第18話 初めてのダンジョン?
5段落目のミレリアの下りを追加しました(2020/11/3)
次の日から、トキオの柔道教室が始まった。
ギルドは年中無休で朝の8時から開いていたので、冒険者がギルドに来て討伐依頼を確認するのは、大体、朝の8時から9時の間が多かった。
そこで、トキオは、毎朝8時半から1時間柔道教室を開催することにした。
トキオにとって少々意外だったのは、柔道を習いに来た人のすべてが、実に真剣かつ素直にトキオの教えを聞いてくれたことだった。
しかし、よくよく考えてみれば、自分だけでなく家族や知人の命がかかっているわけだし、冒険者にとっては、より難易度の高い討伐依頼をこなせればより高い報酬が得られるわけだから、それは当たり前のことだった。
(まあ、親から塾通いを強制されてる学生でもないんだから、授業料払ってサボる人もいないか)
トキオは、そんな風にも考えた。
当たり前じゃなかったのは、朝、ギルドに入ってミレリアと顔を合わせるたび、「おはようございます!」と今までにはなかった熱い声で挨拶をされて、トキオが討伐依頼の掲示板を見ている間も熱のこもった視線を注がれるようになったことだ。
その視線にはどうにもむず痒いものを感じたが、トキオに恋をしている視線という感じではなかったので、それはそれで残念だと思った。
魔物討伐という本来の仕事もあるので、メンバーの顔ぶれは日ごとに少しずつ違っていたが、人数はいつも20人ぐらいだった。
ギルドの裏には、雨天の際に剣や槍の練習用に使われている屋内の訓練場があったので、ギルドの許可を得てそこを使わせてもらうことにした。
皆が乱取りをしてる様子を見ながら、
(こんな感じで人に教えるのって大学4年生の時以来で、なんか懐かしいなあ。刑事になってからも稽古はしてたけど、人に教えることはなかったからなあ)
と、思い、知らずに微笑んでしまうのであった。。
一週間目の朝、柔道教室の時にテリットがトキオに寄ってきて言った。
「トキオ、やっぱり締め技をちゃんと皆に教えた方がいいと思うな。どうやら、徐々に人型の魔物が増えてきて、他の街ではすでに何度も被害が出て討伐も行われているらしい。近いうちにこの街の近辺にも出没するようになるだろう。そうなると、人型の魔物と混戦になった時に、あれができればかなり有効な戦闘手段になると思うんだよ。教え方として、魔物にかけることを前提にした教え方をすればいいんじゃないか?」
トキオは少し考えた。
そして、テリットの言っていることはもっともだと思った。人に掛けられるリスクに不安はあったが、冒険者のスキルが上がることの方が大事だと考え決心した。
「わかった。確かに、特に人型の魔物にはかけやすいし有効だろう。あくまで魔物に対して使用するということで、それぞれの魔物への掛け方を教えるよ」
「そうか!頼んだぞ」
「ああ」
その日からトキオは、皆に締め技を教え始めた。
柔道の試合と違って、失神させることを目的とした教え方だったので、当然のことながら、どう有効かは相手を失神させてみて実感できるものだったし、実際、そういう教え方をした方が皆の呑み込みも早かった。
失神させられた方は、初体験の者がほとんどだったが、目を覚ましてしばらくはボーっとしている者が多かった。
そこでトキオは、これを長く続けるとそのまま意識が戻らなくなるということを強調して、人間相手には自分の命が狙われたとき以外はこの技を使用しないよう強く依頼した。
皆は失神させられた後だとそれが実感できたらしく、真顔で了解の意思を示した。
柔道の投げ技についても、この世界は街の様子と同じように中世ヨーロッパ程度の文明水準で、ほとんどは手作業で移動も徒歩が基本と、普段の生活自体が体を動かすことだったため、人々の基礎体力はトキオがいた世界の人たちよりははるかに高かった。
冒険者ともなればその中でも体力的に優れた者がほとんどだったため、さらに2週間も経つ頃には、ほとんどの冒険者が、警戒していない相手なら容易に投げられるようになっていた。
しかも、魔物に適用するにはどうすればよいかを常に念頭に置いて取り組んでいたため、魔物討伐の現場で応用できるようになるのも早かった。
柔道教室を始めてから3週間後の朝、トキオがギルドに行くとパーティーメンバーはまだ来ていないようだったので、とりあえずカウンターに行って、ベリルジュースとトーストとハムエッグのセット「パーミラ」を注文した。
それを食べていると、ギルドの奥に通じる扉からテリットが出て来て、トキオを見つけると速足でやって来た。
「トキオ、緊急の依頼がギルドからあったんだが、今日はちょっと厄介な討伐になるぞ。今までの戦いぶりを見る限りじゃトキオも大丈夫だとは思うけどな」
「どんな依頼?」
「今までは動物型の魔物だけだったんだが、今日の相手はゴブリンだ。隣街のアルアビスに大量に現れ、郊外の村を襲って何人かが殺されたらしいが、その街の冒険者だけじゃ手に負えなくてこの街に支援依頼が来た。まあ、俺たち3人は何回か討伐に参加した事はあるが、トキオは初めてだろ?」
「ゴブリン!」
(人型の魔物キター!)
