第46話 さまよう司祭
「ふう。やっと街が見えてきた」
ミヒール司祭は、オーリーの街に向かう街道を歩いていた。
王都の教団本部を出発してから、すでに2か月が経過していた。
街の入り口で検問をしていた兵士に冒険者ギルドの場所を聞くと、まっすぐそこへ向かった。
街の中は清掃が行き届いており、よく整備された石畳の乾いた道は、疲れているミヒール司祭の気分を少し和らげてくれた。
「やっと雪がなくなったか。緯度的には、王都よりかなり南になるからな。しかし、王都のギルドで聞いたときは召喚者様のいる場所は南ではないと思ったのだが、まさかここまで南下することになろうとは。この街ですでに8つ目だし、今度こそは召喚者様のいる街にたどり着ける情報が欲しいものだ」
ギルドに入ると目の前に受付があり、若い女性が座っていた。ミヒール司祭はまっすぐそこへ歩いて行ったが、女性の方から先に声をかけて来た。
「こんにちは司祭様。いかがいたました?」
「すみません、私は王都の聖光教団本部から来たミヒールと申すものですが、少しお伺いしたいことがあります。ギルド支部長はいらっしゃいますか?」
「教団本部の司祭様!すぐに支部長を呼んでまいります!」
受付の女性は、そう言うと慌てて後ろの扉から出て行った。
そして、1分も経たずに戻ってくると言った。
「こちらへどうぞ」
ミヒール司祭は、『支部長室』と書かれた部屋に通された。
中に入ると、初老の男が手を前に組んで応接ソファーの横に立っていた。
「遠いところをご足労いただき申し訳ありません。どうぞ、こちらへお掛けください」
支部長はそう言いながらソファーを手で指し、ミヒール司祭が座ってから自分もその対面に座った。
二人が座るのとほぼ同時に、受付にいたのとは別の女性がお茶を持ってきて、テーブルに置くとすぐに退室した。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
「少しお伺いしたいことがありまして」
「はい」
「この街で柔道という格闘技が行われていると聞きました」
「ええ、数か月ほど前からこの街でも冒険者を中心に盛んに行われています。魔物討伐の助けになっているようです」
「それで、その柔道がどこの街から伝わって来たかをお伺いしたくて参りました。実は、柔道を最初に皆さんに伝え始めたた方、つまり、発祥者を探しておりまして」
「なるほど。それでしたら、ここから真東にあるエモダイスという街のハイマンという冒険者からですね。この男はなかなかの柔道の使い手でして、うちの冒険者たちは彼から教わっております。もしかするとこの男が発祥者なのかもしれません」
「おお!そうですか!では、さっそくエモダイスに向かいましょう」
「え?もう行かれるんですか。かなり遠い街で、もう、午後も遅いですから到着するのは夜中になりますよ」
「構いません。一刻も早くお会いする必要がありますので」
「そうですか。それでは、東側で魔物は少ないとはいえ、夜道は危険ですから馬車を出して腕利きの冒険者を一人護衛に付けましょう」
「ああ、それはありがたい。お願いします」
「すぐに用意させますので、入り口のところでお待ちください」
「わかりました」
ミヒール司祭は、ギルドの入り口の脇に出ると街並みを眺めた。
人々はのんびりとしており、この街の中に限れば、魔物の脅威は深刻ではないようだった。
「トキオ!今、胸を触ったでしょ!」
「いや、アウレラ、ワザとじゃないって!街を見てて他所見してたらたまたま手のひらが胸に触れたんだよ」
「たまたまで手のひらなんか触れないでしょ!ちょっと待ちなさいよ!」
そんなふうに言い争いをしながら一組の男女がミヒール司祭の前を駆けて行った。
「腰から剣を下げているところを見ると、あの者たちも冒険者のようだが、日々、魔物によって人命が失われているのにあんなにはしゃぎおって、実に嘆かわしい。しかし、反りのある細身のめずらしい剣を下げているな。ああいうのもあるのか」
「きゃっ!」
悲鳴がしたのでミヒール司祭がそっちを見ると、今、目の前を駆けて行った女性の方が、路地から出てきた大きな体の男3人にぶつかって転んだようだった。
「痛てえな!・・・って、おおー、かなりの美人さんだな。お姉ちゃん、ちょっと俺たちと遊ぼうよ」
そう言うと、男の一人がその女性の手を掴んで引っ張り起こした。
「なにすんの!離してよ!あんたらに付き合うほどヒマじゃないのよ!」
「ほーう、なかなか気の強いお嬢さんだ。俺の好みだなあ」
その様子を見たミヒール司祭は、助けに行こうとしたが、
「痛ててててて!」
そう言って、女性の手を掴んでいた男が膝をついたので立ち止まった。
見ると、女性の連れの男が戻ってきて、膝をついた男の手を後ろ手でひねり上げてるようだった。
「てめえ!なにしやがる!」
そう言うと、別の男が飛びかかったが、一瞬で投げ飛ばされて石畳の上に背中から派手に叩き付けられた。
「ぐうっ」
倒された男がうなっていると、もう一人の男が飛びかかって行った。
しかし、これも簡単に投げ飛ばされた。
しかも、驚いたことに、投げた男はその間も膝をついている男の手首をつかんだままだった。
「俺の仲間にへんなちょっかい出すんじゃない!このまま腕をへし折ってやろうか!?」
「お、俺たちが悪かった勘弁してくれ」
「わかったらとっとと行け!」
そう怒鳴ると、その男は手首を離し、尻を思いっきり蹴り上げた。
3人は転げるようにその場から走り去った。
「ほう・・・この街の冒険者はかなり柔道の技が鍛えられているな。これは、ますますハイマンという男が召喚者様の可能性が高くなったな」
「ありがとう。お礼に胸を触ったことは許してあげるよ」
「そりゃ助かる。じゃあ、ちゃんと触っていい?」
バチーン!
