第11話 トキオ、講師になる
「じゃあ、まずフォドラを切った時の動きから教えてくれ」
テリットが裏庭の中央まで来ると言った。
「じゃあ、ちょっとそこに立ってて」
トキオはそう言うと、テリットから3メートルほど離れた場所に立ってテリットと向き合った。
「今日、皆がグリズラーを倒したのを見てて気づいたのは、連携は実に見事だったけど、動きのスピードが一定で相手に動きを読まれやすいってことだね。で、俺がフォドラを切った時に使ったのはフェイントって動きね。ちょっとやってみるよ」
皆に向かってそう言ってから、テリットに視線を戻した。
「今から、テリットの後ろに駆け抜けるから、体当たりでもなんでもして止めてみて」
「お?わかった」
テリットはそう言うと、両手を軽く前に出してやや腰を落として構えた。
トキオは、テリットに向かってゆっくりと歩み寄って行ったが、その距離が1メートルぐらいになったところでテリットの右側を抜けようとするかのように素早く左前に踏み込んだ。
テリットは、その動きを見てトキオが来ると予想した方に跳んで捕まえようとしたが、その時にはすでにトキオはテリットの左後ろに立っていた。
「おお~~~!」
全員から驚きの声が上がった。
「なんだ!どうなってる!?」
テリットは、捕まえたと思ったトキオが手の中にいなかったので、キョロキョロと見回して自分の左後ろに立っているのを見て困惑した。
「これがフェイントね。一瞬、右側を抜けると見せかけておいて、すぐ左側へ切り返す動作だよ。コツは、相手の動きを見てから切り返すんじゃなくて、最初からすぐ左側に切り返す動きをおり込むことだね」
「ほお~~~」
全員から感嘆の声が漏れた。
「もう一つやってみよう」
トキオは、そう言うと腰に下げていた木刀を取ってテリットに投げた。
「それを俺の頭に振り下ろしてくれる。手加減はしないでね。ホントに俺の頭をたたき割るつもりで」
「え?大丈夫か?俺は剣士だぞ」
「大丈夫だよ。さあ」
そう聞いて、テリットは木刀を正面に構えた。
トキオは、先ほどと同じようにゆっくりとテリットに近づいて行った。
その距離が2メートルを切ったと思われた瞬間、テリットは踏み込んでトキオの頭に木刀を振り下ろした。
しかし、次の瞬間、テリットは空を見上げていた。背中から地面に転がされていたのだった。
「うおお~~~!」
先ほどの3倍ほどの驚きの声が上がった。
トキオは、テリットの右腕をつかんで引き起こした。
テリットは、何が起こったのかさっぱりわからず呆然とした顔をしていた。
「速すぎて全然わかんなかったから、も一回ゆっくりやってくれよー」
集団の中にいたマルケルから声がかかった。
「りょうかーい。じゃあ、テリットもう一回構えて」
テリットは言われたとおりに木刀を構えた。
「それで、俺がこうやってゆっくり近寄って、さっきと同じ間合いになったから、テリットゆっくりふりかぶって。はい、そこでストップ」
テリットは上段に構えた姿勢で止まった。
「こんな感じで切りかかってくる前には必ず振りかぶるでしょ?そうしたら、俺の方はそのタイミングで素早くテリットの懐に入る」
トキオは、素早く移動してテリットに体を密着させた。
「これをチェンジ・オブ・ペースって言って、動く速度を急に変えることで相手は対応できなくなって今みたいに簡単に懐に入られ、最初のゆっくりした俺の動きに合わせた間合いで切りつけて来るから、当然こん棒は空を切る。はい、テリット、前進しようとしながら振り下ろして」
テリットは、トキオに体重を預けながらトキオの体の後ろの何もないところに木刀を振り下ろした。
「あとは、テリットが足を前に出して踏ん張らないように俺の足を前にあてて止めてからテリットの前にかかった力を利用して、腕を手繰ってこんな風に投げる」
トキオは、ゆっくりとテリットを地面に転がした。
「ほおおおおお~!」
全員から感心した声が漏れた。
「この場合はテリットの力を利用してるから投げるのに大して力はいらないんだよ。後半の投げの部分がヴァルターを投げた時とほぼ同じね。あの時も、掴みかかって来るヴァルターの力を利用して投げてるんだよ」
「すごいな!そんなのどこで覚えたんだ」
マルケルが驚きの声で言った。
「えーと、これは柔道(・・・合気道の要素も入ってるけど、説明が面倒だからそこは省略しよう)って言って、うちの村じゃ学校の授業でもやるから、少なくとも男ならほぼ全員がやったことのある格闘技だね」
「ほお~」
また、全員が感嘆の声を上げた。
