第114話 失われた歴史
「やはりそうか。これは、調べる必要があるな」
「ここに封印されていた経緯についてですか?」
「そうだ。ここに本があったのは、この棺に収められていた魔人と無関係ではあるまい。急ぎ戻って、その本を調べねばならぬだろう。色々と気になることもあるしな」
「気になることですか?」
「そうだ。まず、王国に古くからある名家の敷地にわざわざ封印されていたということは、ただの魔人ではないということが一つ」
「幹部クラスの魔人ということですか?」
「それであればまだいいのだが、私はもっといやなことを想像している」
「それはいったい・・・」
「先ほどそなたが仮死状態になってるのになぜ殺さなかったのかと聞いただろう?これが、殺さなかったのではなく殺せなかったのだとしたら、あの魔人は非常にやっかいな存在である可能性が高い」
「やっかいな存在ですか」
「殺せなかった場合の可能性として真っ先に考えられるは、あの魔人は分身で、本体が別にいるということだ」
「なるほど。本体を殺さないと死なないということですね」
「そういうことだ。それで、わざわざ名家の地下に封印されていたということは、本体の行動を制限したいからで、そうなると本体は、魔王か、それに匹敵する力を持った血縁者である可能性が高い」
「なんと!」
トキオは思わず驚きの声を上げたが、クロアやセバスチャンたちの息を飲む声も聞こえた。
「・・・それは非常にやっかいですね」
「そうだ。だから、我々はこれからすぐに教団本部に戻る。セバスチャン、一つ頼みたいことがある」
魔導士長は顔を上げると、目の前で燭台をかざしているセバスチャンに言った。
「なんでございましょうか」
「本棚の裏側に書かれてあった封印の呪文の全文が知りたい。破壊された本棚を可能な限り修復してもらえないか」
「かしこまりました」
「頼んだぞ。では、モルナール魔導士、行こう」
魔導士長はそう言うと、モルナール魔導士を従えて部屋から出た。
セバスチャンとメアリーも、見送るためか後に続いたので、トキオとクロアもその後ろから部屋を出た。
「すまぬが、本日の魔法訓練は中止とさせてくれ。明日以降については改めて連絡する」
「了解しました」
「承知しました」
トキオの馬車が戻って来ていたので、魔導士長とモルナール魔導士を教団本部まで送り届けることになり、その馬車に乗り込みながら魔導士長が言った言葉に、トキオとクロアは了解の返事をした。
「お気をつけて」
「ああ。何かわかったら連絡する」
「よろしくお願いします」
トキオがそう言って頭を下げるのと同時に馬車は発車した。
「それではご主人様、申し訳ありませんが、わたくしどもは先ほど魔導士長様から仰せつかった本棚の復元作業にかかりますのでこれで失礼いたします。昼食は料理長のジュリオに頼んでおきますので、お昼になったら食事の間にお越しください」
屋敷に入るとセバスチャンが言った。
「わかった。大変そうだから手伝おうか?」
「とんでもございません。ジェーンにも手伝わせますから大丈夫です」
「そう?じゃあ、悪いけどよろしくね」
「はい。それでは失礼いたします」
そう言うと、セバスチャンとメアリーは中央の廊下を奥に進んで行き食事の間へ入ったが、すぐにジェーンを伴って出てくると、地下室のある方へ廊下の突き当りを折れて行った。
「さて、俺たちはどうするかな」
「私は、隠し部屋から持って来た魔法の本を読んでみるわ。何か関係することが書かれてるかもしれないから」
「そうか。俺のはドラゴンの本だから関係なさそうだよな」
「そう言えばあんた、元々は報奨で貰った剣のことが書かれてる本を探して隠し部屋に行ったんじゃなかったの?どうして、その本を持ってこなかったのよ」
