第120話 勇者の訪問
次の日の朝、トキオはいつもの時間に朝食を食べていたが、クロアはいつまで経っても降りてこなかった。
「クロアに何かあったの?」
トキオは、後ろに控えているセバスチャンに聞いた。
「はい。体調がすぐれないから、本日の朝ご飯はお召し上がりならないそうです」
「え!そうなの?風邪でもひいたかな?」
「どうでしょうか。ジェーンは、くしゃみ、咳はしておらず、熱もなさそうだと申しておりました」
「そうなんだ。あとで様子見て来るか」
トキオはそう言った直後、
(あ!もしかしたら昨日のことで俺と顔が合わせづらいのかな?可能性はあるな)
と、思った。
「あー、でも時間がないから帰って来てから行くよ」
「私どもが時々ご様子を伺いに参りますから、柔道教室も二日休まれてますし、ご主人様はお城の方にいらしてださい」
「そうなんだよね。じゃあよろしく」
「お任せください」
トキオは朝食を食べ終わるとすぐ、着替えてお城に出かけて行った
トキオの馬車が門を出てすぐ、クロアが食事の間に現れた。
「おや?クロア様、おはようございます。体調はもうよろしいんでしょうか」
「あれから少し寝たら調子よくなっちゃったわ。悪いけど、朝ご飯いただいていい?もう、片付けたのなら残り物でもいいわよ」
「いえ、まだ大丈夫です。すぐにお持ちします」
セバスチャンはそう言うと厨房の方へ下がって行った。
「あーあ、昨日はちょっとやり過ぎちゃったわねえ。元日にキスをしたときも、随分お酒が入ってたし、なぜかお酒を飲むとああいうのが平気になっちゃうのよねえ。もしかして私、根がスケベなのかしら?」
クロアは、椅子に腰かけたまま、やや頭を下げてそんなことを呟いた。
「いえいえ、トキオじゃないんだから私がスケベなはずないわ!きっと、トキオがスケベそうな顔して私を見てたのよ!」
顔を上げると、少し大きな声でそう呟いた。
「お呼びになりましたか?」
セバスチャンが、ジェーンと一緒に食事の乗ったトレーを持って現れてすぐ聞いた。
「え?あ、大丈夫。ちょっと独り言を言ってただけ」
「そうですか。こちらが、本日の朝食なります」
「あらー、いつもと同じボリュームじゃない。悪いわねえ」
「いえ、そのまま置いてあったものですから大丈夫です」
「そうなの?じゃあ、いただきます・・・あれ?ちゃんとアツアツだわ」
「はい。少し冷めていたものは火を通してまいりました」
「ホントに悪いわねえ。じゃあ、しっかり味わっていただくわ・・・あ、そうだ。言っておかないと」
「なんでございましょうか」
「今日も魔法の訓練は休みだと魔導士長様から言われたんだけど、昨日もお休みしたし、一昨日は1時間ぐらいしかできなかったから個人練習だけはやっておきたいのよね。食事が終わったらお城へ行くわ」
「わかりました。お食事が終わるころにはご主人様を送って行った馬車が戻ると思いますからそちらをご利用ください」
「ええっ?・・・私はこの家の居候なんだから悪いわ。歩いて行くから大丈夫よ」
「ご遠慮なさらずに。結構、距離もありますし」
「そうだけど、歩いて20分ぐらいでしょ?アティムでは、毎日それ以上歩いてたから大丈夫よ」
「そうですが、お一人でお城に行かれても入れて貰えない可能性もありますので」
「え?そうなの?」
「はい。お城に入れる馬車には、それぞれの家の紋章が入っておりまして、ご主人様の馬車にも、ご主人様用にデザインされた紋章が入っております。たぶんいつもは門のところで止められもせず入れたかと思いますが、門番は、その紋章が許可されたものである場合のみフリーで通すことになっておりますので」
「そういうことだったんだ。確かに、いつもスーっと入れちゃうけどいいのかなあ、って思ってたのよね」
「お城の門番を任される者ですから、その目はしっかりしております」
「そうなのね。じゃあ、2往復させて申し訳ないけど、お願いしていいかしら」
「大丈夫ですよ。キビルが戻ったらすぐに伝えます」
「ありがとう。ごめんなさいね」
もう少しで食事が終わるという時になって、かすかに馬車の音が聞こえて来た。
すると、セバスチャンはすぐに部屋から出ていった。
2分ほどで戻ってくると、クロアに言った。
「キビルが戻ってまいりましたので伝えておきました。お着替えがすみましたらいつものように玄関前にお越しください」
「わかったわ。ありがとう」
クロアは、食事が終わると着替えて玄関を出たが、そこにはいつものようにキビルが御者台に座った馬車がいた。
「また、お城に行ってもらうことになっちゃってごめんなさいね」
「大丈夫ですよ。ミヒール様から、クロア様もご主人様と同じように接するように言われておりますので」
「え?ミヒール司祭さんが、そんなこと言ってたの?」
「はい。クロア様もご主人様と同じく、魔王討伐のために力になっていただける方だと申しておりました」
「えー?大げさねえ・・・まあ、間違ってはいないかしら。それじゃ、よろしくね」
「はい、どうぞお乗りください」
キビルは終始にこやかな顔だった。
その頃、お城の柔道教室では・・・
「おはよう。二日もお休みしちゃってごめんなさいね」
トキオが、フラビアと兵士たちに言った。
「事情は聞いている。大丈夫だ。といっても、詳しいことは聞いてないが」
フラビアが言った。
「どこまで聞いたの?」
「お前の屋敷の地下から古い本が収められた書庫が見つかって、その調査をしていたってことだけだ」
