第213話 よもやま話
フーゴは、無言で床に落ちたシャツの切れ端に歩み寄ると、しゃがんでその一つを手に取った。
「これは・・・」
その切れ端は、切られた部分にわずかなほつれもなく、まるで、元からその形であったかのようだった。
「信じられん。名匠と言われる人が作った剣ですらこんな切り口にはならないぞ。一体、どうなってるんだその剣は」
そう言ってトキオの方を振り返ったフーゴの顔は、かなり青ざめていた。
「うーん、俺も貰っただけだから詳しいことは知らないんだよなあ。王様も、子供の頃から宝物庫にあったてって言ってたから、お城の人も素性は知らないみたい。もしかしたら、ここで見つかった古い本に書いてあるかもしれないけどね」
「ん?ここで見つかった古い本?」
「トキオ!」
クロアが睨みながら声を上げたので、そこでトキオはハッとなった。
「あ、いけね!これってナイショだったんだ」
「なんだよ。余計気になるじゃないか」
「あー・・・じゃあ、絶対誰にも言わないでね。ウェスターさんも知らないかもしれないから」
「わかった」
「アティムに戻ってからもだよ」
「わかったって」
「じゃあ、話すけど・・・ああ、その前に剣を仕舞おう。傷でも付けたらまずいからね」
トキオはそう言うと、クロアから鞘を受け取って剣を収め、テーブルの真ん中に置いた。
「立ち話もなんだから、ちょっと座ろうか」
「ああ、そうだな」
トキオが先にテーブルの窓側のソファに座り、クロアはその隣に、フーゴは対面に座った。
「話しちゃっていいの?」
クロアが難しい顔で聞いた。
「うーん、本があったことだけなら大丈夫だろ。フーゴは口が固そうだし」
「ああ、黙ってろって言われれば黙ってるよ。俺は世間話とかってあんまり好きじゃないから、店に来たお客さんとも無駄話はほとんどしないな」
「よろしく頼むね」
コンコン!
そこで、部屋のドアをノックする音がした。
「はい!」
「お酒をお持ちしました」
トキオが返事をすると、ドアの外からメアリーの声がした。
「ああ、いつも悪いね。入って」
トキオがそう言うと、メアリーがトレーにお酒のボトル2本とチーズとクラッカーのようなものが入った器を乗せて入って来た。
「じゃあ、これは戻しとくか」
トキオはテーブルの上の剣を取ると、元のように壁に掛けた。
メアリーは、トレーからボトルと器を取ってテーブルに置くと、壁際の棚に行ってグラスを三つ取り、それをトレーに乗せてテーブルまで持って来た。
「ありがとう」
クロアが受け取りながら言った。
「ほかに御用はありますでしょうか」
「うーん、おつまみまで持って来てくれたんならもうないかな。あ、今日はマッサージはいいよ」
「わかりました。それでは失礼します」
メアリーは会釈をすると部屋から出て行った。
「マッサージ?お前、あんなかわいい子にいつもマッサージさせてるのか?」
ドアが閉まると、フーゴが聞いて来た。
「え?ああ、まあね。メアリーはマッサージがすごくうまいんだよ」
「ジェーンもよ」
クロアもそう言った。
「え?じゃあ、お前もマッサージしてもらってるのか?」
「そうよ。本人がやりたいって言うからしょうがないじゃない」
「ホントにそうか?・・・まあ、今はいいや。それより、その古い本の話だよ」
フーゴは、トキオに視線を移すと聞いた。
「うん・・・実はね、この屋敷の地下に隠し部屋があってね」
「隠し部屋?古い屋敷だとは思ったが、なんか、いかにもって話だな」
「そうだね。古いのは確かだし・・・それで、その部屋に大量の古文書があったんだよ」
「大量の?なんかすごい話だな」
「うん、俺たちもビックリしたんだよ・・・な?」
トキオは、クロアを見て同意を求めた。
「ホントにビックリしたわ」
「俺だったら、地下の隠し部屋ってだけでもビックリするな」
「もちろん、それにも驚いたんだけどね・・・ああ、飲みながら話そう」
トキオはそう言うと、3人のグラスにお酒を注いだ。
「それじゃあ、その本は今もここの地下にあるのか?」
「いや、相当に貴重な本だから、教団本部で調査するってことになって持ってっちゃったよ」
「・・・そうなのか・・・読んでみたかったなあ」
「俺たちもほとんど読ませてもらってないから、ちょっと難しいと思うよ」
「え?この家の主なのに?」
「そう。それだけ貴重なものだってことだよね」
「そうか。でも、ほとんど、ってことは何冊かは読んだのか?」
「ああ・・・これも内緒なんだけど、俺とクロアとセバスチャンで1冊ずつ、持って行かれる前に拝借しといたんだよ」
