第117話 異質なる者
魔人は禅をしているかのように胡坐を組み、目を瞑って座っていた。
「これだ。頼む」
魔導士長がセバスチャンから受け取った紙をモルナール魔導士に手渡すと、魔導士たちが全員その紙を覗き込んだ。
「なるほど・・・了解しました」
モルナール魔導士がそう答えると、他の3人も頷いた。
それから、魔導士長はトキオの左隣に来た。
右隣にはクロアがいて、トキオと同じように魔人を見つめていた。
セバスチャンは数歩下がった位置にいた。
「捕らえた時のままなんですね」
トキオが魔人の方を向いたまま言った。
「いや、先ほどのものより強固な防壁魔法を3重に張り直してある」
「ああ、それで元気なんだ」
「ん?元気とは?」
「光の壁で密封したらそのうち窒息するんじゃないかと思ったんですよ」
「その点は大丈夫だ。近くに寄ってみないとわからないが、空気が通る程度の穴が上部と下部に1か所ずつ開けてある」
「あ、そうなんですね」
「今から、届けてもらった呪文を部屋の内部に記すために中に入るが、そなたたちも入るか?」
「あ、はい!お願いします」
「私もお願いします」
トキオがセバスチャンの方を振り返ると、
「私はここに控えております」
と、答えた。
トキオとクロアは、魔導士たちと一緒に魔人のいる部屋に入った。
魔導士たちは四方の壁に散って本棚の裏に書かれていた呪文を壁に記し始めたが、筆で描くのではなく、右手を壁にかざして念写のように文字を浮かび上がらせていった。
「呪文ってああいう風に書くんですか?」
トキオは驚いて魔導士長に聞いた。
「いつもそうだというわけではないが、光属性が弱点の者に対しては、あのように光魔法で記述した方がより堅固な封印となるのだ」
「あ、あれって光魔法の応用なんですね」
「そうだ」
「ふ~ん、すごいなあ・・・」
それからトキオは、クロアと一緒に魔人の右からぐるりと一周しながら魔人を見て回った。
背後に来ると、翼が折りたたまれた状態になっているのがわかったが、その先端は先ほどの戦闘時にクロアの複合魔法で消失させられたままのようだった。
(手は再生したのに、翼は再生できないのかな?)
トキオはそう思った。
正面まで来たところで立ち止まって、クロアと並んでしばらく魔人を見つめていた。
すると、魔人が突然目を開けてトキオを睨んだ。
トキオとクロアは息を飲んで体を固くした。
「お前は、先ほどの屋敷にいた者だな。この距離だと感じる。見たこともない武器を使うと思ったらそういうことか・・・・・異質なる者よ、どこからやって来た」
魔人はそう言った。
(なに!?俺がこの世界の者じゃないというのがわかったってことか?)
トキオは驚くと同時に、隣に立っているクロアを見た。
クロアは、魔人が突然しゃべったことでさらに身を固くしたたが、言ったことの意味がわからずぽかんとした表情になってトキオの方を見た。
トキオは、思わず目をそらしてしまった。
「まずい!二人とも出よう」
魔導士長がそう言って、二人を部屋の外に連れ出した。
他の魔導士たちはそのまま作業を続けていた。
「これは想定外だった。あの魔人に人間の本質を感知する能力があるとは」
部屋の外に出ると魔導士長が言った。
「そんな能力を持った魔人がいるんですね」
「いや、我々もそのような魔人がいるとは知らなかった。魔王の分身であることと無関係ではなかろうな」
「さっきの言葉はどういう意味よ?」
クロアがトキオに聞いた。
「え?・・・えーと、何だろな?俺にもよくわからなかったよ」
「また、ウソついてるでしょ!さっき、あわてて目をそらしたじゃない!」
クロアが少し怒ったような顔で言った。
「うむ・・・今後も一緒に魔人と戦うことになる思うから、クロアには教えても構わないだろう。セバスチャンも、今後のことを考えると知っておいた方がいいな」
「わかりました。俺は構いませんよ」
トキオが答えた。
「ここでは魔人に聞こえる恐れがある。部屋を変えよう」
魔導士長はそう言うと、ついて来いという仕草をしながら部屋の外へ出た。
3人はそのあとについて部屋を出たが、クロアとセバスチャンは怪訝そうな表情をしていた。
トキオたちが連れて行かれたのは3つ先の部屋で、打合せ用に使用しているのか、大きなテーブルの周りに8人分の椅子があったが、その他には小さなキャビネットが隅にあるだけだった。
「座ってくれ。この部屋は防諜用に音声を遮断する魔法がかけてあるから話が外に漏れることはない」
魔導士長がそう言ったので、トキオたちは魔導士長の正面にクロアを真ん中にして座った。
「このことはごく一部の者しか知らないから他人には一切他言無用だ。セバスチャンは、屋敷の他の使用人にも伏せておいてくれ」
魔導士長がクロアとセバスチャンに向かって言った。
「かしこまりました」
セバスチャンは頭を下げながら答えた。
「クロア、加護の授与式が行われた部屋の祭壇の上に青白く光る玉があったのを覚えているか」
「はい。なにか惹きつけられるような光でした」