トキオは、そう考えてにやけてしまった。
「お前、なにその顔?」
「え?あ、いや、大変な討伐になるなあと思って」
「そんな顔してなかったぞ」
「俺って、気合が入るとこんな顔になるんだよ」
トキオは必死でごまかした。
すると、そのタイミングでブロームとアウレラが現れたので、
「じゃあ、行こうか」
と、言って立ち上がった。
「お、どうした?もう出かけるのか?」
入って来たブロームが聞いた。
「ああ、ギルドからの依頼で、今日は隣街まで行ってゴブリン討伐だ」
「なに!?」
「え!?」
二人ともかなり驚いた様子だった。
「それは厄介だな。じゃあ、うちのギルドも合同か?」
「そうだ」
「合同?」
トキオが聞いた。
「ああ、複数のパーティーが合同で討伐に当たるってことだ。ギルドからの依頼の場合、大抵はそうだ」
「なるほど」
「トキオ、今日は防具を付けておいた方がいいが持ってるか?」
「うん、グリズラーを見た時に、こんなのと単独で遭遇したらヤバいと思って買ってある。ちょっと、アパートに戻って着けてくるよ」
「そうか。頼む」
トキオは、アパートに戻って胸と腰の防具を装着し、ギルドに戻った。3人は、外に立って待っていた。
「待たせちゃってごめん」
「いや、まだ来てないパーティーがあって、ギルドはそのパーティーにも依頼したいってことだから大丈夫だ」「そう、良かった」
「じゃあ、とりあえずうちのパーティーは行くか」
それから、ギルドが用意した馬車に乗って隣街に向かった。
今までとは違い、かなりスピードを出していたが、それでも30分ほどかかった。
隣街に着くと、トキオたちがいる街、アティムと同じように門のところで兵士が検問をしていたが、御者が何か許可証のようなものを見せるとそのまま通してくれた。
アルアビスの街は、アティムに比べると少し小ぢんまりとしていた。
出城もあったが、それもかなり小規模だった。
テリットがこの街のギルドに入って打ち合わせをしている間、3人は外に立って、雑談をしながら往来を行く人や街並みを眺めていた。
特にトキオは、アティムとはまた違った雰囲気がめずらしくて、お上りさんのように目を輝かせてキョロキョロと街中を見回していた。
すると、往来でステータス画面を出して確認している冒険者が複数目に入った。
「あれ?この街じゃ、ステータス画面ってみんな知ってるんだね」
トキオがそう言うと、ブロームがすぐに答えた。
「そうじゃないよ。トキオが教えてくれたのがこの街にも伝わって来たってことだ。街と街の間は、商人が頻繁に行き来してるし、ギルドは全国的にネットワークが繋がってるから、情報はすぐに伝わるんだよ」
「ああ、そういうことかー。確かに、3週間経ってるから、隣街ぐらいには伝わってておかしくないね」
「いや、ギルドがあるから、少なくとも冒険者になら全国に伝わってると思うぞ」
「ええっ!そうなんだ!ちょっとびっくり。でも、それっていいことじゃないの?」
「そうだよ。特に、ステータス画面、魔物の頭部には毒がないこと、魔物の頭部からドロップアイテムがとれることは、冒険者にとっては非常に大きい情報だったからな。魔物の肉がうまいってのも、かなり好評らしいぞ」「そうかー。それならもっと早くに皆に教えれば良かったね。俺は当たり前だと思ってたからね」