「ブッ!・・・・・お前ならやりそうだな」
「ええ~?それ、ひどくない?一応、王様の許可はとってるんだからね」
「あ、そうなのか。さすが、寛大な方だな」
「そうだよねえ。本当に優しい人だよ。ただ、凝り性で興味を惹かれると色々と駄々をこねるから大変だけど」
「駄々をこねるって、国王陛下になんて言い草だよ」
「だって本当なんだからしょうがないよ」
「そうそう」
クロアも同意した。
「ホントかよ・・・たとえば?」
「気球が出来たら最初に乗せろとか、自転車に乗れるようにしろだとか」
「気球?自転車?なんだそれ?」
「あ、そうか。フーゴは知らないんだったね。今、造兵局に作ってもらってる乗り物だよ」
「乗り物?馬車のようなものか?」
「いや、全然違うね。気球は空を飛ぶためのものだし、自転車は自分で漕いで進む一人乗りの乗り物だから」
「なんだって!空を飛ぶ!?」
フーゴは驚いて大声を上げた。
「そう、空を飛ぶんだよ。正確に言うと『空に浮かぶ』だけどね」
「どっちでもスゴいじゃないか!・・・そう言えば、お前は光魔法で階段を作って空に上れるって聞いたことがあるけど、それに関連した魔法か?」
「いや、魔法じゃなくて、布と火を使って浮かぶんだけど・・・今度、小さい模型を作って見せてあげるよ」
「布と火でか・・・そりゃ興味深いな。ぜひ、頼む」
「うん、わかった」
「それで、自転車だっけ?それは?」
「そっちはね、すでに試作品が出来てるから、明日、お城で見せてあげるよ」
「そうなのか?どんな乗り物なんだ?」
「それは明日のお楽しみだね」
トキオはそう言うと、ニヤリと微笑んだ。
「ちぇっ!・・・まあ、実物を見た方が早いか」
フーゴは残念そうだったが、同時に、嬉しそうな顔もしていた。
「しかし、お前、王都に来てからアティムじゃやらなかったことを色々とやってるんだな」
「そうだねえ。国のお偉いさんから色々と頼まれるからってのもあるけど、造兵局のあの設備を見たら、アティムじゃ絶対作れないような大掛かりなものが作れるって気がしたからね」
「ああ、そうだな。俺も今日見せてもらったが、やっぱり街の鍛冶屋の設備とは全然違うな。人の数もとんでもなく多かったし」
「そうでしょ?だから、俺としても色々と作ってもらいたくなっちゃうわけ」
「そんなことを言うってことは、まだ、なんかネタがあるのか?」
「あると言えばあるけど、今、色々と作ってもらっちゃってて、さすがの造兵局も手一杯みたいだから、当分、新しいのは無しかな」
「そうか、そんなに色々とやってるんだ」
「今のこのご時世だと、どうしても魔王軍と戦うのに必要な機材が優先ってことになっちゃうけどね」
「え?じゃあ、今言ってた、気球や自転車もそれ用ってことか?」
「まずはそうだね。自転車は、軍に行き渡ったら一般の人にも乗ってもらおうと思ってるけど」
「そうか・・・」
そこで、少し沈黙が流れた。
「あ、そうよ!」
クロアが、急に何かを思いついたようで大声を上げた。
「なに?どうしたの?」
「書斎にも貴重な本があるじゃない。あれをフーゴに読んでもらったらいいんじゃない?」
「あ、そうだ!少なくとも、アティムには無いような本が何冊もあるな」
「そうよ」
「なんだ?それって、ここにある本か?」
「そうそう。中央廊下の角の部屋だよ」
「行きましょ」
「そうだな」
そう言うと、トキオとクロアは同時に立ち上がり、それを見たフーゴも、あわてて立ち上がった。
「はい、ここが書斎」
トキオは、書斎のドアを開けながら言ったが、部屋の中は真っ暗だったので、右手の人差し指に火を灯した。
それから、一番近くの壁にあったランプを取り、ホヤを外してそれに火を点けた。
「これでよし。ほら、こっちだよ」
トキオはそう言うと、ランプを持って先導し、机の後ろにある書棚にフーゴを案内した。クロアはフーゴの後からついて来た。
「ほう・・・確かに、見たこともない本がたくさんあるな。かなり古い本もありそうだ」
「確かにあるね。どれでも読んでいいよ」
「いいのか?すまないな」
「この部屋には鍵は掛けてないから、いつでも好きな本を持って行っていいよ」
「そうか?それじゃ遠慮なく利用させてもらうよ。じゃあ・・・・・お!この、武器に関する本が面白そうだな」
「さすが武器職人だねえ」
トキオはそう言って、クロアと二人で苦笑した。
「俺にはこれしかないからな。じゃあ、借りるぞ」
「いいよ~」
フーゴは、その本が相当に気になる様子だったので、そのまま書斎を出ると解散して、近況の話は明日以降ということになった。