「あの玉は、普段は光っていないのだが、異世界から召喚した者がこの世界にいる間だけは光っているのだ」
「え?それはいったい・・・」
クロアは不思議そうに言った。
「・・・まさか」
セバスチャンは、魔導士長が言ったことの意味を察したらしく、驚いた顔でトキオを見た。
「そうだ。トキオが、その異世界から召喚した者なのだ」
「え!?・・・ウソでしょ!」
クロアは目を丸く見開いてトキオを見た。
「うん・・・ウソじゃないんだな、これが」
トキオは困ったような照れたような表情でそう答えた。
「・・・あんた、人間じゃなかったの?」
「バ、バカなこと言うな!人間だよ!」
「でも、異世界から召喚されたって・・・」
「異世界から来た人間ってことだよ!なんか異世界にヘンなイメージ持ってないか?」
「だって異世界って言うから、てっきりエルフか何かかと思って・・・」
「俺がいた世界はそんなファンタジーな世界じゃないよ。この世界より文明は進んでるけど、基本的には同じような感じだ」
「えー?でも、ただの人間なら、何の意味があって召喚したのよ」
クロアはそこまで言ってから、ハッとして魔導士長を見た。
「あ!すみません、決して魔導士長様たちの行動を否定しているわけではなく・・・」
「大きな意味ならあったのではないですか?」
セバスチャンが、クロアの言葉を遮るように言った。
「え?・・・あ、そうか!そうね!」
クロアは、トキオの偉業に思い至ったようで、今度は感心するような目でトキオを見た。
「多分、アティムにいる者たちが思っている以上に、教団関係者と王と勇者はトキオの功績を偉大なことだと捕らえている。だからこそ、トキオにあれほどの報奨が支給されたのだ」
「はい、すみません。でも、アティムの人たちも、トキオの成したことが偉大なことだという意識はあります」
「そうか、それならば良いのだ」
「まあ、この威張らないしカッコつけない性格のお調子者だし、いきなり人にキスをするような不届き者だから、一緒にいるとそんなこと忘れちゃいますけどね」
「なに?トキオ、ご婦人にそんな失礼なことをする者だったのか?」
「ご主人様、なんてことを・・・」
魔導士長とセバスチャンが呆れた顔でトキオを見た。
「お前、なにもここでそんなこと言わなくてもいいだろ!」
トキオはクロアに怒ったように言った。
「だって事実じゃない」
「そうだけど、あれはあくまで親愛の情であって・・・」
「わかった。もうよい」
魔導士長が話を遮った。
「トキオを召喚するための儀式は、5年の間、毎日執り行われ、それが7か月前にようやく成功したのだ。しかし、少し手違いがあって、トキオがどこに召喚されたのかわからなくなってしまった。そのせいで、トキオを王都に招聘するまでに半年近くもかかってしまったのだ」
「5年・・・そんなに時間をかけて召喚したんですね・・・・・」
クロアは、まだ実感がわかないのか、複雑な表情をしていた。
「とにかく、このことが魔人に漏れてトキオが標的にされたら、魔王討伐に大きな支障が生じる恐れがあるから一切他言無用としてくれ」
「わかりました」
「かしこまりました」
クロアとセバスチャンは深々と頭を下げながら答えた。
「トキオはもうあの魔人と顔を会わせない方が良いだろう」
部屋の外に出ると魔導士長が言った。
「そうですね。今日はこのまま帰ります」
「そうしてくれ。本から新しい情報が得られたらまた連絡する」
「お願いします」
「それから、魔法訓練は明日も中止とする。本の半分に目を通したと言っても流し読みだから、まだまだ、ちゃんと解析するには時間がかかりそうだ。そなたたちなら城の魔法訓練場は使用しても構わないから、個人で復習でもしていてくれ」
「わかりました」
トキオとクロアは同時に答えた。
「うーん、やっぱりダメだわ」
帰りの馬車の中で、クロアがトキオをまじまじと見ながら言った。
「なにがだよ?」
「あんたが特別な人間だとは思えないってこと。どっからどう見ても、ただの巨乳好きのスケベなお兄さんよね」
「だ、誰が巨乳好きだよ!」
「何言ってるのかしら。アティムの女子冒険者の間じゃ既成事実よ。あんたって、胸が大きい女の子だと、絶対、顔を見る前に胸を見るじゃないの。特に、アウレラみたいに胸元の大きく開いた服を着てる子には視線釘づけよね」
「ええ~!・・・みんなそう思ってるってこと?」
「そうよ。間違いじゃないでしょ?」
「しまったなあ・・・今度から、こっそり見よう」
「なんですって!」
「え?あ・・・いや、今のはただのジョークだから」
「ヘタな言い訳ねえ・・・でも、そんなことはどうでもいいわ。あんたがいた世界がこの世界とどう違うかが気になるからそれを教えてよ」
「ああ、それね。まあ、教えるのは全然かまわないけど、この街中じゃまずいな。屋敷に戻ってからにしてくれ」
「あ、そうね。それでいいわよ。今日は時間はたっぷりあるし」
「あまり期待し過ぎないでくれよ。大して面白い話じゃないと思うぞ」
「そうかしら?でも、それでもいいわ」
そして馬車は、そんな二人を乗せて静かに王都の街中を進んで行くのだった。




