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【第三節】 異世界といふもの

・この物語は自分の理想とする〝侍〟の姿を拙いながらも描いています。


 目を通していただく読者の皆様とは主人公のイメージを共有できればと思っています。それでは本編をお楽しみ下さい。



 目覚めると、そこには澄み渡るような青ではなく白に統一された天井が広がっていた。



(ここは何処だ? 少なくとも人がおらぬような場所ではなさそうだが)


 ゆっくり体を起こすと、上半身を覆うように包帯が巻いてあることに気がつく。それにしてもあれほどの深手だったというのに痛みはほとんど感じられなかった。

 そう不思議に思いながらも注意を怠ることなく周りの様子を窺う。


 すぐに把握できたのは、ここが壁に仕切られた八畳ほどの空間であること。

 出入口は二つ――廊下に繋がっていると思しき扉と外へと続く小さな窓。

 壁には何を模写しているのかよく分からない油絵が一枚。

 そして、低反発が心地良いベッドが生み出す強烈な眠気だった。


(これは南蛮の寝具か。もしやここは吉利支丹(キリシタン)大友宗麟(おおともそうりん)の領内か? 確か信長様とは毛利攻めに関する書状のやり取りがあったはず。それよりあの大蜈蚣は夢だったのか? 否、あれが夢以外のなんだというのだ)


