭を下げようとした瞬間、



「まったくその通りだ、父上。そんな得体の知れない異邦人によくしてやる必要などありませんよ。何なら民衆の前で首を刎ねて見世物にでもしてやりましょうっ」



 声の主は玉座のそばに並んだ三つの椅子の中央に座していた。

 線の細い青年だった。身長は左一よりも一回り高いが、筋肉量は明らかに足りていない痩せ型。吊り上がった目付きと相まって小賢しさが浮き彫りになっている。

「……バイセル、お兄様」



「あらあら、おかしいわねぇ。ここにいるのは愚弟だけではないというのに」



 刺々しい声の発信源は痩身(そうしん)の右隣りで長い足を組んでいた。

 蛇のように細い腕を使った過剰な身振り手振りは三文芝居もいいところだ。

「い、イザヴェラお姉様っ」

「あらぁん? 久々に顔を合わせた姉に対する態度じゃないわよねぇ、ステラ?」

 バイセルと呼ばれた青年と同じくイザヴェラも似たような目をしていたが、厚化粧のせいか魔性の類にも見えてくる。

「よさないか。彼はステラの恩人、王族と言えど礼節は尽くさねばならない」



「いいえ、それこそどこまで信用していいか分かりませんよ」



 凍てつく吹雪のように冷え切った声が、統治者を一蹴したのはその直後だった。

 発現したのはブリューナク公国国王の妃にして、王に次ぐ権力を有するサリエル=アイゼンブルクその人であった。



()()()()……」



・第六節を読了いただき、ありがとうございます。


 ステラの隠された身の上が明らかになりつつも、

 信長に仕えていた頃の経験を活かして穏便な雰囲気になったのも束の間、

 待ったを掛けたのはまさかの王族側っ⁉


 そんな展開でお送りした今回のお話でしたが、

 いかがでしたでしょうか?


 国王とは対照的な態度を取る王妃と王子たち。

 その真意やいかに。


 次回もお楽しみに。

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