第77話 もう一つの報奨
次の日の朝、まだ薄暗いうちにトキオは目覚めた。
昨夜は、メアリーに肩を揉んでもらったおかげですっかり体がほぐれ、早い時間に眠ってしまったからだった。
壁の時計を見ると、まだ6時だった。
「うー、かなり早く目が覚めちゃったなあ・・・あ!そうだ!朝風呂とか入れたりするのかな?」
トキオは、何も持たずに速足で大浴場に行った。
脱衣場から浴室を覗いたら、いい感じで湯気が出ていた。
そのまま歩いて行って浴槽に手を突っ込んだら、昨日と同じぐらいの温度で沸いていた。
「いいね~」
急いで脱衣場に戻って服を脱ぐと、頭から浴槽に飛び込んだ。
「ふー、極楽極楽」
しばらくお湯につかっていると、朝日が昇ってきてかなり明るくなってきた。
小さい方の浴槽の向こう側にある窓まで行けば日の出が見えそうだったのでトキオはそっちに移動した。
「うん、確かにこっちの方がお湯がちょっと熱いけど、入れないほどじゃないな」
トキオは湯につかったまま窓に密着して日が昇ってくる方を眺めた。
しばらく待つと、太陽が山すそから頭を出したが、その光が王都の街並みに当たって、これも見事な景観となっていった。
「いや~、王都の景色いいね~。街が格段に広いから、アティムとは全然違うな~」
トキオは、朝風呂につかりながらそのまましばらく外を眺めていた。
風呂から上がると、また、脱衣場のドアを開けたところにバスタオルとタオルが置いてあり、寝間着と下着がなくなって、代わりの服と下着が置いてあった。
(うわー、こんな時間から仕事してるのかー。なんか、申し訳ないなあ)
トキオは服を着て大浴場から出たが、外で誰か待ってるかと思ったら誰もいなかった。
そのまま廊下の反対側の端まで歩いて行って正面にある木製のドアを開けたら、予想した通り、そこに外階段があった。
しかし、幅が非常に広くて欄干の装飾も見事で、オフィスビルや団地にあるものとは根本的に違っていた。
階段の踊り場に出て街を眺めてみたら、端が見えないほど街並みが続いていた。
(さすがに王都は広いし、すごく先まで良く見えるなあ。東京だと、高いビルがあり過ぎて遠くが見えないから新鮮だなあ)
しばらく眺めていたら、右手の方に街並みから一つ突き出して教団本部の建物が見えた。
(あんなところにあったんだ。確かにあの場所だとお城までは遠いな)
「うっ!寒っ!」
そこで、急に寒さを感じたのでトキオは慌てて建物の中に戻った。
すると、急激に寒さが和らいできた。
(何気に建物全体に暖房が入ってるんだな。エアコンなんかあるわけないし、どうやってんのかな?)
そんなことを考えながらふと右を見たら、そこにガウンが掛けてあった。
(さっきは気づかなかったけど、外に出るときはこれを着ろってことか。心遣いがにくいねえ)
それからトキオは寝室に戻ったが、すぐにドアをノックする者があった。
「はーい。どうぞー」
ドアを開けてメアリーが入って来た。
「お食事の用意ができておりますが、いかがいたしましょう」
「あ、そう。お腹すいたから食べるよ」
そう言って、トキオはメアリーと一緒に部屋の外に出た。
「昨日は肩を揉んでくれてをありがとね。全身マッサージとかもできたりする?」
「はい。お申し付けいただければいつでもやらせていただきます」
「そう!じゃあ、今夜やってもらっていい?」
「わかりました」
それから、1階の食事の間で朝食を食べたが、夕食ほどではなかったものの、これまた結構な品数があってどれも美味しかった。
「ふー、食べた食べた。おいしかったよ」
「恐れ入ります」
そこで、外から馬車の音が聞こえてきた。
すると、
「失礼します」
と言って、セバスチャンが出て行った。
しばらすると、ミヒール司祭と一緒に戻って来た。
トキオが壁の時計を見ると、まだ、8時前だった。
「あれ?来るの9時じゃなかったっけ」
「そのお約束でしたが、昨日、大事なことを忘れてしまいましたので、早めに伺わせていただきました。ご迷惑だったでしょうか」
「ううん。朝ご飯も食べ終わったから大丈夫。で、大事なことってなに?」
「はい。このお屋敷の他にも国王陛下から賜られました報奨がございましたが、それをお渡ししておりませんでした」
「ああ、そんなこと言ってたね。じゃあ、お願いします。どこにあるの?」
「こちらになります」
ミヒール司祭がそう言って先に食事の間から出たので、トキオもそのあとをついて行った。
セバスチャンがついてくるかと思ったら、誰もついてこなかった。
ミヒール司祭は、廊下にかかっている燭台の一つを取ると、右手の人差し指に炎を灯してろうそくに火を点けた。
(そう言えばいくつか魔法を使えるって言ってたな。少なくとも火魔法を使えるってことか)
突き当りを左に折れてしばらく行くと、他の扉よりはかなり小さい、トキオのいた世界の民家にあるぐらいの扉があり、ミヒール司祭はそこで立ち止まった。
「こちらです」
ミヒール司祭はそう言うと、鍵を開けて中に入った。
トキオが後に続くと、その先は下り階段になっていた。
「地下室もあったんだ」
「はい。このお屋敷の貴重なものを収める倉庫になっております」
「へえ~」
階段の下に着くと、さらにドアがあり、ミヒール司祭はそこも別の鍵で開けてから中に入った。
トキオがついて行くと、ミヒール司祭は壁にかかっていた照明用の蝋燭に次々に持っていた燭台で火をつけていった。
部屋が明るくなると、床の上にいくつか頑丈そうで大きな錠前の付いた箱が置いてあるのがわかった。
(え?これってもしかして宝箱で、金銀財宝がザックザク入ってたりする感じ?それで、これが俺にくれる報奨だったりするわけ?)
