第112話 驚異の魔人
「ほう、私の目の前でじゃれ合うとは大した余裕だな。よっぽど腕に自信があると見える。遠慮はいらないぞ。どこからでもかかって来るがいい」
魔人は余裕の表情で言った。
「ほら、クロア。そんなこと言ってる場合じゃないって」
「あんたが悪いんでしょ!あとで見てらっしゃい!」
そう言うとクロアは後ろへ下がった。
「セバスチャン、なんでもいいから、あいつの足に向かって何か魔法を放ってくれる?」
トキオが魔人の方を向いたまま言った。
「足ですか。わかりました」
セバスチャンも魔人の方を向いたままそう返事をすると右手を前に突き出した。
「ファイデスト!」
そして、火炎魔法を魔人の足目がけて放った。
魔人は、足で弾こうとしたのか視線を火球が飛んでくる下に向けて少し右足を引いた。
その瞬間、トキオが魔人の頭部に目がけて拳銃を発射した。
バン!
魔人は、火球を右足で蹴とばすとすぐ、トキオの放った銃弾に気付き、
「こざかしい」
と、言って左手を前に出して防ごうとした。
しかし、銃弾は左手の上半分を吹き飛ばしたあと、肩をかすめて後方へ飛んで行った。
「なに!?」
魔人は驚いたように自分の左手を見た。その手からは、人差し指と中指が根元から無くなっていた。
「くそ!手に当たって弾の軌道が変わったか!」
トキオが悔しそうにつぶやいた。
「ほほう。面白い武器だな。本当に人間は少し進歩しているらしい。今後が楽しみだ」
魔人はそう言うと、その左手を見せつけるように前に突き出した。
(ん?何がしたいんだ?)
トキオがそう思った瞬間、
「ふん!」
と、魔人が気合を入れたかと思うと、左手の人差し指と中指が生えて来て手が元通りになった。
「えー!?そんなのあり~?」
トキオは、おどけた風にそう言ったが、内心少し焦っていた。
(頭部に確実に当てないとダメってことか。難しそうだな。かといって、接近戦をするのは、さっきの動きから言って相当なリスクがあるな)
トキオがそう考えた瞬間、メアリーとジェーンが続けざまに魔人に向かって魔法攻撃を放った。
それを見たセバスチャンも、今度は風魔法を放った。
「数が多ければなんとかなると思ったか?無駄だ無駄だ」
魔人はそう言いながら、その攻撃をすべて手と足で弾き飛ばした。
それを見たトキオは、再び頭部に目がけて拳銃を三発続けざまに発射した。
しかし、驚いたことに魔人は、それをすべて見切って頭を躱して避けた。
「え!拳銃弾を見て避けたのか!?」
トキオは愕然とした。
(こんなヤツ、どうやって倒すんだよ)
そこまでは何とかなると思っていたが、これはダメかもと思い始めていた。
「なんだ、もう終わりか?」
一旦攻撃が止まったため、魔人が言った。
「よく頑張ったな。楽しかったぞ。しかし、残念ながら時間切れだ」
魔人がそう言うと同時に、その背中から蝙蝠のような翼が左右に広がった。
「また機会があれば相手をしてやろう。さらばだ」
そう言うと、翼を羽ばたかせてゆっくりと空中に舞い上がった。
(まずい!逃げられる!)
トキオがそう思った瞬間、
「みんな伏せて!」
というクロアの声がしたので、セバスチャン、メアリー、ジェーンは瞬時に地面に腹這いになった。
トキオも、一瞬遅れて同じように腹這いになった。
「スプライド!」
呪文とともに、皆の上を黄色い光の帯が通り過ぎて魔人に向かった。
ゴウッ!
光の帯はその中央に魔人をとらえるように直撃した。
しかし、光の帯が通り過ぎても魔人は、両手のひらを開いて前に突き出すような姿勢で空中に浮かんだままだった。
「複合魔法も効かないなんて!」
クロアの焦った声が聞こえた。
「これは驚いた。このような魔法を使える人間がいたとはな」
魔人は本当に驚いているよう見えた。
「しかし、どんな魔法であれ同じだ・・・う」
そう言ったところで、魔人はバランスを崩して地面に落下した。
見ると、魔人の翼の先端が、それぞれ3分の1ほど消失していた。
「くそ!翼までは防ぎきれなかったか!」
自分の翼の状態を見た魔人は、今度は明らかに焦っていた。
「なるほど、手の前に防御魔法を展開して魔法を無効化したようですね。翼は横に広がっていたため、その範囲の外にあったのでしょう。先ほどからの魔法も、同じようにして払ったのではないでしょうか」
「そういうことか!」
セバスチャンの言葉にトキオは納得した。
「まあ良い。少しスピードは落ちるが、この程度、大した問題ではない」
そう言うと、再び空中に舞い上がった。
しかし、その飛行する姿はフラフラと左右に揺れており、スピードも上がって行かなかった。
良く見ると、左の翼が右の翼よりいくぶん短くなっており、そのせいでバランスをとるのに苦労しているようだった。
その時、けたたましい蹄と車輪の音ともに、馬車が猛スピードで門から入って来た。
トキオが、馭者の背後に誰かが立っているなと思った瞬間、その人物から大きな光の球が飛び出して魔人を直撃した。
魔人は、その光の球に弾かれたように再び地面に落下した。
「トキオ!無事か!」