「そう思ってたんだから仕方ないわよ。それに、全部、トキオが街に来てから数日で教えてくれたことでしょう?大して違わないって」
アウレラが言った。
「あ、そういえばそうか」
そう言ってトキオは笑った。
そこでテリットがギルドから出て来た。
「打ち合わせは終わったし、現場の地図ももらったから俺たちも現場に行こう」
テリットのその言葉で、皆は馬車の方に移動した。
馬車の中で、テリットがまず今日の作戦を説明した。
次に、特にトキオに説明するように、今までの経験から知ったゴブリンの習性と心構えを説いたが、それほど突っ込んだものではなく、トキオは、
(やっぱり、あんまりゴブリンのことを理解してないなあ)
と、思った。
テリットが話し終わると、緊張感からか皆無言になったので、トキオは、今まで観たアニメやマンガを思い出しながら、ゴブリンの習性と攻撃パターンを再確認した。
この世界のゴブリンも同じ習性とは限らないなとは思ったが、とりあえず、同じだった場合を想定してゴブリンの各行動パターンに対する対処を頭の中でシミュレーションした。それは、いざとなったら自分が皆に指示を出すことも含んでいた。
到着し、馬車を降りると、目の前に洞窟があった。
「うおー!ダンジョン、キター!」
トキオは思わず叫んでいた。
「え!なんだ急にどうした!?・・・ダンジョン?」
「うん。これってダンジョンだよね」
「え?・・・ただの洞窟だけど」
「だって、ここに魔物いるんでしょ?」
「ああ、ゴブリンがここにいる」
「で、たぶん、階層になってて、下に行くほど強い魔物がいるんでしょ?」
「ああ、そうだ。下に行くと大型のものやリーダー格のゴブリンがいるらしい。他の魔物がいる可能性もある」
「じゃあダンジョンじゃーん」
「なに言ってんだよ。だいたい、ダンジョンってなんだよ」
「え!?ダンジョン知らないの?・・・まさか、この世界にはダンジョンってないとか!?」
「ああ、そんなの聞いたこともないな」
「ええー?・・・かなりショック」
トキオはガッカリしてしゃがみこんだ。
それから、合同討伐だったので、他のパーティーの到着をしばらく待った。
「さあ行こうか・・・って、トキオどうした?」
最後のパーティーが到着したのでテリットがそう声をかけたが、トキオの様子に怪訝な顔になって聞いた。
「え?ああ、行こう」
トキオは、沈んだ気持ちのままけだるそうに立ち上がった。
「さっきまであんなに元気だったのに、なんで急に暗くなった?」
「あ、ええっと、洞窟見たらなんか急に不安になって」
「なんだ?お前、暗いところ苦手か?」
「いや、そんなわけじゃないんだけど」
「まあ、初めての相手に対して恐れを抱くのはいいことだ。警戒心が強くなるからな。じゃあ、三番目を歩いて来い」
「あ、ああ、わかった」
トキオは、アウレラのうしろから、肩を落として本当にトボトボという感じでついて行った。
しかし、歩いているうちに、
(そうか!この世界は、ゲームやアニメの異世界と色々と違うところがあるから、ダンジョンをそう呼ばないだけで、実質的にはここはダンジョンなんだな!きっとそうだ!)
そう思いなおして元気が出てきた。
トキオの後ろにいたブロームは、肩を落としたり、急に背筋を伸ばしたりのトキオの様子を見て首をひねりながら歩いていた。