 ガチャリ、と思考を遮るように扉が開いたのはその時だった。


 左一は壁に立て掛けてあった三雲光忠(みくもみつただ)を素早く手に取るも、そこに立っていたのは大蜈蚣に襲われていた金色の髪を持つ少女だった。


「よかった、お目覚めになられたのですね。傷のお加減はいかがですか?」

「お主は、あのときの黒衣(くろご)か……?」

 訝しげな左一を余所に少女は安堵した表情で駆け寄ってくると、


「ご無事で何よりでした。あの後、仲間を連れて戻ったのですが、息絶えたセンチピーダーを目にしたときは本当に驚きましたっ。剣士様はお強いのですねっ!」

「……」

「あっ、申し訳ありません。つい舞い上がってしまって」

「それは構わぬが。お主、いま何と申した?」

「あの後、仲間を連れて戻ったのですが、息絶えたセンチピーダーを目にしたときは本当に驚きました、でよろしいでしょうか?」

「……あれは夢ではなかったのか」


 聞き間違いでなかったことに左一の顔に陰が差す。

 現実から目を逸らそうとしたバチが当たったらしい。


「はい、もちろん夢ではありませんよ。剣士様は三日前、あの魔物を見事に討伐なさっています。隊舎にある〝討伐ノ書〟にも記録されているはずですっ」

「さ、左様か……」

 追い打ちを掛けるような満面の笑顔に、引きつった笑みを返すのが精一杯。

 ちなみに間接的に三日間眠っていたことをさらりと告げられていたが、このことに気がつくのはもう少し先の話である。


「あの申し遅れました、わたしはステラと申します。あのときは助けていただき、本当にありがとうございました!」

「某は己のために剣を振るったに過ぎぬ。礼には及ばん」

 背中まで掛かる長い金髪が乱れることも気にせず深々とお辞儀をするステラに、左一は首を横に振って応じた。


 事実、彼がステラを助けたのは別の思惑があった。

 あの場で少女を見殺しにするのは簡単だった。

 だが、それでは林を抜ける手掛かりを失うことになる。

 手傷を追っているからと引き下がる訳にはいかなかったのだ。


 左一の使命は主の身を守ること。

 その過程で誰が何人犠牲になろうと知ったことではないし、利用できるなら何でも使う。たとえそれが己自身の命であったとしても。


「ですがっ、」

「礼を申すのは某の方だ。ここまで運んでくれた上に傷の手当てまで。(かたじけな)い」

 握った両拳をベッドの上に着き、シーツに額を擦りつけるように頭を下げる左一の行動に慌てながらあわあわと手を振るステラ。

「あ、頭を上げてくださいっ。剣士様がわたしを救ってくださったのは事実ですし、恩をお返しするのは当然のことですよ!」


「篠塚左一と申す」


「えっ?」

「某の名だ。あと、いくら恩人とはいえ見ず知らずの男に易々と頭を下げるのはやめておけ。尻の軽い女と侮られてしまうぞ」

「シノヅカ、サイチ様ですね。ではサイチ様とお呼びしてもよろしいですか?」

「構わぬが。それより見ず知らずの」

「それではサイチ様、改めてよろしくお願いしますっ!」

 こちらの忠告を聞いているのかいないのか、ステラは明るい笑みを浮かべた。



 × × ×



「早速だが、質問しても構わぬか?」



 何でも聞いてください、と元気よく答えたステラはどこからか運んできた簡素な椅子をベッドのそばに置くと、ちょこんと腰を下ろして話を聞く姿勢を取った。


「まず、ここは何処だ?」


 それは左一が一番に知りたいことだった。

 炎に包まれた本能寺にいたはずが、気づくと見知らぬ森林地帯。

 続いて南蛮風の屋敷という奇天烈なことになっていたのだ。最初の質問としては妥当なものと言えるだろう。

 あまりにも初歩的な質問にステラは少し戸惑ったような表情になる。しかし何でも聞いてくれと言った手前、疑問を残しつつも丁寧に答えてくれる。


「ここはゴーラ大陸の南に位置するブリューナク公国の領内です。ちなみにこの隊舎は公国の中心部である王都に位置しています」


「ごーら? ぶりゅーなく? はて、どちらも聞き覚えのない地名だが」

「あれ、ピンときませんか? ではあの大陸地図に見覚えは?」


 言いながらステラの視線が壁へと向くと、そこにはさっき目にした何を描いているのかよく分からない油絵が飾ってあった。


「これが地図とはな。されど、某の知るものとはずいぶん異なっておるようだが」

「この地図は正確なはずですよ。領地については日々情勢が変化しているので定かではありませんが」

 左一はベッドから立ち上がり、壁に掛けられた大陸地図に指を差して、

「ここがブリューナク公国とやらで相違ないな?」

「はい、間違いありません」

「念のため尋ねておくが、東に位置する日ノ本(ひのもと)という国に聞き覚えはあるか?」

「ヒノモト、ですか? そうですね、王政はもちろん東方近辺にそのような属国があるという話も聞いたことがありませんね」


 地図を見た時から予想できたことだが、実際に答えを聞くのはやはり辛い。

 さらに言えば、描かれている大陸自体、左一の記憶にある構図とは大きく掛け離れていた。目にした時点で地図であると判別できなかったのも道理である。


 地図の概要はこうだ。


 羊皮紙の中央に歪な台形型の大陸が陣取り、左上に方位を示す矢印。

 領土を示す国境線によって土地が細かく区切られ、それぞれ国名らしき文字が記してある。ざっと数えて30ほどの国がある。

 このブリューナク公国は比較的広い方だが、中には途方もなく巨大な国がいくつかある。武力や財力に長けた強国であることが窺える。


「次の問いだが、ステラ殿を襲ったあの化物はなんだ? 似たものを故郷で目にしたことはあるが、大きさはその比ではなかったぞ」

「センチピーダーのことですね。あれは魔物と呼ばれる存在です」

「物怪や悪鬼羅刹の類か?」

「いえ、実体のない浮幽霊(ゴースト)ではなく()()の生き物を指す言葉ですよ?」


 気になる言い回しだったが、話の腰を折らないよう軽く聞き流して先を促す。


「その魔物とやらはすべてあのように凶暴なのか?」

「いえ、温厚な性格の魔物もたくさんいます」

「すまぬが参考までに凶暴な魔物の数をお教え願いたいのだが……」

「そうですねぇ、現在確認されている約九百種のうち六百種ほどが人間を捕食、あるいは魔物同士で共喰いを行なう傾向にありますね。()()による縄張り争いもあるそうですよ」


