第42話 クロアの疑問
トキオはギルドで朝食をとることが多かったが、妻帯者のテリットとブロームは、大抵は自宅で食べてからギルドにやって来た。
アウレラは叔母夫婦と住んでいたが、食料品の小売店をやっていて朝から夕方まで忙しいこともあり、朝食に関しては自分の分は自分で作るか、ギルドに来てから食べるようにしていた。
冒険者の仕事は、遠地への護衛や遠い場所での討伐などがあって夜遅くなることもあるので、夕飯も自分で作るか買って帰ることが多く、たまにトキオと一緒に「食い道楽」などで食べて帰ったりもした。
また、冒険者は飲兵衛が多く、トキオたちのパーティーも全員お酒は大好きだったので、ギルドの前にある居酒屋『痛飲上等!』で飲んで帰ることも多かった。
そんなわけで、練習試合のあと討伐の仕事から帰ってきたら、テリット、ブロームをはじめ、練習試合に参加した者の多くが練習試合をネタに『痛飲上等!』で飲み会をやることになった。
トキオたち4人は、マルケルのパーティーと大きめのテーブルで飲んでいた。
「ゴブリン討伐の時にも使えたし、自分ではかなりものになって来てると思ってたんだが、トキオには赤子同然だったなあ」
マルケルが特に悔しいといった表情ではなくそう言った。
「今日見てて思ったのは、みんなヘタに力があるだけに、力に頼って投げようとしてたってことだね。相手の力を利用したり、バランスを崩すことが大事だって教えたつもりなんだけど、まだちゃんとできてないかなあ。それができれば大して力を使わずに手だけで投げることもできるんだけどね。そういう意味では、相手が突っ込んでくる力を利用して投げたパーシーが一番ちゃんとできてたね。アウレラの大内刈も悪くなかったよ」
「ホント!?やったあ!」
アウレラは、本当に嬉しそうに手を叩いた。
「手だけでって、ホントか?」
「そうだよ。何種類かあるんだけど、昔いた達人が開発した『隅落』って技は、上手な人がやるとホントに大して力を入れずに手をひねっただけで相手が転がるように見えるからね。だから、通称『空気投げ』って言われてるんだよ」
「空気投げ?なんかスゴい名前だな」
「まあ、実際に見ればその名前を実感できると思うよ」
「へえ。見てみたいなあ、トキオ、今度やってくれよ」
「うーん、俺自身はまともにやったことないからできるかなあ。まあ、ちょっと練習しとくよ」
そんな話をしていると、クロアがグラス持参でやって来た。
「ちょっといいかしら?」
「おお!恐怖の魔女のおでましか。どうぞ、どうぞ」
テリットはそう言いながら、自分とトキオの間の椅子を引いた。
「じゃあ、新しくうちのギルドに加わってくれたことを祝して、とりあえず乾杯といこうか!」
テリットがにこやかな顔でグラスを差し出すと、全員がそれに合わせて乾杯した。
するとクロアは、グラスにロックで半分ほど入っていた、オクタカホというテキーラに近い度の強い酒を一気に飲み干した。
「おおー!」
全員から感心した声が漏れた。
「強いねー!かなりいける口?」
「まあ、飲み比べして負けたことはないわね。私、負けるのが大っ嫌いだから」
「わははは!いいね~。実に冒険者向きだ!」
クロアは、そのテリットの言葉には反応せず、トキオの方を向くと話しかけた。
「あの柔道ってやつ、少し前までは見たことなかったのに最近は前にいた街でもやってる人がいたわ。けど、この街じゃもっと盛んにやってるのね。なんだか、動きのレベルが全然違うって感じがしたわ」
「まあ、ここにいる人たちが一番長くやってるからね」
「ああ、なるほど。この街に先に伝わって来たってことね」
そこで少し沈黙が流れた。
「ああ、やっぱりクロアはトキオのことを何も知らないんだな」
沈黙を破るようにテリットが言った。
「それはどういう意味?」
「この街に先に伝わったんじゃなくて、トキオがみんなに教えたんだよ。他の街の冒険者にもな」
「え!?そうなの!?」
これにはクロアも驚いたようだった。
「トキオは、ずっと東のトーキョー村ってとこから来たらしいんだが、その村じゃみんなが柔道をやってるから、トキオも子供の時からやってたんだとさ」
「みんなじゃないけどね」
トキオが苦笑しながら言った。
「まあ、そうかもしれないが、とにかく多くの人がやってる格闘技らしいんだよ」
「ふーん、でも、なんで今まで他の地域に伝わってこなかったのかしら?私も結構いろんな街に行って、王都にも行ったけど、どこでも見たことなかったわよ」
「あ、えーとそれは・・・うちの村が結構閉鎖的だったからじゃないかなあ」
トキオは、焦りながら言った。
「ふーん、変わったとこから来たのね」
「うーん、ちゃんと教えておいた方がいいか」
テリットはクロアの方に向いて話し始めた。
「少し前まで、魔物の頭には毒があるからって誰も頭は破壊しなかっただろ?」
「そうね。それが急に実は毒がなかったってことになって、頭からドロップアイテムが採れることがわかったのよね」
「そうだ。で、魔物の肉って食べたことあるか?」
「毒があるからって今まで誰も食べなかったんだけど、食べたらすごくおいしいからビックリしたわ」
「そうだよな。じゃあ、ステータス画面は知ってるか」
「ステータス!・・・これでしょ?これも数か月前まで誰も知らなかったわね」
クロアはステータス画面を表示させて言った。
「じゃあ、腕相撲は?」
「それも少し前からみんながやるようになったわね」
「ダーツは?」
「それは結構最近ね」
「サッカーもだよな」
「そうね」
「じゃんけんは知ってるか?」
「ああ、あれいいわね。簡単に何かを決めたい時には重宝するわ」
「一通り知ってるんだな。で、それって全部トキオがみんなに教えたんだよ」
「え!?・・・ウソでしょ?全部?」
「そう、全部」
「あんた何者?」
クロアはトキオの方を向くと言った。
「ただのイケメンなナイスガイだよ」
トキオがそう言った瞬間、みんなはキョトンとした顔をした。
(軽いジョークのつもりだったんだけど、この世界にイケメンとかナイスガイって言葉があるわけなかったー!めっちゃスベったー!)
