第76話 お屋敷の夜
トキオは、浴槽から出て体を洗おうとしてミスに気付いた。
(しまった!慌ててたからタオル持って来なかったよ!脱衣場に置いてあったりしないかなあ)
そう思って脱衣場へのドアを開けたら、入るときにはなかった椅子がすぐ右にあり、その上にバスタオルと体を洗うタオルが置いてあった。
(いつの間に!?全然音とか聞こえなかったけど・・・なるほど、これが貴族のお屋敷に勤める執事やメイドの仕事ってことか)
トキオは、体を洗うタオルを取ると洗い場に行った。
すると、石鹸が入っている小さな籠の横に見慣れない瀬戸物の醤油さしを大きくしたようなものが置いてあった。
手に取って傾けてみると、すごくフローラルな香りの油のようなものが出てきた。
(これはきっと、女性がリンス代わりに使ってるオイルだな。この世界にはシャンプーとリンスってないから今までは石鹸だけで頭洗ってたんで初めて実物を見るよ。アウレラは、かなり高価だから以前は3日に1回ぐらいしか使えなかったけど、お金に余裕ができてからは毎日使えて髪がいつもしっとりするようになったから嬉しいって言ってたな)
髪を洗ってから使ってみたら、確かに髪の毛がしっとりする感じがあった。この世界に来て初めての感覚だった。
(これいいかも~。なんかリンスしたみたいだー。この感じ、すっかり忘れてたよ)
体を洗ってからもう一度長々と湯につかり、風呂を出た。
さっきは急いでいたのでよく見なかったが、脱衣場にも洗面台が3つあり、スツールや、休息用と思われる横になれる長さの背もたれがかなり倒れた椅子もあった。
体を拭いてパンツをはこうとしたら、着ていた服が下着ごとなくなっていて、代わりにトキオが持って来た替えの下着の横に、さっきクローゼットにあったような少しラフな服がたたんで置いてあった。
(こういうところも至れり尽くせりか~。楽でいいけど、予想してないからいちいちドキッとするよなあ)
そう思いながら服を着たら、生地の質が今まで着ていた服とは全然違うものらしく、肌触りがすごく良くてそれだけで随分と良い気分になった。
トキオがタオルとバスタオルを持って大浴場から出ると、メアリーが立って待っていた。
「失礼いたします。お食事の用意ができておりますが、すぐお召し上がりになりますか?」
「あー、そういえばお腹すいたねー。食べる食べる」
「かしこまりました。それでは、さきほどご案内いたしました1階の食事の間へお越しください」
「わかった」
「タオル類はお預かりします」
「あ、そうか。よろしくー」
タオルを渡したらメアリーもついてくるかと思ったら、そのまま大浴場へ入って行った。
(ああ、すぐに浴室の整理をするのか。このへん、自分のやることがしっかりわかってるんだな)
廊下の壁の燭台にはすべて火が灯っていた。
トキオは、キョロキョロとその照明や部屋のドアを見ながら、入って来た時に見た中央の階段を目指して進んだが、ちょっと気になって途中にあるドアを開けてみたりした。
すると、トキオの部屋よりはやや狭かったが、どの部屋も今までのトキオの生活環境からは想像できないほど広かった。
明らかに寝室だと思われる部屋もあったが、何に使うんだかわからない部屋もあった。
(なるほどねえ。一つ一つの部屋がバカでかいから20部屋しかないんだな)
中央の階段から下に降りたが、敷いてあった絨毯がふかふかで、これもトキオが今まで体験したことのない感触だった。
食事の間に入ると、セバスチャンが立って待っていた。
「こちらへどうぞ」
手のひらで異様に縦長のテーブルの真ん中の椅子指したので、トキオがそこに行き椅子の背もたれを掴んで座ろうとしたら、その前にセバスチャンが椅子を後ろにどけた。
そんなことは人生初の経験だったので、一瞬、(何の意地悪だ?)と思って動きが止まったが、(ああ、椅子を引いてくれたのか)と気づいて、少し恥ずかしい気持ちになりながら座った。
「本日の夕食のメニューをご紹介いたします」
「え?・・・ああ、聞いてもたぶんどんな料理かわからないからいいよ」
トキオがこの世界に来てから食べたものと言えば、アティムや護衛で行った街の庶民的な料理と森で食べた魔物の肉だけだったから、今から出て来るだろう高級料理はどれもわからないだろうと思った。
