第222話 王様への報告
その少し前、トキオとクロアがお城の入口に向かって走っていた頃、グライムは王様の執務室の前にたどりついていた。
呼吸を整えてから背筋を伸ばし、執務室のドアをノックした後に部屋の中に向かって大きな声で言った。
「陛下、グライムです。報告があって参りました」
そのまま背筋を伸ばして待ったが、なかなか返事がなかった。
しばらくして、ガチャガチャと何か機械的な音がしたあとに、
「入れ」
と、短く返答があった。
グライムは、「はっ!」と返事をすると、ドアを開けてから1歩部屋に踏み込み、それと同時にお辞儀をした。
しかし、その間も聞きなれない金属音が微妙に聞こえていたのですぐに顔を上げた。
すると、王様が大きな車輪が前後に付いた金属製と思われるものに跨ってフラフラと部屋の中を動き回っていた。
「どうじゃ?乗れるようになったぞ」
そう言った王様の顔は、まさに得意満面と言う感じだった。
「それは、もしかして・・・自転車ですか?」
「そうじゃ。見ればわかるであろうが」
「もう、乗れるようになったのですか?」
「当たり前じゃ。ワシにかかればこんなものはすぐじゃ」
王様は、さらに得意げな顔でそう言ったが、走りはフラフラとしたもので危なっかしく、今にも転倒しそうに見えた。
「さすがでございます」
しかし、宮仕えの悲しい身のため、グライムは反射的にそう言葉を返した。
そして、しばらく王様の危なっかしい様子を見ていたが、ドアがノックされ、
「陛下、ゴットハルトです!」
と言う声で我に返った。
「陛下!そうでした!自転車よりも重要な報告が!」
「重要な報告?なんじゃそれは・・・ゴットハルト、入れ」
王様は、ドアの方は見ずにそう返答したが、それは、自転車に集中していないと転びそうだったからという風に見えた。
「陛下!北西部で大規模な魔物の侵攻が確認されました!」
ゴットハルトが部屋に入って来ると同時にグライムが叫ぶように言った。
「なんじゃと!」
その言葉に王様は驚き、バランスを崩して左側に倒れそうになったので、グライムは慌てて王様に飛びつくと体を支えた。自転車は、そのまま床に横倒しになった。
「なぜそれをすぐに言わんのじゃ!」
王様は、グライムに抱きかかえられたままグライムの顔を睨んで行った。
「はっ!自転車に面食らったものですから」
「師団長ともあろう者がそのくらいで情けないのお」
「はっ!申し訳ございません!」
王様は、ゆっくりと立ち上がるとグライムをあきれ顔で見つめた。
その間に、ゴットハルトはグライムの隣に来た。
「もしかして、今、報告が始まったところか?」
「ああ、陛下があれをここで乗り回しておられて、思わずそっちに意識を奪われてしまってな」
ゴットハルトの問いかけに、グライムは顎で自転車を示しながら少し困ったような顔をして答えた。
「それで、どこをどの程度の戦力で攻めて来たのじゃ」
王様は、倒れた自転車をそのままにしてそう言うと、執務机の椅子に腰かけ、背もたれにもたれかかった。
「詳細な報告はまだですが、伝令の言によると細かく報告する体勢を整えるとのことですので、すぐに続けて報告が入ると思われます」
グライムがそう報話している間に、ゴットハルトは自転車を起こして壁際に移動させスタンドを立てた。
「そうか・・・では、わかっていることだけでも報告せよ」
「はい」
グライムは、そこで一つ咳をすると背筋を伸ばし、少し緊張した面持ちになって報告を行った。
「北西の辺境、サナットの街の南西に小さな集落があり、そこに、本日の未明、突然、ケルベロスと思われる中型の魔獣が現れました。魔獣は、住居を破壊しながら集落を蹂躙、住民のほんどは逃げる間もなく命を落とした模様ですが、一人だけ逃れてきた者からそのことを聞きつけたサナットの王国軍が討伐に向かったところ、今度は、サナットの北西からもう一体のケルベロスを伴ったウェアウルフの大群が現れました。主力を欠いたサナットの王国軍は市街地への突入を許したそうです。現状の報告はここまでです」
「・・・ウェアウルフ・・・人狼か・・・厄介だな」
王様は、体を起こすと顎に右手を当てて少し視線を落として言った。
「はい。状況から判断するに、すでにサナットの街は陥落しているかと思われます」
「そうであろうな・・・北部方面軍はどうした」
「王都に伝令を出すのと同時に伝令が出たようですので、まだ報告は来ておりません。しかし、すでに現地に向かっているでしょう」
「そうであろうな・・・西部方面軍はどうじゃ?」
「伝令は出したようですが、だぶん、オスヴァルト侯爵が隙を突かれる可能性を考えて出動はさせないと思います」
「ああ、マンフレートは兄のイーレフェルトと違って慎重で、あらゆる可能性を考えて行動する男だからな」
「はい。出動させても、西部方面軍の北側を脅かされない最低限の兵力だと思われます」
「・・・ふむ。まあ、そっちは任せておいて大丈夫であろう・・・それで、お前たちはどうするのじゃ」
