第75話 お屋敷の中はもっと驚きだった
「では、紹介しておきましょう。まず、一番左が執事のセバスチャンです」
「えっ!?セバスチャンって言うの?ブッ!」
トキオは思わず吹き出してしまった。
「何か紹介の仕方がおかしかったでしょうか?」
ミヒール司祭は困惑した顔になった。
「ごめんなさい。知り合いにそっくりな人がいて、その人の名前もセバスチャンなもんで、それがちょっとおかしくて」
「そうなんですか。それは素晴らしい偶然ですね」
そうごましたが、トキオは笑い出しそうになるのをこらえていた。
何度か深呼吸をして、やっと収まって来たので、それを見たミヒール司祭が紹介の続きを始めた。
「メイドは、左がメアリーで右がジェーンです」
「えー?その名前も定番すぎない?」
「は?」
「あ、いや、何でもない」
トキオは、また笑いが込み上げてきたが、これも必死でこらえた。
「メアリー、ジェーンともども務めさせていただきますので、なんなりとお申し付けください」
セバスチャンがそう言って3人そろって深々とお辞儀をしたあと、メアリーが出て来てトキオのリュックを受け取った。
「あー、はい。よろしくです」
「トキオさんの使用人ですので、本当に何でもお申し付けくださいね」
ミヒール司祭が言った。
「うーん、そうなんだろうけど、使用人なんて使ったことないからどうしたらいいかわかんないよ」
「すぐに慣れますよ。では、参りましょう」
ミヒール司祭はそう言うと、開いている入口の扉のところで、手で「どうぞ」と言うように、中の方を示した。
トキオが扉から中に入ると、ミヒール司祭がその後ろから、執事とメイドたちがさらにその後ろからついてきた。
中はいきなり大ホールになっていて、かなり高い位置に豪勢なシャンデリアが掛かっていた。
正面はそこから続く廊下になっていたが、廊下の幅が7、8メートルほどもあった。
その手前の左右がゆっくりと曲がりながら登っている階段だったが、5人は並んで登れそうなほどの幅だった。
(うわー!映画とかで見たホントの貴族のお屋敷だー!すげー!)
トキオは、その風景のすべてに圧倒されて立ち止まった。
「お気に召されましたでしょうか。トキオ様が快適に過ごされますよう、私共が日々お手入れをさせていただきます。お気に召さないことがございましたら遠慮なくおっしゃってください」
セバスチャンが後ろからそう声をかけると、右手を前に持ってきて軽くお辞儀をした。
「あ、はい」
トキオは、執事とメイドが自分の使用人だということに実感が沸かず、そう言うのが精一杯だった。
「それではセバスチャン、トキオさんを案内してもらえるかね」
「かしこまりました」
ミヒール司祭の言葉にセバスチャンはそう返事をすると前に出てきた。
「こちらです」
そう言って先に立って歩き始めたので、トキオたちもついて行ったが、メイドたちは一礼をするとトキオのリュックを持ったまま下がって行った。
廊下を数メートルほど行ったところで左側に扉があった。
「こちらがお食事を召し上がっていただくお部屋になります」
そう言って、扉を上げながらトキオに入るように手で示した。
トキオが中に入ると、そこは、先ほどまでいたお城の控えの間と変わらないほどの広さの部屋だった。
違っていたのは、両側に10人ずつぐらい座れそうな妙に縦長のテーブルが真ん中に一つだけあったことで、そのため、部屋の中にかなりの空き空間があった。
(なんでこんな作りなのかなあ。貴族の考えることはわからん)
壁には正体不明の装飾品が色々と掛けてあった。
(あれはなんだろ?まあいいや、後で聞いてみよう)
「続きまして洗面所へご案内いたします」
トイレは食堂の隣だったが、男性用と女性用が別になっていて、男性用のトイレには洗面台が3つに個室が7つもあった。
この世界のトイレは、個室のみで男が立ってするものはなかったが、個室のトイレの形はトキオのいた世界のものとよく似ていて水洗式になっていた。
「え?なんで7つもあるの?前にここに住んでいた人って大家族だった?」
「いえ、旦那様、奥様とお子様が二人の4人でした。この洗面所は来客用も兼ねております」
「ああ、そういうこと」
「プライベートのものは奥に2つとお2階と3階に3つずつございますので、後ほど案内させていただきます」
「ええ!?そんなにトイレあるの!」
「はい」
「ああ、まあこの広さならそうなるかあ」
「では、次へまいります」
セバスチャンはそう言うと、廊下の突き当りまで歩いて行った。
そこで左右を見ると、幅5メートルほどの廊下が屋敷のそれぞれの端まで左右に延びていたが、遠すぎて先の方の部屋の様子はよくわからなかった。
「右側の一番手前の部屋がトキオ様の書斎になります」
「書斎!?」
「はい。ご案内いたします」
「あ、はい」
(1Kのアパートに住んでる人間に書斎かよー。きっと、俺のアパートより広いんだろうな)
そう思いながら、セバスチャンが開けたドアから中に入ると、広いどころからトキオのアパートの5倍はあった。
(うわー、ここまで広いかー!落ち着かねー!)