それよりも、お腹が空いていたので早く夕飯が食べたかった。
「そうですか。それではすぐにお食事をお持ちします」
セバスチャンがそう言うと、すぐに奥にある衝立の向こう側からジェーンが料理の乗ったトレーを持って出て来たが、それをトキオの目の前に置こうとしたところで、
「前菜でございます」
と、セバスチャンが言った。
(あー、そういうことかー。一瞬、野菜料理のようだけど量が少ないなー、とか思っちゃったよ・・・てことは、コース料理みたいに出てくるのかな?あれって、待ち時間とかあるから嫌いなんだけど・・・)
そう思いながら食べようとしたが、フォークやナイフがたくさん並んでてどれを使ったらいいのかわからなかった。
(元の世界なら、確か外側からだったけど、この世界も同じかなあ・・・間違ったらセバスチャンにバカにしたような目で見られそうでイヤだなあ・・・あ、そうか!ここは俺んちだったんだ)
そこで、トキオはセバスチャンの方を振り返った。
「俺がどこから来てどういう素性の人間だかって聞いてる?」
「いえ、詳しいことは伺っておりません。ただ、魔物討伐のために多大な貢献をして、この先も、この世界から魔物を一掃するための大きな助けになってくれるお方だとだけお城の侍従長から伺いました」
(うーん、かなり過大な説明の仕方をされてる気がする)
「それじゃあ言っとくけど、俺はただの平民で貴族でもなんでもないから、正直に言うと食事の作法とか、屋敷内での振る舞いとかは何にもわからない。だから、俺が変に見える行動をとっても、口出しせずに見ていて欲しい。それと、そんなに堅苦しい話し方しないで、もっと打ち解けた感じで話してくれた方が俺も気が楽なんだけどね」
「かしこまりました。私共としましては、魔物の討伐に多大な貢献をしてくださっているという事実だけでご主人様は大いなる尊敬の対象となっていますので、差し出がましいことは何も申し上げるつもりはございません。ただ、話し方に関しましては、なかなかすぐにとはまいりませんので、ご主人様が堅苦しい思いをなさらなくて済むように少しずつ考えながら対応させていただきたいと思います」
「わかった。それでいいからよろしくね」
「かしこまりました」
「ほらそれ。その返事が堅苦しすぎるよ」
「わかりました」
「あ、いいね。その方が随分いいよ。それでよろしく~」
「わかりました」
(まだちょっと固いなあ。徐々に慣れてくれるといいけどね)
「じゃあ、食べよう」
そう言ってトキオは右手でフォークだけを取って料理を口に運んだ。
「・・・・・うっまー!なにこれ?めちゃくちゃおいしいよ!」
「気に入っていただけて何よりです」
「この世界に来てから食べたものの中で一番おいしいよ!」
「この世界に来てから、ですか?」
「あ、えーと、俺の住んでた辺境では、よその街に行くとそう言うんだよ。俺のいた街や王都で食べたものの中ではって意味ね」
「そういうことですか。了解いたしました」
そんな感じで食事は進んだが、肉料理、魚料理、キノコと豆の料理といった感じで次々と料理が出て来て、かなりの大食いトキオでも、テーブルの上に置いてあったパンに手を出さなくてもお腹がいっぱいになった。
出てくる間隔も、前の料理を食べ終わったらすぐに次の料理が出て来る感じで、待ち時間など少しもなかった。
飲み物は2種類の果実酒が出された。
どちらも今まで飲んだことがないほど美味だったが、その割に度数が強くて、食事が終わることにはすっかりいい気分になっていた。
「ごちそうさま!どれもすごくおいしかったよ。ありがとう」
「喜んでいただけてなによりでございます。それでは、明日の朝食は何時にいたしましょうか」
「そうだねえ・・・7時ぐらいかな?ミヒールさんが来る前にちょっとこの屋敷の中を見てみたいし」
「わかりました。それでは、その少し前にお部屋にお迎えにあがります」
「わかった。よろしくね~」
トキオが寝室に戻ると、ベッドの上に寝巻と思われるものが畳んで置いてあったので、それに着替えてからベッド上に文字通り大の字になった。
両手を横に目いっぱい伸ばしても端に届かないほどベッドは広かった。
(こんな大きなベッド初めて見たよ。これなら、どんなに寝相が悪くても落っこちないね)
トキオは、そんなつまらないことを考えて一人で笑った。
コンコン!