トキオはかなりワクワクしてきた。
「その箱には、国王陛下の異動命令が急だったために持ち出せなかった前の持ち主の備品が収められています。1年経っているのに取りに来られないので忘れているのかもしれませんが、捨てるわけにもいきませんのでここに置かせてもらっています。よろしいでしょうか」
トキオが箱をじろじろ見ているのに気付いたミヒール司祭が言った。
「ああ、そういうこと。全然かまわないよ」
トキオは平静を装ってそう答えたが、内心はかなりガッカリしていた。
「こちらが報奨の品になります」
ミヒール司祭は、使われていないと思われる暖炉の上を指した。
そこには、銀色に輝く美しい剣があった。
全体のフォルム、装飾のセンスとも申し分なく、さっきのガッカリ感は完全にどこかへ行ってトキオは惚れ惚れとそれを見つめた。
(そうかあ、剣かあ。異世界なら聖剣、魔剣の類は王道の設定なのに、なんで思いつかなかったかな)
「触ってみていい?」
「すでにトキオさんの所有物ですから、ご自由にどうぞ・・・あ、かなり重いですからご注意ください」
トキオは、少し背伸びをするとその剣を両手で下ろしたが、想像以上に重かったので落としそうになった。
「重っ!なにこれ」
「この剣は王家に代々伝わっている儀礼用の剣ですので、実戦で使用することは想定されておりません」
「あー、俺のいた国にもそういう刀あるねー。神社の御神体になってるのもあるし」
「ジンジャですか?」
「ええっと、この世界の教会のようなもんだよ」
「なるほど」
トキオはまじまじとその剣を眺めたが、どこから見ても非常に美しく、また、細かい細工も実に見事だった。
「ちょっと抜いてみていい?」
「もちろんです」
トキオは剣を抜くと鞘をミヒール司祭に手渡して両手で持った。
刀身は鞘の幅に比べてかなり細身だった。
それから、大上段に振り上げてみたが、すぐに下した。
「ホントに重いよこれ。実戦で使うのは不可能だね。何でできてるの?」
「すべてプラチナ製だとのことです」
「プラチナ!?鞘も?」
「はい。そう伺っております」
「どうりで重いわけだ・・・でも、これが全部プラチナだとするととんでもない値段になるんじゃない?」
「どうでしょうか。鞘にちりばめられている宝石も希少なものだという話ですので価格は想像もできません」
「そうなのかー」
(一瞬、聖剣か?と思ったけど、こんなに実用性がないんじゃそれはないか。まあでも、眺めてる分には実にいいなあ)
「この剣、すごく気に入ったよ。俺の寝室の壁にかけていつも眺めていたいんだけど、いいかな?」
「わかりました。セバスチャンに申し付けておきましょう」
「ありがとう。でも、王家に代々伝わってるものなんでしょ?ホントに俺なんかが貰っていいの?」
「国王陛下が決められたことですので問題ありません」
「そうかー」
トキオは、もう一度剣を眺めては、満足そうな笑みを漏らすのだった。
その頃お城では・・・
「陛下、あの剣は王家に代々伝わるものだったのでしょう?本当に召喚者に与えて良かったのですか?」
ゴットハルトは王に聞いた。
「ああー、構わんよ。あれは儀礼用で実用性が皆無なのに、儀式にも使わない、文字通り倉庫の肥やしになっておったもので、我が家に昔から伝わるいくつかの宝剣うちでも一番価値の低いものじゃからな。いつからそうなっていたかは知らんが、少なくともワシが小さい頃に初めて見た時からずっと宝物庫の壁に掛けられたままになっておった。今回、トキオに渡すために手入れをさせたが、埃がかなりこびりつていて相当時間がかかったらしいぞ」
王はそう言って愉快そうに笑った。
「それでは、そろそろお時間ですのでお城に参りましょう」
ミヒール司祭が言った。
「今日はなにするの?」
「今日から兵士たちに柔道を教えていただくことになっています。よろしいでしょうか」
「わかった。王様にも言った通り、俺が直接教えてない人たちに柔道がちゃんと身についてるか気になってたしね」
「よろしくお願いします。それが終わりましたら、魔導士からトキオさんの今後の魔法鍛錬についてのお話があると思います」
「あー、そっちも興味あるなあ。自己流だったから、ちゃんとした使い方を覚えれば少し威力が増したりするんだよね?」
「そうなると思います。頑張ってください」
「ありがとう。よーし!やるかー!」
それから二人で馬車に乗ってお城に向かった。