 あんな化物がそんなにいるのかと肩を落としつつ、やはり聞き慣れない単語は耳に残りやすいらしい。すぐさま次の質問が飛んだ。


「あのときも申しておったが、魔術とはなんだ? 魔物の牙に灯った光がそうなのか?」

「仰る通りです。魔術には火や水をはじめとした様々な【系統(タイプ)】があります。相手がどの系統の魔術を使うかは術式を構築する際に生じる魔力の【色調(カラー)】で見分けることができますね。サイチ様はあまり詳しくないようですので、細かい原理についてお話しするのもやぶさかではありません」


 ならば教えてくれ、と左一が言葉を紡ぐことはできなかった。


「その前にわたしの質問にも答えていただけませんか?」

「……ステラ殿?」

「急に申し訳ありません。でも、正直に答えていただけませんか? サイチ様は何者で、どこからやってきたのか」


 ステラは目を合わせることもできないとばかりに辛そうな表情を浮かべていた。

 まるで敵国の密偵であると疑わざるを得ないような、良心の呵責(かしゃく)に耐え忍ぶ苦渋の面持ち。


 思えば、彼女にとっては最初から奇妙なことばかりだったのかもしれない。


 魔物に襲われていたところを助けてもらったまではよかった。

 だが、その恩人は見慣れない衣服に身を包み、乾いた血溜まりを滲ませていたのだ。その上、この世界の知識が著しく欠落している。

 記憶喪失。いや無知を装い、公国に関する情報を引き出そうとしているのではと警戒されても何らおかしな話ではない。


(蘭丸であれば、ステラ殿が納得するよう上手く口車に乗せるのだろうがな)

 旧友の八方美人を思い起こしながら、観念したように溜息を吐く。


「お主にはやはり話しておかねばなるまい。先刻も申したが、某はこの地図にはない極東の国からやってきた。否、気がついたときにはここにおったのだ」

「そんなっ、つまりサイチ様はこの大陸の人間ではないということですか?」

「左様、そしてここにおるのは某の本意ではない。何かの偶然か、はたまた何者かの計略によるものだ」

「でも、本当に、そんなことって……」

 両手で口を覆いながら困惑を露わにするステラ。


 正直に打ち明ける以外、左一に選択肢はなかった。

 下手に嘘をつけば必ずどこかでボロが出てしまう。

 そうなれば彼女の信頼を失い、仲間を呼ばれて身柄を拘束されてしまう可能性も充分にあった。信用を得るためには馬鹿でも事実を述べるのが最善の選択。

 問題は左一の言葉をステラがどこまで信じてくれるかだが。


(されど証拠となるものはない。身につけた品を差し出したところで取り入るために自作したものだと疑われればそれまで)