「そうなんだよね。少し教団本部で調べて貰ったんだけど、千年も前の本だったよ」
「なに?そんなに古いものだったのか」
周りにいた兵士たちも、その言葉に興味を惹かれて二人のそばに寄って来た。
「うん。なにが書かれてたかについては俺も聞いてないんだけどね。調べるのには時間がかかるって魔導士長様は言ってたよ」
「かなりの冊数だったそうだから、まあ、そうだろうな」
「そうなんだよね。あんなにあるとは思わなかったよ」
「何冊あったんだ?」
「え?・・・そういえば、数えなかったなあ」
「なんだそりゃ。お前もいいかげんぼんやりしてるな」
「えー?それひどくない?物事にこだわらない性格だと言って欲しいな」
「ははははは、ものは言いようだな」
「・・・じゃあ、練習始めようか。俺が休んでた間もしっかり稽古はしてくれていたとは思うけどね」
「もちろんだ。しかし、やっぱりお前の指導がないと、乱取りでも今一つ気合が入らないな」
「ええー?・・・じゃあ、今日はビシビシいくかな」
「ああ、いいんじゃないか?」
「何言ってんの。フラビアもだよ!」
「え?・・・そこは、ほどほどに」
その会話を聞いて、周りの兵士が笑った。
「お前ら!なに笑ってんだ!さあ、練習始めるよ!」
「はーい」
兵士たちはそう答えたが、顔はにやけたままだった。
(魔人のことは聞いてないみたいだから、話さない方がいいな)
トキオはそう思った。
1時間ほどすると、勇者が現れた。
「あれ?勇者様。おはようございます。どうされました?」
「ああ、昨日のことを聞いてな。少しお前だけと話がしたいが、いいか?」
「大丈夫ですよ・・・ごめん!ちょっと出て来る」
トキオはフラビアに向かって言った。
「わかった!」
フラビアはそう答えた。
トキオは勇者に連れられて柔道教室を出ると、城の中をしばらく歩いた場所にあった小部屋に入った。
「聞きたいのは魔人のことだ」
部屋に入るなり、立ったまま勇者が言った。
「はい。そうだと思いました」
「途中から、魔導士たちも魔人との戦闘に参加したそうだが、その前の状況は聞いていないと言っていた。そこを教えてくれるか」
「わかりました」
それからトキオは、食事中に地下で物音がしたので全員で地下室に行って魔人が飛び出して来たところから、魔導士と協力して魔人を光の箱に捕らえたところまでを話した。
「ほう、拳銃の弾を見て避けたと」
「はい。以前、魔獣のオルトロスも拳銃弾を避けましたが、あれは、事前に危険を察知する能力があったためで、言い換えれば撃つ前に避けてたんですが、あの魔人は明らかに撃ってから避けてましたね。結構距離はあったんですが、それでも驚異的なことです」
「さすがは魔王の分身と言ったところか」
「やっぱりそういうことなんですかね」
「まあ、私もそう多くの魔人と戦ったわけではないが、そこまで敏捷性のある者はいなかったな。もしかすると、幹部クラスならそのくらいの敏捷性を持った者がいるかもしれんがな」
「ああ、幹部ですか。やっぱり違いますか」
「普通の魔人とは、スピードも使える魔法のレベルも違っていたな」
「そうなんですね」
「それで、お前が異世界から来たというのも見抜いたそうだな」
「はい。いきなり言われてびっくりしました」
「他の魔人にもそう言う能力がある者がいるかもしれんな。お前は、今後もあまり魔人には近づかない方がいいだろう」
「そのようですね。気をつけます」
「うむ。頼むぞ」
「あ、それで、魔導士長様が、俺が異世界から来たことをクロアとセバスチャンに話しました」
「ああ、聞いている。クロアはどのみち、この先も我々と一緒に戦うことになるだろうから魔導士長の判断は間違っていないだろう。セバスチャンにも、知った上でお前の世話をしてもらった方がいいからな」
「そうですね。まあ、俺としては別に隠そうという気はなくて、ただ、言っても信じて貰えないだろうから話してなかっただけなんですが」
「そういう意味では、魔導士長から話してもらったのは正解だっただろうな」
「そう思います・・・あ、ちょっと違うこと聞いていいですか?」
「なんだ」
「セバスチャンやメアリー、ジェーンって、王様と顔見知りのようだったんですが、前はどこにいたんですか?」
「ああ、そのことか。セバスチャンは、私の家の執事だったんだよ」
「えー!そうなんですか!?」
「メアリーとジェーンは、王の側近の家にいた者だ。王は私や彼らの屋敷には何度も足を運んでいるからな。3人のことは良く知っている」
「そうだったんですね・・・でも、そんな人たちがなんで俺のところなんかに。何か申し訳ないです」
「気にするな。私の家にはもう一人執事がいて、半年前に父が他界してからは家のことに以前ほど手がかからなくなっていたからちょうど良かったのだ。メアリーとジェーンも同じような事情だ」
「そうなんですか・・・でも、なんかやっぱり申し訳ないです」
「いや、お前にはこの先、魔王討伐のために尽力してもらわなくてはならないからな。家のことで気を遣うような状況にはさせたくないというのが王も含めた皆の共通した思いだった」
「えー!・・・それもプレッシャー・・・」
「なにをらしくないことを言っている。お前ならできると皆思っているぞ」
「うへー!そうなんですか・・・」
「私の聞きたかったことはわかった。戻ろうか。今日は、寝技というものも教えてもらおうと思って来たんだ」
「あ、はい。わかりました」
そうして、二人は柔道訓練場に戻って行った。