「柔道ってのは相手の力を利用して倒すこともできる格闘技だからね。うまくできれば体の大きさが関係なくなるんだよ。特に相手に柔道の心得がなくて油断してる場合、体が大きくても投げ飛ばすのは比較的簡単だな。ヴァルターがまさにそんな感じだったんだよ」
「ホントか?簡単そうには見えないけどなあ」
テリットが起き上がって来て言った。
「そりゃ、ちゃんとできるようになるまでは何年も練習が必要だよ。俺はまだこんな年だけど、子供の頃からやってるから、もう18年やってる。だから、今は相手の動きで体が勝手に技を決めて出す感じになってるね」
「そうなのか。それはスゴイなあ」
「ちなみに剣はもっと早くから始めたから20年やってるよ」
「俺より長いじゃねえか!」
「テリットって歳聞いてなかったね。いくつ?」
「31だ」
「あら、俺より5歳も上だったのか。それは失礼しました」
「歳なんて気にするなよ。冒険者は冒険者だろ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「でもね、もっと簡単に相手の動きを止める技があるんだよ。じゃあそれは、この中じゃ一番力が強そうなマルケルに手伝ってもらおう」
「俺?・・・わかった」
そう言うと、マルケルは前に出てきてトキオの正面に立った。
「一番効果的なのは関節技だね。しっかり決められればさほど力を使わなくても相手を戦意喪失させられる技だよ」
「関節技?どうやるんだ?」
「いろいろあるんだけど、そうだねえ・・・じゃあ、俺の襟を右手で掴もうとしてみて」
「こうか?」
言われたとおりに右手を伸ばしてトキオの襟を掴もうとしたが、トキオは体を沈ませながら少し前に出ると、延ばされた手首を左肩に乗せ、自分の両手でマルケルの腕の肩に近いところを右下に向けて押さえ込んだ。
「痛い痛い痛い痛い!やめてやめてやめて!」
トキオは、すぐに腕を離した。
「うおお~~~!」
また、大きな驚きの声が上がった。
「こんな感じね。これは『腕拉ぎ腕固め』って言うんだよ」
「あー痛かった。折れるかと思ったよ。確かにこれをやられたら何もできないな」
「他にも色々あるんだよ。今度は左手で俺の上着の真ん中あたりを掴んでみて」
「あー、嫌な予感がするなあ」
そう言いながらも言われたとおりにした。
トキオは、掴まれた腕の袖の肘部分を両手で下に引っ張りながら少ししゃがみこんだ。
「痛い痛い痛い痛い!まいったまいったまいった!」
トキオは、面白がるように少しそのままにしてから腕を離した。
「うおお~~~!」
また、大きな驚きの声が上がった。
「これは『手首固め』って言うんだよ」
「これもめちゃくちゃ痛かったー!関節技ってこんなに痛いのか」
「そう。しかも大して力がいらないからね。これ覚えとくとかなり使えるよ」
「ホントに誰でもそんなに痛いの?そんな風には見えないけど。マルケルの関節が固いだけじゃないの?」
アウレラが、疑り深い顔で言った。
「誰でも同じだよ。じゃあ、アウレラにもかけてあげよう」
トキオは、そう言ってにやりと笑った。
「いいわよ」
アウレラは、歩み出てきてトキオの前に立った。
「さ、マルケルと同じように俺の服をつかんで」
「こう?」
アウレラがトキオの服をつかむと、トキオは、先ほどと同じようにアウレラの袖を引っ張りながらしゃがみこんだ。
「痛い痛い痛い!助けて助けて!ごめんなさいごめんなさい!」
トキオが手を離すと、一同は爆笑した。
マルケルの時より少し早いタイミングで手を離したが、それは目の前にアウレラの胸の谷間が来てドキッとしたからだった。
「ちょっと!なに笑ってんのよ!ホントに痛いんだから!あんたたちもやってもらいなさいよ!」
「イヤだよ、痛そうだから」
「俺もイヤだよ」
「俺もー」
そして、皆はまた笑った。アウレラだけ、怒った顔で痛い手首を振っていた。
「それで、ヴァルターを失神させたのはどうやったんだ」
笑いが収まるとブロームが聞いてきた。
「ああ、あれは頸動脈を圧迫したんだよ」
「頸動脈?」
「そう。じゃあ、テリット、また手伝ってくれる?」
「わかった」
「じゃあちょっと後ろを向いて」
そう言うとトキオは、後ろを向いたテリットの背後に寄って首の左側に手を当て、右からこぶしで頸動脈の上を押さえつけた。
「首には頸動脈ってのがあって、そこを圧迫すると脳に血がいかなくなって気を失うんだよ。首吊りで死ぬのは、窒息するからじゃなくてこれと同じで脳に血がいかなくなるからなんだ。だから首吊りってのは、苦しくなくて・・・」
そこまで話したところで、テリットの膝が落ちて体から力がなくなった。
「あ、しまった」
トキオが手を離すと、テリットは地面に崩れ落ちた。気を失っているようだった。
「えええ~!」
また、皆から驚きの声が上がった。




