【第五節】 お手紙
・この物語は自分の理想とする〝侍〟の姿を拙いながらも描いています。
目を通していただく読者の皆様とは主人公のイメージを共有できればと思っています。それでは本編をお楽しみ下さい。
「それにしても魔術も使わないでアタシから一本取るなんて。どこの回し者よ?」
「ごぶっ⁉」
いきなり核心を突かれ、ハーブティーを盛大に吐き出しそうになる左一。
この男、戦い方一つ取ってもやはり異物感は隠し切れないらしい。
「し、シーちゃん、サイチ様は、その」
「ステラは少し黙ってて。アタシが質問してるのはコイツよ」
語気を強めてそう言うと、システナは改めて視線を左一に向ける。
「……」
「だんまりねぇ。まぁそれでもいいわ、人には言いたくないことの一つや二つはあるものだし。それに約束は約束、アタシはアンタを信用する。ステラを泣かさない限りはね」
そう言ったものの彼女の目から疑念が消えた訳ではない。
この停戦は必要なプロセスをすっ飛ばして、承服させたものに過ぎないのだ。
(されど、今はそれでよしとする他あるまい。信頼とは本来、成し得たこと以上に重ねた時間で決まるもの。某の行動一つで再び刃を向けられることも覚悟しておかねば)
一時的に信頼を得たからといって身の安全が保障された訳ではない。
仮に人心を集めたとしても、左一が得体の知れない異邦人であることに変わりはない。部外者を快く思わない誰かが、背中に刃を突き立てることもあり得る。
ここは別の話題でお茶を濁すことにしよう。
「それにしても魔術の恩恵があるとはいえ、お主の身のこなしは尋常ではなかったな。誰かに師事しておったのか?」
「ふんっ、何も話そうとしない余所者に教えるわけないでしょ」
当然の反応に、己の話術の未熟さを痛感していると、
「彼女は明星の中でもスピードに特化した魔道騎士なのです。お父様が遊撃部隊の元隊長さんで、幼い頃から訓練に明け暮れていたとか。わたしは治癒専門の魔操術師ですっ」
「ちょっ、ステラっ⁉ なんでアンタはそういつもいつも口が軽いのっ!」
慌てて漏洩装置の両頬を掴み上げ、これ以上の発言を封じに掛かるシステナ。
いらいれす、と涙目で訴えるステラを横目に、
「ずっと気になっておったのだが、明星とはこの国を守護する者たちのことか?」
「そうだけど……って、まさかウチのことも知らずにアタシのケンカ買ったわけ? この辺りじゃ結構有名だと思ってたけど、案外知られてないのかしら?」
ステラへのお仕置きもそこそこに悩まし気にため息をつくと、
「はぁ、仕方ないから常識知らずのアンタに教えてあげるわ。明星は通り名、正しくは〝常勝の明星〟。アタシとステラが所属する公国の騎士団よ」
「国を守護する者たち、つまりは御家人衆といったところか。されど、常勝とはまた大きく出たものだな。それほどまでに腕に自信があるのか?」
「いいえ、それは少し違います」
と頬を違う理由で赤く染めたステラが訂正を入れてくる。
「常に勝っている。確かに大袈裟ですが、傲慢や不遜とは真逆の思想を掲げているのです。曰(く、戦いの場において常に勝利を公国の民に誓う。この名前には敗北は決して許されないという鋼の意志が籠められているのですよ」
左一は知る由もないことだが、明星の団旗には勝利を象徴する鷹に似た魔物〝イヴォーグ〟の姿が描かれており、鋭い鉤爪には約束を意味する銀色のリングが填められている。意味するところは〝絶対の勝利を約束する〟。
情熱的な赤い背景も相まって多くの人々に勇気と活力を与える旗なのだ。
「まさに背水の陣というわけか。そのような意味があったとは勇み足だったな」
「いえ、分かっていただければそれで」
えへへ、とまだ少し赤くなっている頬を撫でながら微笑むステラ。
「ときに、その魔操術師と魔道騎士は何が違うのだ? ステラ殿とくノ一殿は異なる役職に就いておるようだが」
「クノイチじゃないっての。……でもまぁ違いならいくらでもあるけど、一番分かりやすいところで言えば武装の違いかしらね」
言われてみればステラは得物を所持しているようには見えない。
対して、システナは短刀を腰に収めたバリバリの近接型。
両者の区分は前衛と後衛で問題なさそうだ。
「ちょうどいい機会なので階級についてもお話ししておきますね」
「階級?」
「明星内での序列を示すものです。最初は〝見習い〟から始まり、次に〝魔道〟の称号が与えられます。下から順に四等~一等に分けられ、功績に応じて繰り上がっていきます」
「ちなみにステラ殿の階級はどのあたりなのだ?」
すると、何がそんなに嬉しいのか。
ステラはにやにやと口元を綻ばせながら、ドヤッと指を三本立てた。
「……一応補足しておくと、ステラは最近やっと三等に昇格したのよ。まぁ二年越しの夢が叶ったんだから喜ぶのも無理ないけどね」
「くノ一殿はどうなのだ?」