「それが、タイトルからじゃわからなかったんだよね。武器について書かれてる本だってハッキリわかるタイトルの本がなかったんだよ」
「ああ、そういうこと。確かに内容が想像できないタイトルの本が多かったわね」
「そうなんだよ。ただ、なんとか戦記って歴史書だと思われる本がいくつかあっただろ?それに書かれてる気はするんだけど、全部持って来るわけにもいかなかったから今回は断念したんだよ。教団で今から多くの人を動員してあの本をすべて調べると思うから、どれかに書かれていたら魔導士様が教えてくれるんじゃないかな」
「そうか、そうね。とりあえず待ってればいいってことね」
「しかし、あの、なんとか戦記って本も内容が気になるよな」
「やっぱり?私もよ。だって、全部、学校の教科書には載ってなかった名前だったからね。
「え?そうなんだ」
「そうなんだ、って、あんたも習ったでしょ?」
「え?・・・ああ、俺は歴史は不得意だったからね」
トキオは焦ってごまかした。
「なにそれ。ホントに恥ずかしいわね」
クロアは、無知なのを恥ずかしがったのだと解釈してくれたようで、トキオは助かったなと思った。
「でも、なんで教科書に載ってなかったのかな」
「それは、王位継承戦争で負けた方の王族が司書担当で、腹いせにそれまであった歴史書を焼いちゃったからでしょ。それも習ってるはずよ!ホントにダメね」
(乙巳の変[注]みたいな話だな。この世界でもそういうことがあったのか)
トキオはそう思った。
「ああ、そうだった気がする・・・で、それって何年前のことだったっけ?」
「約800年前よ。ホントに全部忘れちゃってるのね。呆れたわ」
「あはは、すまないね」
トキオは、何も言い返せないので笑ってごまかした。
(てことは、あの本はそれ以上前、下手すると千年以上前に書かれた本だってことだよな。よく、そんなのが原形をとどめて残ってたな。貴重な本だとは思ったけど、思ってた以上に貴重な本だってことだな)
「じゃあ、私は部屋に行くわ。お昼になったら降りて来るから」
「わかった。俺もそうするよ」
そう言って、二人で正面の階段を上って行った。
トキオは、部屋に戻るとドラゴンについて書かれた本を持ってベッドに横になり読み始めたが、先ほどの魔人との戦闘で疲れていたせいか、いつの間にか寝てしまった。
コンコン!
ドアをノックする音で目が覚めた。
「トキオ、何してるの?お昼は過ぎてるわよ」
クロアの声だった。
「え?・・・ああ」
寝ぼけた頭で壁の時計を見ると、すでに12時20分だった。
「ふあ~」
トキオ大きくあくびをすると、ベッドから降りてドアを開けた。
「何その顔。寝てたんでしょ?」
「うん・・・ベッドに横になって本を読んでたらいつの間にか寝てたらしい」
「何やってるのかしらね。それより、お腹ペコペコよ。食事の間で待ってたんだけど、いつまで経っても現れないから迎えに来てあげたのよ」
「ああ、悪かったな。行こうか」
それから二人で食事の間に向かった。
「先に食べてても良かったのに」
歩きながらトキオが言った。
「一応、あんたがこの屋敷の主人だからね。先に食べるわけにもいかないでしょ」
「おや?どうしたんだよ、俺に気を遣うなんて」
「なんだか失礼な言い方ね。まあでも、あんた一人で住んでるんだったら先に食べてたわよ。主人を差し置いて先に食べたら料理長が気を悪くすると思って待ってたのよ!」
「なんだ、そういうことか」
「なんだ、はないでしょ!一応は待っててあげたんだから!」
「ああ、ごめんごめん。悪かったよ」
トキオはそう言うと、クロアの肩を掴んで抱き寄せた。
「何やってのよ!恋人でもないのに、簡単に肩を抱いたりしないでくれる!」
クロアはそう言ってトキオを両手で押し戻した。