「隣の部屋が、お客様にくつろいでいただくためのラウンジになっております」
書斎を出ると、セバスチャンがそう言った。
「あー、なんか部屋がたくさんあるみたいだから、すぐに使わないところはあとでいいや。俺の部屋に案内してくれる?」
「かしこまりました。執務室は今拝見していただいた書斎になりますが、寝室はお2階になりますのでこちらへどうぞ」
2階と聞いて入り口に戻るかと思ったら、セバスチャンはさらに奥へ進んだ。
すると、その先に、これも幅の広い階段が見えてきた。
(うわー、ここにも階段があるよ。まるで学校みたいだな~)
根っからの庶民のトキオには、そんな発想しか浮かんでこなかった。
2階に上がると、1階と同じように廊下が伸びていて、部屋のドアがいくつもあった。
「トキオ様の寝室はこちらになります」
セバスチャンが案内したのは、階段から右に行って2つ目のドアだった。
セバスチャンがドアを開けてくれたので中に入ったら、これがまたとんでもなく広かった。
ベッドも3人が横になれそうなほど巨大だったうえ、かなり横長のソファーが向かい合っている応接セットと、部屋の隅には別の机といすもあった。トキオのリュックはその机の上に置いてあった。
「うわっ!寝室なのになんでこんなに広いの!しかも、応接セットとかあるし!」
トキオは、驚いたと言うより呆れていた。
「他に来客用の寝室が5つございますが、それらはもう少し小ぶりでございます」
(小ぶりって言ったって、庶民の感覚から考えるとめちゃくちゃ広いんだよな、きっと)
トキオがそう考えていると、セバスチャンはベッドがあるのとは逆の左側の壁の方に歩いて行って、廊下に近い方にあるドアを開けた。
「お出かけになる際のお召し物はこちらになります」
「え!・・・まさか!」
扉の中に入ると、少し奥まった位置に、ハンガーにかかった服がたくさん並んでいた。少なくとも30着はあるように見えた。
(これは!・・・伝説の衣裳部屋!)
「急ぎで使用することもあると思いまして、今のところ、この国の標準体型の男性に合わせたサイズのものが何着か掛けてありますが、これらは、トキオ様の体を採寸させていただいた後に手直しいたします。また、その際に、本来の数の分を追加いたします」
「え?まだ増えるの?」
「はい。今は本来の3分の1ほどしかご用意できておりません。誠に申し訳ございません」
「いやいやいやいや、そんなに色々着ないから、これでも多すぎるぐらいだよ」
「いえ、そういう訳にはまいりませんので、すぐにご用意いたします」
「えー?」
トキオは困ったと思ったが、ここで逆らって怒らせて今後の対応が悪くなっても困ると思い、それ以上何も言わなかった。
「では、寝室の方へ戻っていただきます」
衣装部屋を出ると、セバスチャンがそのすぐ左の壁を指していたので見ると、壁に蛇腹式の横にスライドする扉があった。
「屋敷内で着るお着替えは、このクローゼットに入っております」
セバスチャンがその扉を開けながら言った。
そこにも、20着ほど、先ほどの服よりはいくぶんラフなデザインの服が掛けてあった。
(うわー、まだあったよ!どこでこんなに着るんだよ!)