叫んだその声は、魔導士長のものだった。
「魔導士長様!どうしてここに!」
「途中で邪悪な気配を感じたので戻って来た!」
魔導士長はそう言うと、止まった馬車から飛び降りた。
すぐに、馬車の中からも他の魔導士4人が飛び出して来た。
「魔導士だと。少しやっかいだな。それでは、今度こそ失礼するとしよう」
魔人は、そう言うと魔導士長の方を向いたまま空中に舞い上がったが、慣れたのか、先ほどよりはしっかりとした羽ばたきで真上に上昇して行こうとした。
「私の光魔法をくらって無傷か」
「あいつにはあらゆる攻撃魔法が効きません!」
「そうか・・・ならば・・・トキオ!オルトロスの時と同じ方法だ!」
「え?・・・なるほど!了解です!」
「トキオは後方を頼む!」
「わかりました!」
魔導士長のその言葉で、他の魔導士たちは魔導士長を中心に二人ずつ左右に広がった。
「行くぞ!・・・用意・・・・・今だ!」
「バリッド!」
魔導士長の合図で、トキオと魔導士5人が同時に魔人向かって防壁魔法を放ち、魔人を6面体の光の壁に閉じ込めた。
「なに!?・・・くそっ!」
魔人は驚きの声を上げて右側の壁に体当たりを食らわせたが、6面体はびくともせず、静かに地面の上に降りて来た。
「よし」
魔導士長がそう言うと、魔導士たちは魔人に駆け寄った。
トキオたちも、魔人に駆け寄って行った。
「攻撃魔法は無効化できても、光魔法が弱点なら防壁魔法は無効化できまい」
6面体のそばまで来ると、魔導士長が言った。
魔人は相変わらず中で暴れていたが、どうにもできないようだった。
「魔導士長様、ありがとうございます!助かりました!」
「間に合って良かった。こいつは、地下にあった棺の中にいた魔人か?」
「地下室から現れましたから、どうやらそのようです」
「そうか。完全に干からびていたのに、どうやって蘇ったのだろうな」
「血だと自分で言ってました。それも、処女のいき・・・」
そこまで言ったところで、ハッとして後ろを振り返ったらクロアが睨んでいた。
「あ、えー・・・クロアが手を切って落とした血が・・・」
パカーン!
トキオは、また後ろから頭を殴られた。
「それじゃバラしてるのと同じでしょ!」
やっぱりクロアだった。
「あ・・・ごめん」
そのやりとりを魔導士たちはあっけにとられた顔で見ていた。
「・・・まあ、だいたいわかった。そうか、クロアが落としたあの血で復活したのか」
魔導士長が我に返ると言った。
「はい、どうもすみません」
「いや、お前が謝る必要はない。むしろ、地下から運び出す手間が省けたようなものだ」
「ああ、なるほど」
「では、この魔人はこのまま教団で預かることにしよう。運び出すために・・・」
魔導士長がそう言ったところで、右の方から馬車が進んでくる音が聞こえて来た。
そちらを見ると、それは1頭立ての幌付きの馬車で、御者台には40代だと思われる恰幅の良い女性が乗っていた。
「ああ、ちょうど来ましたね。魔導士長様、ご紹介いたします。うちの庭師のモモグルです。彼女の馬車で運ばせましょう」
セバスチャンが言った。
(え!?この人がもう一人の庭師か!)
トキオは、もう一人の庭師が女性だとは思っていなかったので少し驚いた。
「おお、そうか。それは助かるな。よろしく頼むぞ」
「かしこまりました、魔導士長様」
モモグルは、御者台から深々とお辞儀をしてそう言った。
それから、トキオの方を向くと、
「こんにちは、ご主人様」
と言って頭を下げた。
「ああ、どうも初めまして」
トキオもそう言って頭を下げた。
「え?はじめましてって、お前の家の使用人ではないのか?」
モルナール魔導士が驚いた顔で言った。
「どうもそうらしいんですが、会うのは今日が初めてなもんで」
「はあ?なんだそれは」
モルナール魔導士はあきれ顔になった。
「いつも、ご主人様のいない昼間に仕事をしておりましたので、今まで会う機会がなかったのです」
セバスチャンが言った。
「なるほど。それにしてもなあ・・・」
他の魔導士もあきれ顔をしていた。
「あ、そういえばいつも俺が乗ってる馬車の馭者さんはなんていうの?」
「はい、あれはモモグルの夫でキビルと言います」
セバスチャンが答えた。
「えー!トキオ、いつも乗ってるのに名前知らなかったの!?」
今度は、クロアが驚いた声を上げた。
「え?・・うん、まあ。いつも馭者さんて呼んでたから」
「それって失礼な話よね」
「クロア様、大丈夫ですよ。お気になさらずに」
モモグルが御者台から微笑みながら言った。
その時、王国の片隅にある大きな城の一室で魔王がつぶやいた。
「反応が消えたぞ」
「なんですと!まさか、人間にやられたのでしょうか」
「いや、死んだのならそう感じるはずだ。完全に反応が消えた」
「それはいったい・・・」
「どこか、光や呪文で遮断された場所にでも閉じ込められたのだろう」
「なんと!人間ごときが!」
「復活してすぐだったから力が出し切れていなかったのかもしれん。構わん、生きていればそのうち戻ってこよう。ふはははははは!」
再び、魔王は高らかに笑った。