「失礼します」
そこで、ノックの音と女性の声がした。
「どうぞー!」
トキオがベッドの上で上半身だけ起こしてそう答えると、メアリーが入って来た。
「お水と果実酒をお持ちしました」
メアリーはそう言うと、トレーに乗っていたグラス二つと、水の入ったピッチャー、果実酒のボトルをテーブルの上に置いた。
「果実酒はすぐにお召し上がりになりますか?」
「うーんと、今はいいかな。お水もそのまま置いといて」
「かしこまりました。他に御用はございますでしょうか」
「いや、特には・・・・あ、そうだ!何でも頼んでいいって言ってたよね?」
「はい、ご要望はなんなりとお申し付けください」
「じゃあさあ・・・・・肩揉んでくれたりする?何日も馬車に乗ってたから、かなり凝ってるんだよねえ」
「かしこまりました。それでは、そちらへおかけくださいますでしょうか」
メアリーは、そう言ってベッドの脇に置いてあったスツールを指した。
「お!やってくれるの?ありがとー」
トキオはそう言いながらベッドから降りると、そこに置いてあった部屋履きと思われるサンダルを履き、スツールに座ってメアリーに背を向けた。
メアリーはトキオの後ろに来ると、型に両手を乗せた。
「それでは失礼します」
そう言って揉み始めたが、予想外に手慣れていて、マッサージ師の揉み方と遜色がないほどだった。
「えー?うまいじゃん!以前からよくやってたの?」
「はい。前にお勤めしておりましたお屋敷の奥様が肩こりのひどい方で、専門家に習ったうえで毎日揉ませていただいておりました」
「へー、そうなんだー。助かるなー。でも、もう少し強くていいかな」
「かしこまりました」
「あー、返事固いって!もっと気楽に行こうよ」
「失礼しました」
「よろしくねー」
そこでメアリーは、揉んでいる手に力を入れるために、体をトキオに密着させた。
そのため、メアリーの胸がトキオの背中に押し付けられた状態になった。
(こ、これは!・・・最高じゃないか!)
トキオは、にやけた顔になると同時に体中の力が抜けていった。
「あ、急に肩の力が抜けて揉みやすくなりました!ご主人様も緊張されていたのでしょうか?そのままでお願いします」
「そんな言い方するってことは、メアリーも緊張してる感じ?」
「はい。ご主人様とは本日初めてのお会いしましたから、どんな方なのかわからず、ずっと緊張しておりました。でも、優しそうな方で随分安心いたしました」
「そう?俺はうるさいこと言わないからもっと気楽にやってね」
「はい!ありがとうございます!」
メアリーは、嬉しそうな声を上げると、さらにトキオの肩を揉む手に力を込めた。
そうなると当然のように胸はさらに押し付けられた。
(うっひょー!スバラシイー!・・・これからは毎日肩揉みをお願いするしかあるまい!)
そんな事を考えながら、トキオの新居での最初の夜は更けていったのだった。




