第108話 無邪気な王様
「言い争うのもめんどくさいのお。こういうことでどうじゃ」
王様がイーレフェルトに向かって言った。
「なんですか?」
イーレフェルトはクロアの体を離すと王様の方を向いた。
「古くからお前の家の敷地であったこの場所にあったということは、お前の家が管理していたものである可能性が高いから所有権は認めよう。じゃがな、この本に書かれていることは教団や専門学校におるその道のプロたちに調べてもらう必要があるじゃろう。だから、それまではこちらで預からせてもらう。調査が終わったら返却する。そういうことにせんか」
「それでは、私がその本を読むのが随分先になってしまうではないですか」
「なんじゃ。結局、おぬしもここにある本が読みたいんじゃないか」
「そりゃそうでしょう。何百年も前の本と聞いて興味を惹かれない人がいますか?王だってそうだからここまで来たんでしょう?」
「ま、まあ確かにな。痛いところを突くのお」
「だから、少なくとも私の手元にも何冊かは残しておいていただかないと」
「ああ、わかったわかった。それでは、4分の1はお前に渡そう。残りも調査が終わり次第渡す。お前一人で読むほうが時間がかかると思うから、最初に渡した分を読み終わる前に調査の終わったものが届くと思うぞ。それであれば問題なかろう?」
「うーむ、まあ、いいでしょう。ただし、約束ですからね。ちゃんと守ってもらいますよ」
「ああ、大丈夫じゃ。ワシも早く内容が知りたいから急いで調査させる」
「頼みましたよ」
王様がその言葉にうなずいたところで、この件は終わりになったようで、イーレフェルトは王様のそばに寄って来て、見ていた本を覗き込んだ。
「部屋の外まで驚いた声が聞こえてましたが、何が書かれていたんですか?」
「ほら、ここじゃ。読んでみい」
「・・・・・え!こんな時代のことが!」
「ああ、この厚さ分のことが書かれているとしたら、今まで断片しかわかっていなかった古代のことがかなり詳細にわかるじゃろう。これは本当に相当古い書庫のようじゃ。急ぎ調べねばなるまい」
「そうですね。私もいくつか読んで、当家に伝わる歴史書の内容と比べてみましょう」
「ああ、お前の家に関係する本もあると思うから、それを持ち帰るんじゃな」
「そうします」
そこで王様は読んでいた本を閉じて本棚に戻した。
「それでは戻ろうか。ここの本は、あとで専門家に取りに来させよう。少しめくってみてわかったが、紙が相当もろくなっておるから、ワシらが持ち出すのは危険じゃ」
「わかりました。教団本部へ戻りましたらすぐ手配します」
魔導士長が答えた。
「イーレフェルトも、そのあとに城か教団本部に取りに来るということで良いな」
「仕方ないですね。それでは」
イーレフェルトは、そう答えると、魔導士たちをかき分けるようにして真っ先に部屋を出て行った。
魔導士たちも後に続いたが、王様の警護役のゴットハルトだけは、王様の背後を守るように王様が先に出るのを待っていた。
しかし、王様は出口には向かわず、トキオの耳に顔を近づけて来た。
「あそこに見えておるドアの先が抜け道か?」
抜け道へのドアを指しながら王様は小声で言った。
「はい、そうです」
「そうか」
王様はそう言うと、ニヤリと笑ってそのドアへ向かったが、歩きながらゴットハルトの方を見て、立てた人差し指を唇に当て、静かにしろという仕草をした。
それを見たゴットハルトは呆れた顔をしたが、仕方ないという様子で王様の方へ歩き出した。
トキオとクロアは、王様とゴットハルトの間にいたが、同じように抜け道のドアへ向かった。
「トキオ、案内してくれるか」
「わかりました」
トキオはそう言うと、王様の前に出てドアを開け、抜け道に入った。
王様はすぐ後ろをついて来た。
クロアは戻るかと思ったら、王様の後ろからついて来ていた。ゴットハルトはクロアの後ろにいた。
「ほう、先が全然見えんな。かなり長いのか?」
「そうですね、全部で100マインほどあるかもしれません」
「どこに通じておるのじゃ?」
「え?・・・・・それは、着いてからのお楽しみじゃないですか」
トキオはそう言うと、王様に向かってにっこりと微笑んだ。
「わははは!そうか、そうじゃな。よくわかっておるではないか!・・・おっと」
王様は思わず声を上げて笑ったが、あわてて両手で口を押えて後ろを振り返った。
「大丈夫ですよ。他の人たちは屋敷の方へ戻りましたから」
ゴットハルトがそう言ったが、相変わらず呆れたような顔をしていた。
「ところで王様、俺とクロアもあの本を読んでみたいと思ってたんですが、何冊か持ち出しちゃダメですかね?」
「おお、そうじゃろうな。今はお前の屋敷じゃから、お前も権利を主張していいじゃろう。では、内緒にしておくから回収部隊が来る前に数冊持ち出しておくがいい。ばれないように、本棚の手前のホコリは拭っておいた方が良いじゃろうな」