「だからクノイチ言うなっ。アタシは半年くらい前に一等に昇格したけど、この程度で満足してる場合じゃないって、ついさっき思い知らされたところよ。……アンタ、次は絶対にボコボコにしてやるから覚悟しなさいよ!」
敵意剥き出しのくノ一は置いておいて、左一は疑問に思ったことを口にする。
「程度、とは魔道とやらの他に位があるのか?」
「その通りです、サイチ様っ!」
三等昇格の余韻に浸って若干テンション高めのステラが会話に舞い戻ってきた。
「階級には〝特魔〟と呼ばれる別の階級があって、こちらも同様に四等~一等に設定されています。でも、魔道階級からの昇格はとても困難なのです。才能はもちろん、何より実力主義。騎士団の中でも一握りの精鋭というわけです」
なるほど、と左一は感心するように顎に手を当てる。
「それにしてもアンタって本当に何も知らないのね。大半の国は似たような軍事制度だって聞くけど。アタシが考えてる以上の辺境から来たのか、それとも……」
「仕方ないよっ、サイチ様の故郷はこっちの風習とは少し違うのかもしれないし、ね?」
またもや鋭い指摘に慌ててフォローを入れたことが裏目になったか。
しばらく推し量るように妹分を見つめていたが、やがて破顔してみせると、
「まぁそうかもね。魔術もろくに見たことない脳筋が知らないのも納得だわ」
「あはは……、そうだよ」
ぎこちなく笑うステラに感謝しつつ、すっかり冷めてしまったハーブティーをすすっていると、
「ヤバっ、ここに来た目的すっかり忘れてた⁉」
「シーちゃん、どうかしたの?」
「アンタに渡すものがあったのよ。うーんと確かここに」
直後、システナは人目を憚ることなく赤銅色の革鎧に包まれた豊満な谷間に自ら手を突っ込んだ。
「な、何をしておるのだっ⁉ 破廉恥にもほどがあるぞっ‼」
突然の出来事に赤面した左一が喉を震わせて動揺を露わにする。
その直後、冷気の塊のような凍てつく気配を感じて恐る恐る背後に振り返ると、そこには感情に乏しい笑みを浮かべた修道女の姿があった。
「ねぇサイチ様? さも当然のように正論を振り翳しているところ心苦しいのですが、お顔を覆った指の隙間からシーちゃんの胸の辺りを凝視しているのはどうしてですか? 弁解があるのならどうぞ述べても構いませんよ?」
「す、ステラ殿。これは自然と目が引き付けられたというか、何と詫びてよいやら」
その威圧するようなオーラに、さすがの左一も表情筋が強張る。
答え方一つで死刑宣告が出てもおかしくない迫力だった。
「お詫び? どうしてサイチ様がお謝りになるのですか? ああ、なるほど。わたしの果てしなく平たい双丘が目に留まらなかったことを謝っておられたのですね……ええ、それは仕方のないことです。もう十五だというのに二年前からすっかり成長が止まっているのですからぶつぶつ」
とか何やら俯いて恨み節を紡ぐステラ。
どうすれば負のスパイラルから逃れることができるのかと頭を悩ませていると、
「あったあった! って、どうして急にお葬式みたいな雰囲気になってんのよ?」
「元凶は黙っておれ。して、火急の用とはなんだ?」
「そうそう。ステラに手紙を預かったのよ」
その手に握られていたのは、わずかに湿り気を帯びた一通の封書だった。
受け取ったステラは裏面に記載された差出人の名前を確認する。
「これは……お父様からの手紙?」
慌てた手付きで封を開き、取り出した便箋に目を通していく。
左一は遠目に内容を覗いてみるも使われている文字が違うため、まったく意味を理解することができない。一度ステラに手解きを申し出てみようかと思った矢先、
「サイチ様」
「ど、どうかしたか?」
さっきまでの冷徹な笑みを浮かべるイメージが抜け切れず、わずかに言葉に窮してしまう。しかし、当の本人は何事もなかったように続けた。
「申し訳ありませんが、少しお時間をもらえませんか?」
「それは構わぬが、どうかしたのか?」
はい、とステラは手元の書状に再び視線を落として、
「お父様がサイチ様にお会いになりたいそうです……」
そう口にした少女はどこか複雑な表情を浮かべていた。
まるで苦いものを嚙み潰した上で我慢して飲み下すような、どうにも気が進まないといった感じだった。
「事情は分からぬが、そういうことなら仕方あるまい。では向かうとするか」
・第五節を読了いただき、ありがとうございます。
今回は何だかんだで仲間(?)に加わったシステナとの会話回をお送りしました。
彼女たちが所属する〝常勝の明星〟についても五月雨式に情報を公開しましたね。
二人の役割、団員の階級、明星の理念。
物語のファクターの一つになるのでこちらもご注目ください。
そして、ステラの許に届けられた父親からの手紙。
ここから本格的に左一が動きは始めます。
さて、この〝侍〟がどんな騒動に巻き込まれていくのか。
あるいは騒動を引き起こすのか?
次回の更新もお楽しみに。