第3話 聖光教団
そのころ、この国の王都ネオカビスにある教会で、中年の司祭らしき男が廊下を走っていた。
「司教様!来ました!来ましたよ!」
ある部屋に慌てたように飛び込むと、机で下を向いて書類を読んでいた恰幅の良い初老の男に向かって叫んだ。
「なんだね騒々しい。ノックぐらいしたまえ。誰が来たと言うのだ」
「すみません・・・・・召喚者が!召喚者が!ついに召喚術式が成功しました!」
「なに!」
司教と呼ばれた男は慌てて立ち上がり、司祭を従えて大急ぎで司祭の来た方へ走っていった。
しばらく走って中央に祭壇のある大きな部屋に入ると、その祭壇の上に祭られている直径50センチほどの玉が青く光っていた。
「おお、おお、なんということだ。ついに成功したのか!これで、この世界は救われる!」
「5年かかりましたがついに報われました」
司祭は目をウルウルさせながら言った。
「それで、どこにいるのだね、その召喚者は」
「え?司教様がご存じなのではないのですか?」
「いやいや、ワシにわかっているのは、召喚者は誰も成したことがない特別な偉業を次々と成し遂げるので、すぐにそれとわかるということだけだ」
「それって、偉業を成し遂げてからでないとわからないから、すぐにはわからないってことじゃないですかね?」
「なんだと!?・・・うーむ、確かにそうだな・・・」
「それでは、とりあえず2週間待って、それから国中に我が聖光教団の人員を派遣して聞き込みをさせましょう」
「ああ、それがいいな。そうしてくれ」
「了解しました。光を我らに」
「光を我らに」
そして、それから2週間後、聖光教団から多くの人員が召喚者を探し出すために旅立って行くことになるのだった。
司教に報告に来たミヒール司祭もその一人だったが、そのころトキオは、まだ森の中で狩猟生活を送っていた。
司祭と司教が感動にうち震えている頃、トキオは・・・
「そういえば、魔物を倒したことでステータスにどのくらい変化があったかな・・・ステータス!」
トキオは、ステータス画面を出して表示されている内容を読んだ。
「レベルは上がってないなあ。まあ、この程度の魔物を1匹倒しただけじゃしょうがないか。経験値の項目はないみたいだから、いつレベルアップするかわからないなあ。んで、HPは減ってないな。まあ、何もダメージを受けてないから当たり前か。MPは・・・あら、4も減ってる。使った魔法はフライシャ、バリッド、ファイド、スプラーシの4つだから、1魔法につきMPが1減るってことか・・・うん?待てよ、その下にSMPってのがあって、こっちは32/40になってるな・・・あ、これは特殊魔法のMPってことだな。ということは、MPは1魔法につき2減って、特殊魔法は4減るってことか。これはレベルの違いのせいだな、きっと。なるほどなるほど」
そう言ってステータス画面を閉じたが、気になることが浮かんだ。
「待てよ。減ったMPはどのくらいのペースで回復するんだ?回復が遅い、または、ポーションでも飲まない限り回復しないんだったら、無尽蔵には魔法は使えないってことだな。ということは、やっぱり水の確保は必要だな。じゃあ、とりあえず川を探すか」
トキオは、はぎ取ったウサギの魔物の皮の内側をあぶって脂を飛ばしてから、手早く袋状に縫って、そこに焼いた肉のあまりを入れ、その袋とこん棒を植物の蔓で腰に縛り付けると、同じところを堂々巡りしないように太陽の位置を確認しつつ川を探した。
30分ほど歩くとせせらぎの音が聞こえて来たので、急いでそちらに行くと、幅が2メートルほどの小川が見えたので岸辺に行って覗き込んでみた。
「うーん、狭いけど、水はきれいだし飲めそうだな。魚もいるから、釣りをすれば食料にもなりそうだ。針は、さっきのウサギの魔物の角が固そうだったから、あれから作れそうだ」
トキオは、ウサギの魔物の角の硬さが何かに使えそうな気がしたので、袋に入れて来ていた。
「次は、野宿するのに適した場所だなあ。雨も降ってくるだろうから、洞窟とかあるといいんだけど」
小川をさかのぼれば山に行きつくかもと、その小川沿いに上流に向かった。
1時間ほど歩くと岩がむき出しになっている急な斜面に出たので、その斜面に沿って野宿に適した場所を探した。
洞窟はなかったが、3メートルほど奥に引っ込んだ窪地があったので、とりあえず今日はそこで寝ることにした。
「幸い、バナナみたいに大きくて長い葉っぱの植物があるから、あれでここを覆えば雨風はしのげるだろうな」
その植物の葉っぱをナイフで切り取って来て、窪地のひさしにあたる部分の上に生えている草から吊るして、地面まで届く暖簾のように前に並べた。
「おおー、いいねえ。風が入って来ないからなかなか温かいな。ちょっと横にずらせば出入りもできるし。これでいこう!」
野宿など、トキオのように都会に生まれ育った者には大変なことのはずだが、この日が来ることを信じて疑わなかったトキオは、色々とこういったサバイバル訓練もしていたので、かなり手際よくこなすことができた。
そしてなによりも、自分が今、異世界にいるんだという事実がトキオを喜ばせていたので、時間のかかる作業も少しも苦にならなかった。