「次はあちらです」
セバスチャンは先に立って、ベッドがある反対側の壁の方へ歩いて行った。
ベッドは、廊下に近い側にあったが、その後ろの壁の窓に近いところにドアがあり、セバスチャンはそのドアを開けた。
「こちらが、プライベートの浴室になっております」
「へえ~、寝室のとなりにお風呂があるんだ~」
トキオは、そう言いながら浴室を覗いて見た。
そこは、5人ぐらいが一緒に入れそうな浴槽と、シャワー付きの洗い場が3つある結構な広さの浴室となっており、浴槽には湯が満たされて暖かそうな湯気を立てていた。
「え?これって、この寝室に寝てる人だけが入るお風呂だよね?」
「はい。この寝室はご夫妻で利用しておられましたので、それを考慮した広さとなっております」
(だったら洗い場は2つで良くない?・・・よくわからん・・・)
「ところで、湯船にはお湯が入ってるけど、今、入れるの?」
「はい。お越しになられてすぐ入られるようにと適温になっております」
「そう!いいね~・・・でも、さっきプライベートの浴室って言ったよね」
「はい。3階には、お客様がいらした時に一緒に入られるように大浴場がございます」
「え!?そんなのあるの!見たい見たい!」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
セバスチャンは、3階の右側の突き当りの部屋に案内したが、その途中で各階のトイレの位置を教えてくれた。
1階、2階の廊下の突き当たりは外にある階段への出口になっていたようだったが、3階だけは廊下が短くなっていて、そこに大浴場があった。
トキオは、中に入るとすぐに浴室へのドアと思われるとところまで行ってそこを開けた。
するとそこは、ちゃんとした温泉旅館にあるような広い浴場で、少し大きさの違う浴槽が二つあった。
(うわー!ホントにホントの大浴場だよ!すげー!)
トキオは、ブーツを脱いで2つの浴槽の間を通り、外のテラスに出られるようになっている広大な窓のところに行ったが、王都の街並みとお城が良く見えて、実に見事な景色だった。
「ここいいよ!サイコー!」
トキオは、振り返るとセバスチャンにそう言った。
「気に入っていただけて光栄です。この浴室も、すぐに入れる温度になっておりますが、二つの浴槽の温度は少し変えてございます。高い温度がお好みでしたら、左側のやや小さい方の浴槽へお入りください」
「わかった、ありがとう!」
トキオは、今すぐにでも入りたくてそわそわしてきたが、ミヒール司祭がいるので我慢していた。
「他にご覧になりたいお部屋はございますか?」
「うーん、とりあえず今日はもういいかな」
「かしこまりました」
「それではトキオさん、日も暮れてまいりましたので今日はこのへんで失礼します。明朝9時にお迎えに上がります」
ミヒール司祭が言った。
「わかった。ミヒールさんも疲れてるだろうから、今日は早めに休んでね」
「かしこまりました。お気遣いありがとうございます」
トキオはミヒール司祭を玄関まで送って、馬車が門の外に出るまで見送っていたが、庭がとんでもなく広いので、結構な時間がかかってイライラした。
そして、馬車が門の外まで出ると、
「風呂に入るから!」
と、セバスチャンに言って、ダッシュで寝室まで戻って替えの下着をリュックから出すと、これまたダッシュで大浴場に行き、大急ぎで服を脱ぐと走って行って浴槽の大きい方に飛び込んだ。
「ふう~、極楽極楽。こんな大きなお風呂に入るのは、この世界に来て初めてだな~」
トキオは、肩までお湯につかりながらそう言って、浴槽にもたれながら全身の力を抜いたが、そこで夕日が目に入ってきたので、お湯につかったまま浴槽の中を移動して窓のところまで行った。
すると外は、王都の街並みとお城の背景に夕日が重なる見事な景観となっていたので、トキオは感動してそのまましばらく見とれていた。
(ふう~、今日は色々あったけど、これからどうなるのかな。まあ、明日になったら大体わかるんだろうな。それにしても、この屋敷といい、この景色といい、王都も悪くないかもな~)
トキオはそんなことを考えながら、長々とお湯につかっていた。
ミヒール司祭は、帰りの馬車の中であることを思い出して慌てていた。
「いけない!お屋敷の中にある報奨をトキオさんにお渡しするのを忘れた!」
一旦は戻ろうかと思ったが、そろそろ夕食の時間で失礼になると思い、明日の朝、少し早く行って用意しておこうと思い直したのだった。