「すでに、勇者と魔導士3人が出撃の準備をしています。第一師団からも兵を随伴させる予定ですが、とりあえずは、ライフル銃を装備させた100名程度になるかと思います。残りはもう少し準備に時間がかかりますし、これからの報告を聞いてから詳細な出動計画を立てます」
「ほう、もう準備をしておるか。まあ、良い判断であろう」
「はっ!」
「近衛師団にも準備をさせております」
そこで、ゴットハルトが口を開いた。
「なに?どうしてじゃ?」
「今回はアンドレス殿下が出撃されると思いますので」
「なんじゃと。なぜあいつが行くのじゃ」
「はい・・・実は、先日の南部に援軍を送った際にも出撃されるとおっしゃられたので、北部からの侵攻も考えられるからそれに備えた方が良いでしょうと進言してお止めしたのです。しかし、代わりにアロイス殿下とセシル殿下が出撃されてしまわれたのですが・・・ですので、今回は間違いなく出撃されるかと思われます」
「なんと!・・・大人しくアロイスとセシルを見送っておったのに少し不思議な感じがしたのじゃが、そんなからくりがあったのか。あいつが行っても何の役にもたたぬのに・・・困ったものじゃ」
「陛下からお止めしていただけますとありがたいのですが・・・」
「無理じゃ。あいつは、そういうところは頑固なんじゃ。今までも何度も言ったが、まったく聞く耳を持たんかったからな」
「そうなんですか・・・」
ゴットハルトは露骨にガッカリした顔をした。
「しかし、そうであれば確かにお前にも行ってもらわねばならんな。お前にはもっと苦労をかけるかもしれんがな」
「もっと?」
「アロイスとセシルが、前回、南部まで行ったのに何もしないで帰ってきたことに不満でな。次に魔物の大規模侵攻があった時には出ると言っておったのじゃ」
「ああ、そう言えばそうでしたね。私にもそう言っておられました」
「まったく、お前たちに任せておけばいいものを、あいつらが戦場に行くとエルラが不機嫌になって困るのじゃ」
「王妃様は心配でしょうね。特に、セシル殿下のことは心配でしょう」
「そうなんじゃ。セシル自身がまた、大した腕前でもないのに最前線に出たがるから余計に困るのじゃ。その点は、ワシも気が気ではないぞ」
「我々も極力最前線には出て行かれないようには心がけてはいるのですが、突然飛び出されたりしますし、止めるなと命令されますと難しい面があります。前回の南部遠征の際は、魔導士をはじめとした王都からの援軍が参戦してから比較的短時間で戦闘が終了したのでなんとかなりましたが」
「お前に苦労をかけているのはわかっておる。しかし、ワシも父としてあいつらのことが心配じゃから、今回も行くと言い出した時にはよろしく頼むぞ」
「は!かしこまりました!」
ゴットハルトはそう返事をして深々と頭を下げた。
「ところで、トキオとクロアにも行ってもらうのか?」
「ここに来る途中に会ったのですが、状況によって決めるのでとりあえず屋敷で待機していてくださいと伝えました」
「彼らにも伝えたのか」
「はい」
「まだ、兵士たちが銃の使い方に慣れておりませんのでトキオさんに現地での助言をお願いしたいですし、クロアさんの強力な複合魔法もありますから、できればお二人には行っていただきたいと私は思っています」
グライムが言った。
「うーむ・・・連れて行っていもいいが、トキオを最前線に出すのはできるだけ控えてくれ。まだまだこの国にはない技術を持っていると思うから、あいつに死なれると困るのじゃ」
「そこは心得ております。前々回に南部に行ってもらった時にも、後方にいていただくように配慮しましたし・・・私が離れている隙に、魔導士長が彼らを囮に使ったので少しヒヤッとしたんですが」
「なんじゃと?あいつは何をやっとるんじゃ!」
「トキオさんとクロアさんの腕前を信用していたのと、屋上に兵士を配置して近づいて来るオークたちを狙い撃てるようにしていたせいらしいです」
「それにしても、わざわざ彼らを危険にさらすような真似をする必要はないじゃろうが!」
「今回は私が極力お二人のそばにいて、そのようなことが起こらないように目を光らせるようにいたします」
「当然じゃ」
「はっ!」
「・・・早く気球に乗りたいしな」
そこで王様の口から、思わず心の声が漏れた。
「・・・陛下、本音はそこですか」
「な、なんじゃ?ワシは何も言うておらんぞ」
「はっきり聞こえましたよ」
「い、いや、気球も貴重な機材になるからじゃ。他の意味はないぞ!」
「・・・まあ、そういうことにしておきます」
「なんじゃそれは・・・その話はもういいから、次の伝令が来ていないか聞いてまいれ!」
「・・・そうでした。それでは、失礼いたします」
「ああ、何か分かったらすぐに報告するのじゃ」
「はっ!」
グライムとゴットハルト、声を揃えてそう返事をすると、一礼して部屋を出て行った。
「・・・トキオが出動する前に、自転車に乗れるようになった姿を見せたいのぉ」
二人が出て行ってしばらくすると、王様は、自転車を見ながらそう呟いた。