「あとは、コップや鍋なんかも欲しいから、これは木を削って作るしかないな。とりあえず今日は、さっきの魔物の肉の残りを夕飯にして、残りは明日やろう。明日も魔物討伐だなー。楽しみ楽しみ」
トキオは、そう言いながら、またにやけるのだった。
次の日、目が覚めてすぐステータスを確認したら、MP、SMPとも満タンに戻っていた。
「一晩寝ると回復するのか。ああ、良かった。でも、このMPの量じゃ多用はできないから、なるべく温存しないとな」
トキオがこの世界で目覚めてから半月が経ち、倒した魔物の数はすでに20体を超えていた。その中には、キツネ型の魔物や、イノシシ型の魔物もいた。
どの魔物にも共通だったのは、目が赤かったのと、スライムを除けばトキオの姿を見ると襲い掛かってくるということだった。この事実によってトキオは、この世界の人々が魔物によって生命を脅かされているのだということを理解した。
目の赤くない普通の動物と思われる生き物は一体も見かけなかったので、トキオは、魔物に食べ尽くされたのかもしれないと考えた。
鳥は目が黒く、トキオを見ても襲ってこなかった。飛行型の魔物を見かけなかったので、鳥だけは生き延びることができているのだと思われた。
別の日に、ウサギの魔物が鳥の死骸を食べているのを目撃したので、この世界の魔物は、ほとんどが雑食か肉食なのだと推測された。
何匹か魔物を倒したところで、こん棒は丸い棒のままだとイマイチ使いにくいのがわかったので、子供の頃から慣れ親しんできた木刀の形に削りなおしてみた。
「おお!やっぱりこの形が振りやすいな!お手製だけど、通販で買った木刀で無双してる銀髪の侍もいることだし、木刀って響きだけで戦力アップした気がするよ!」
トキオは満足げに呟いた。
トキオは、レベルは低いながらも攻撃魔法と防壁魔法が使えたのと、魔物のステータスも見られたので、それからは、相手が油断している場合は木刀のみで、そうでない場合は、その魔物の弱点属性の魔法で攻撃していった。
ただ、魔力のレベルが低すぎて魔法だけでは致命傷を与えることができなかったので、最後は木刀で殴って倒していた。中型までの魔物を絶命させるにはそれで十分だった。
この森にいるのは動物型の魔物ばかりのようだったが、さすがにすばしっこい魔物や大型の魔物はこん棒では倒しにくかったので、次に、強くて良くしなる木を削って弓矢を作ってみた。
うまく頭や心臓に当てられれば、鹿のような魔物も倒せるようになった。
キツネぐらいの魔物を倒すと銅貨の量も増えた。さらに、鹿の魔物を倒すと、たった2枚だったが銀貨が出て来た。その鹿の魔物も、体の大きい個体だと強化素材と思われる石も出てくるようになった。
どうやら、魔物の大きさと強さにドロップアイテムが比例しているようだった。
「ああ、早く街に行きたいなあ。でも、ここは我慢我慢」
1カ月ほど経った。
「この世界の貨幣価値がわからないけど、結構お金もたまったから、そろそろ街に行ってみようかね。足りなかったら、替えの服だけでも買ってまた戻ってくればいいや。きっと、この上の山にに登れば街がどこにあるかわかるよね」
次の日の朝、朝食を済ませると鹿の皮で作ったリュックに持ち物を詰めて1カ月間住処にしいてた窪地を出た。
「結局、洞窟がなかったからずっとここに住んでたな。まあ、居心地は悪くなかったから良かったけど。弓や食器はかさばるから置いて行こう。必要になったら街でもっといいものを買えばいいしね」
トキオは、サバイバル関連の知識を利用して、獲った魔物の肉を燻製にして携行食料にしていた。干し肉にすればもっと日持ちすることはわかっていたが、塩か漬け汁が必要で、それは手に入らないので、魔物を倒すたびに半分は燻製肉にして日持ちの短さをカバーしていた。
山の中腹まで来た時に街が見えた。遠くてはっきりとはわからなかったが、それは想像していたようなファンタジーな街並みのようだった。
「よーし!行くぞー!」
数時間かけて近くまで行ってみると、それは、中央付近に石造りの尖塔のあるお城がそびえている、本当にファンタジー世界のような石畳の街並みだった。
「おおー!もろファンタジーじゃーん!これだよ、これー!」
トキオは両肘を引いて腰のあたりでガッツポーズを作って大喜びした。
街に入る門のところで、兵士風の男が二人、検問のようなことをしていた。
「はい、次。・・・へんな格好しているなあ。腰から下げてるのはこん棒か。じゃあ、その背負っている袋の中を見せて」
「あ、はい。これって何やってるんです?」
トキオは、兵士にリュックを渡しながら聞いた。
「なにって、冒険者の登録証を持ってない者は武器携行禁止だからその取り締まりをやってるんだろうが。どこの街でもやってるだろ?」
「あ、そうなんですね。俺は小さい村から来たんで、よく知らなくて」
「どこの田舎から来たんだよ。・・・うむ、食糧と金だけのようだな。通って良し」
「あ、作業用のナイフなら持ってますけど」
そう言いながら、トキオはポットからナイフを取り出して見せた。
「ああ、それぐらいは構わん。さあ、行った行った」