男がそう言った途端、女性の張り手が男の顔面に飛んだ。
「馬鹿な事言ってんじゃないわよ!このスケベ!」
「なんということだ。往来で女性の胸を触ろうなどと。実に嘆かわしい。柔道の技は鍛えられていても人格に問題がありそうだな」
「司祭様、お待たせいたしました」
ミヒール司祭が声のした方を振り返ると、冒険者が一人立っており、その横にいつの間にか馬車が来ていた。
「ああ、すみません。ご苦労をおかけしますがよろしくお願いします」
「いえいえ、教団本部の司祭様のお役に立てるのは実に光栄なことです。さあ、お乗りください」
「ありがとうございます」
ミヒール司祭が馬車に乗って出発した直後、テリットとブロームがトキオとアウレラのところにたどり着いた。
「もう、二人で何やってんだよ。宿と反対の方に行くから、また、戻らなきゃいけないじゃないか」
「だって、トキオが胸を触ろうとするんだよ!信じられない!」
「ええー?お前、なにやってんの」
「あ、いや、軽いジョークのつもりで」
「ウソよ!顔が完全ににやけてたじゃない!」
「ああ、もうわかった。明日も帰りの護衛があって朝早いんだ。とにかく早く宿に行ってからこの街のうまいもの食って、とっとと寝るぞ」
「おー、この街の食べ物かー。楽しみだなー」
「この街は食べ物がおいしいって評判だものね」
食べ物を思い浮かべて頭がいっぱいになったのか、アウレラはすっかり機嫌が良くなっていた。
「この街、かなり古い感じで情緒があっていいね」
「ああ、王国の中でもかなり古い方の街だから、昔の建物がたくさん残ってるんだ。住民も、それを意識して街の中をきれいにしてるしな」
「あたしもここ好きー。食べ物がおいしかったら住んでもいいかもー」
「え!?それはダメでしょ」
トキオは慌てたように言った。
「ええー、なんでー?」
「なんでって・・・ほら、アティムには叔母さんたちもいるんだから守ってあげないと」
「そんなことはわかってるわよ。住んでもいいって言っただけでしょ」
「そうか」
トキオはホッとした顔をした。
その様子を、テリットとブロームはニヤニヤした顔で見ていた。
「それより、あさっては聖光祭で待ちに待った柔道大会だ。精の付くものを食べて頑張らないとな」
「ああ、俺も密かに優勝を狙ってるからな」
テリットの言葉にブロームが答えた。
「そうか。でも、俺は負ける気ないぞ」
「それはこっちだって同じだ。密かに練習してたんだからな」
「ふん、練習してたのが自分だけだと思うなよ」
「おおっと。やっぱりそうか。みんな気合入ってるからな」
「二人とも頑張って欲しいけど、張り切り過ぎてケガしないようにね」
トキオが言った。
「ああ、そうだな」
「しかし、アティムよりだいぶ北に来ちゃったからちょっと寒いね」
「そうだな。でも、ここより北に行くと雪が積もってるところが多いから、ここはまだマシな方だ」
「そうなんだ。俺、寒いの苦手だから、やっぱりアティムの街がいいな」
「あたしは寒いの平気ー」
「そうなのー?うらやましい・・・」
そんな会話をしながら、4人は並んで宿の方へ歩いて行った。
同じころ、この街のギルド内では二人の冒険者がダーツに興じていた。
「なんだお前ら、またダーツやってるのか」
そこに、別の冒険者がやって来て言った。
「ああ、このダーツってのは実に面白いし、やりだすと熱くなってやめられなくなるよ」
「ホントホント」
「誰が考えたんだろうな」
「なんでも、アティムの街の冒険者らしいぞ。じゃんけんとサッカーを考えたのもそいつだって」
「へえー。一回会ってみたいな。なんてヤツだ?」
「いや、名前まではわからん。でも、こんなゲームとか考えるぐらいだから、冒険者とは言っても結構、優男なんじゃないか」
「ああ、きっとそうだな」
そう言って3人は笑った。