 運良くここから逃げ出せたとしても、右も左も分からない世界で一体どれほどの期間を生き延びることができるだろうか。


「……わたしは、」


 固唾を飲んで神託が下る瞬間を待つ。おそらくここが分岐点だ。

 返答によっては光忠(みつただ)を手に窓を突き破り、脱出することも想定しておく。

 が、鼓膜を突いたのは意外な一言だった。


「わたしはサイチ様を信じます」


 あまりにも望んだ通りの返答に、先に言質を取っておく。

「ステラ殿、それは誠か?」

「はい、サイチ様には命を救っていただいたご恩があります。それに()()()()()ではないというのなら納得することもできますから……」


 ステラはそう言うと、何かやましいことでもあるかのように視線を逸らした。

 その様子を不自然に思った左一は覗き込むように顔をずいっと近づけると、あまりの近さにステラの頬が発熱したように赤く染まっていく。


「どういうことだ?」

「あの、これって本当にお話ししないといけませんか? 正直に打ち明けてくれたサイチ様の誠実さに心を打たれた女の子の気紛れ、とかそういうことにはなりませんか、ね?」

「どういうことだ?」


 どうにかはぐらかそうとするも、左一も左一で妥協を許すような性格ではない。

 情報とは有用性ではなくいかに多くを持っているかで決まる。

 真実に辿り着くためには手にした情報を元にあらゆる視点から物事を観測し、地道に精度を上げていく他にない。

 信長の使者として諸国を渡り歩いた経験からどのような情報でもあるに越したことはないと身に染みて理解しているのだ。


「本当にダメですか?」

「くどい」


 立場が逆転し、壁際まで追い詰められた少女は観念したように口を割った。

「これは魔術に関するお話なのですが、わたしたちは空気に含まれる〝魔素(まそ)〟を取り込み体内で魔力に変換し〝刻印(こくいん)〟を介することで魔術を行使しています」

「刻印とはなんだ?」

「刻印とは、魂を持つすべての生き物が生まれながらに神様から与えられた恩寵であり、魔術の行使になくてはならないものです。ここまでは大丈夫ですか?」


 昔、屋敷を訪れた宣教師から「我らが父と子と精霊の名において……」と似たような説法を長々と聞かされたような気もするが、ここは黙って頷いておく。


「魔術は種族、知能に関係なく誰でも使うことができます。魔力量が少なくても火を起こすといった下位の魔術を行使することも可能です」

「魔術とやらの仕組みはおおよそ理解した。されど、某がこの大陸の人間でないと判断した理由とはどう繋がる?」


 色々と説明があったが、左一を信じた理由に直結するとは到底思えなかった。

 むしろ話が明後日の方向に乖離(かいり)しているようにさえ思える。


「刻印が浮かび上がる位置には法則性があります。場所は種族によって異なるのですが、人間種(わたしたち)であれば生命の源である心臓付近に現れるのです」

「心臓か」

 包帯に覆われた胸に視線を落とす。

 言われるまでもなく左一の体に刻印など存在しない。

 そんな便利なものがあれば、あの惨劇を未然に防ぐこともできたはずだ。


 魔術、魔物、刻印。


(ここは戦国の世とは何もかもが違う。さりとて話に聞いた南蛮の国とも違うようだ。信じ難いことだが、某は異なる世界に迷い込んでしまったのやもしれん)


 自分の置かれている状況を受け止めつつ、止まっていた会話を再開する。

「刻印の有無が決め手となったのは分かったが、ステラ殿は何故それを知っておったのだ?」

 ふと疑問に思った左一がそんなことを口にした途端、ステラの表情が硬直し、数秒の沈黙が生まれる。どうやらようやく核心に迫れたらしい。


「え、えーとっ、ですね。それはその、わたしがサイチ様の看病に志願したからで。刻印については手当ての際に偶然たまたま気づいてしまい……あっ、でもこれは職権乱用ではなくて、あくまで命を救っていただいたサイチ様に少しでも恩返しができればと、そう思っただけなのですっ‼ 他意はありませんからね⁉」


 何をそこまで取り乱すことがあるのか。

 またしてもステラは顔を真っ赤に染め、あわあわと左右の手を振り回していた。


「ところでステラ殿に折り入って頼みがあるのだが」

「な、何でしょうか?」

「某の正体については他の者には内密にしてもらえぬだろうか」


 皆が皆ステラのように寛容であれば大手を振るうこともできただろうが、得てして変わり種というものは叩かれると相場は決まっている。

 しかも、それが彼らの(ことわり)から外れた異邦人なら尚更だ。面倒な未来しか見えてこない。

「それは構いませんが、サイチ様はこれからどうなさるおつもりですか?」

 彼女の問いに、左一は鋭い眼差しを浮かべると、


「まずは信長様の許に帰還する方法を探してみようと思う」



・第三節の読了、ありがとうございます。

 本格的に〝異世界転移〟モノの流れになってまいりました。

 少し説明的な文章が多いような気もしますが、そこはご愛嬌ということで。


 さて、もう少々客間でのお話しが続きますが、

 お付き合いをお願いできればと思います。

 次回もお楽しみに。

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