「お?そう言われて見れば確かにそうだな。でも、お前相手だと、なんかそういうのに気を遣わないんだよな」
「どういう意味かしらね。まったく!」
「イヤならもうやらないよ」
「・・・別にイヤじゃないけど、いきなりやられたら驚くでしょ!」
「あ、そう?じゃあ、今度から宣言してからやるよ」
「なによそれ!」
クロアはそう言ったが、その表情は言葉ほどは怒っていないようだった。
食事の間に入ると誰もいなかったが、二人が席に着くとすぐに料理長のジュリオがトレーに料理を持って現れた。
「ご主人様、セバスチャンから聞いてるとは思いますが、今日は手が足りないので私が失礼します」
「ああ、ごめんね。俺が自分で運ぶよ」
「さすがに、それは辞退させていただきます。セバスチャンに何を言われるかわかりませんし」
「そうなの?気にしなくってもいいのに」
「いえいえ、ダメです。まあ、それほど大した作業でもないので大丈夫ですよ」
「わかった。ゆっくりでいいからね」
「恐れ入ります」
ジュリオはそう言うと一旦下がったが、すぐに別の料理を持って現れた。
「申し訳ないですが、本日は昼食はこれですべてになります」
ジュリオはかしこまってそう言ったが、テーブルの上には5種類の料理が並んでいた。
「え?十分以上だよ。気にしないで」
「そうよ。私には、これでもすべて食べられるかわからない量よ」
クロアもそう言った。
「そうですか。恐れ入ります」
ジュリオはそう言うと下がって行った。
「ジュリオって、歳のせいか、他の人たちよりは少しフレンドリーよね」
「そうだな。みんなもあれぐらいでいいと思うんだけどね。というか、タメ口でも全然いいんだけどね」
「タメ口ってなによ?」
「え?・・・ああ、対等な言葉遣いって意味だよ」
「それをタメ口って言うの?・・・トキオの村の方言?」
「そ、そうそう。俺の村ではそう言うんだよ」
「なんかちょっと焦ってない?怪しいわね」
「え?・・・・・バレたか。実は、方言じゃなくて友達との間で使ってた言葉なんだよ」
トキオは必死でごまかした。
「なんだ。別に最初からそう言えば良かったのに」
「そういうのって、ちょっと恥ずかしいじゃないか」
「そう?良くわからない感覚ね」
そこで会話は終わって、二人は昼食を食べ始めた。
ジュリオの言葉とは裏腹に、いつも通り見た目も味も実に良かった。
「やっぱりおいしいわね」
「そうだよな。これに慣れちゃったら、アティムに戻った時に普通の料理が食べられなくなりそうだよ」
「なによそれ。でも、その気持ちはわかるわ。毎日のことだから気にしなくなってきちゃったけど、こんなに美味しい料理を毎日食べられるってすごく幸せなことだと思うわ」
「そうだよな」
「ところで、ふと思ったんだけど、あの魔人を閉じ込めた光の箱って密閉されてるんでしょ?魔人が窒息したりしないのかしら」
「ええ?・・・ああ、言われて見れば・・・でも、窒息しても死なないんだから、大人しくなって逆にいいんじゃないか」
「そうか、そうだったわね。確かにそのとおりね」
「まあ、魔導士様たちがほっとくって気もしないけど」
「そりゃそうね。何かするわね」
そしてまた、二人は無言になって食事を続けた。
注・・・乙巳の変:飛鳥時代の西暦645年に、中大兄皇子と中臣鎌足が共謀して、当時、豪族として専横を極めていた蘇我氏の蘇我入鹿を宮中にて暗殺した事件。翌日、入鹿の父の蝦夷が自分の舘に火を放って自殺したため、そこに収められていた「天皇記」、「国記」などの歴史書も一緒に焼失し、それ以前の歴史の記録の多くが失われた。
大化の改新と呼ばれることもあるが、大化の改新はこの事件を含めた政治改革のことを指すので、蘇我氏を滅ぼした一連のクーデターは乙巳の変と呼称するのが正しい。