トキオは恥ずかしくて真っ赤になった。
「は?イケメン?ナイスガイ?なにそれ?・・・で、なんで赤くなってんのよ」
「え、いや、なんかちょっとこの店暑くない?」
「えー?私は感じないわよ」
「まあ、とにかくそういうことだ」
「それで、剣もできて、格闘技も強くて、魔法も使えるって、そんなになんでもできるのっておかしいでしょ!?どんなインチキしてるのよ!」
「あー、そうくるかー」
トキオはそう言って笑った。
「じゃあクロアに聞くけどさ、クロアが魔法使いになろうと思ったのはいくつのとき?」
「え?・・・そうねえ、15歳の時だったわ」
「魔法の訓練を始めたのもそれからでしょ?」
「そうよ!当たり前じゃない!」
「俺は、子供の頃から冒険者になるって決めてたから、剣も格闘技も、その10年ぐらい前から訓練してたんだよ。しかも、ほぼ毎日ね」
「え?・・・」
この言葉には本当に驚いたようで、クロアは絶句してしまった。
「・・・じゃあ、魔法もそんなに前から訓練してたってこと?」
「いや、魔法に関しては・・・あ、なんか前に同じ展開があったような・・・イヤな予感がする」
「魔法に関しては何よ?」
「あ、えーと、ちょっと言いにくいんだけど、魔法に関しては、この街に来る少し前に使えるのに気づいたんだよね」
「は?・・・・ちょっと待ってよ!じゃあ、何の訓練もしないで光魔法がいきなり使えてたってこと!?」
「そうだねえ」
「あ、それなら俺も気づいたら火魔法が使えるようになってたぞ。他にも何人かいたな」
テリットが言った。
「マッチだけどね」
アウレラがテリットに聞こえないようにボソりと言ったので、横にいたブロームは吹き出しそうになった。
「ああ、他の魔法なら時々あるわ。でも、光魔法は特別なのよ。ベテランの魔法使いが厳しい鍛錬をしてもめったに習得できないんだから」
クロアはそれには気づかずに言った。
「トキオ、光魔法ってステータス画面でも別扱いになってない?」
クロアはさらにトキオに聞いた。
「ああ、そうだよ。光魔法は【特殊魔法属性】って枠に表示されてる。よく知ってるね」
「師匠が教えてくれたのよ。師匠も光魔法が使える人だったからね。でも、習得するのに30年かかったって言ってたわ」
「えー!?そんな大変な魔法だったの?」
これにはトキオも驚いた。
「そうよ。だから何かインチキしたんじゃないの?光魔法の習得には聖光教団の加護も必要だから、教団の人に多額の賄賂を渡して特別な術式を施してもらったとか」
この言葉には、トキオだけでなく同じテーブルにいた全員が笑った。
「何が可笑しいのよ!」
「トキオは剣士だから魔法はめったに使わないって言ってたでしょ?それに、これだけ格闘技と剣の腕があるんだから、そこまでして魔法を習得する理由がないじゃない」
アウレラがあきれ顔で言った。
「ごめん。俺、というか、うちの村の人たちは聖光際ってのを知らなかったぐらいで聖光教団の信者じゃないから、教団の人には会ったこともないよ」
「ウソつくんじゃないわよ!」
「あー、もうどう言ったら信じてもらえるんだろ」
「クロア―!俺たちは帰るけど、お前はどうすんだ?」
そこで、少し離れたテーブルにいたパーシーから声がかかった。
「私はこの男をとっちめてるところだから先に帰っていいわよ」
「えー?俺、何もとっちめられるようなことしてないよー」
「何言ってるのよ!さっきから何か隠してるでしょ!」
トキオは、「何か隠してる」という言葉にドキッ!とした。
「あ、ほら!今の顔、間違いなく何か隠してるわね」
「そ、そんなことないよ。品行方正なただの冒険者だから」
「なに言ってんのよ。まあ、いいわ。どうせ大したことないんでしょ?実際に使うところを見たらわかるわね」
その言葉を聞いた皆は、トキオの光魔法を見た時のクロアの驚く姿を想像したのか、笑いをこらえるように下を向いた。
「まあまあ、今日は練習試合の打ち上げなんだから、そんな話はやめて楽しく飲もうぜ」
一番早く笑いから立ち直ったテリットが言った。
「そうね。私も飲み足りないと思ってたから続きは今度にしましょう」
クロアはそう言うと、店員にお代わりを頼んだ。
(ふうー、しんどかったな。でも、やっぱりクロアの反応は面白いかも)
トキオはそう考えて思わず顔が緩んだが、
「何一人でニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い!」
すかさずクロアにそう突っ込まれた。
隅落(空気投げ)のリンクも貼っておきます。この動画でかけている人が考案した三船久蔵十段です。
https://www.youtube.com/watch?v=5lJC4EKBhNc