「そうですか!ありがとうございます!ホコリも了解しました」
「やった!」
後ろでクロアもうれしそうな声を上げた。
「あ、ここで直角に左に折れますから注意してください」
「お、そうか。わかった」
抜け道の曲がり角でトキオはそう声をかけ、さらに先へ進んだ。
「はい、この上が出口です」
出口の下まで来るとトキオはそう言った。
「おお、ここか!」
すると、王様はすごく嬉しそうな顔をした。
トキオが出口の扉を押し上げて外に出ると、その後から、王様、クロア、ゴットハルトの順で出て来た。
「おお!こんなところに出るのか!しかも、このテーブルの下が抜け道になっておったとはのお。良く考えたものじゃ」
王様は、東屋の中を見た後、敷地の外を見ながら言った。
「そこに小さなドアがありますから、そこから外へ出られるようです」
トキオは、敷地の外塀にあるドアを指して言った。
「おお、確かに。なるほどなあ」
「陛下、もうよろしいでしょう。そろそろ戻りませんと」
ゴットハルトが言った。
「おう、そうじゃな。迎えも来ておるしの」
「え?」
トキオが王様の言葉に驚いて屋敷の方を振り返ると、目の前にトキオの馬車が停まっていた。
「あれ?よくわかったね」
トキオは馭者に聞いた。
「はい。国王陛下のことですから、ここに来られるだろうと思ってお待ちしておりました」
「ははは、さすが、よく心得ておる」
王様がそう言うと、馭者は、王様に向かって軽くお辞儀をした。
(うわー、馭者さんも知り合いなのかー)
トキオは、それで入ってくる時の手際の良さに納得がいった。
馬車が屋敷の玄関に着くと、セバスチャンが外に立って待っていた。
「お帰りなさいませ陛下」
王様が馬車から降りてくると、セバスチャンはそう言って頭を下げた。
「陛下、こちらへどうぞ」
屋敷の中に入ると、セバスチャンはそう言って王様を食事の間へ案内した。
トキオたちもその後からついて行った。
部屋に入ると、テーブルの上には人数分のお茶と豪華なデザートが並んでいて、魔導士たちとイーレフェルトはすでにそこに座っていた。
(そうかー、こういうおもてなしは当然しなきゃいけないよなー。全っ然頭になかったわー。セバスチャンが有能で助かったー)
トキオはそう思ったが、そのことは顔に出さないようにした。
「何をしてたんですか。遅いですよ!」
イーレフェルトが眉間に皺を寄せて言った。
「ああ、抜け道を歩いて来た。それも、今日来た目的の一つじゃからな」
「あ!そう言えばそうだった!私も行けばよかった!」
「あー、ダメじゃダメじゃ。ここは今はトキオの屋敷じゃからな。部外者には教えられんな」
「えー!?・・・王だって部外者じゃないですか!」
「ワシは、この屋敷をトキオに与えた人間じゃからいいんじゃよ」
「なんですかその理屈は!」
「わはははは」
王様は笑いながら、セバスチャンが引いてくれた一番上座の椅子に座った。
「それでは、長々と邪魔したな」
帰りの馬車に乗り込む直前、王はトキオに向かってそう言った。
イーレフェルトは一足先に帰っていた。
「いえ、とんでもごさいません。また、お越しください」
「そうじゃな。何かまた面白いものが見つかったら来るとしよう」
そう言うと少し笑ってから馬車に乗り込んだ。
乗り込むとすぐ、お付きの武官がドアを閉め、反対側に回って馬車に乗り込んだ。
「それではな。また、城で会おう」
「はい、道中お気をつけて」
「うむ」
王がそう返事をすると、馬車はゆっくりと動き出した。護衛の先頭の馬車とゴットハルトの乗った馬車は、すでに門に向かって進んでいた。
王様は、トキオに向かって軽く手を挙げると、すぐに視線を前方に移し、そのまま振り返ることはなかった。
後方を固める護衛の馬車2両のあとに魔導士たちが乗った馬車がついて行ったが、門の外に出ると、王様たちの馬車とは逆方向の右に折れて行った。
どうやら、教団本部へ戻るようだった。
「セバスチャン、色々とありがとうね。おもてなしするとかいう頭が全然なかったよ」
「こういったことにご経験がないでしょうから、本日は大丈夫ですよ。ただ、今後もこういったことがあるかもしれませんので、作法等は覚えていただいた方がよろしいかと思います」
「そうだよねー。でもそういうのは堅苦しくって苦手だな~」
トキオがそう言うと、セバスチャンは無言でにっこりと微笑んだ。
「ところで、クロアが教えた複合魔法は使えるようになった?」
「いえ。毎日少しずつ練習はしているのですが、かなり難しくて、まだ全然うまくいきません」
「そうなのかー。やっぱり、クロアって優秀なんだなあ」
トキオはそう言いながら、横に立っていたクロアの方を見た。
「当然じゃない」
クロアはどや顔でそう言った。
「でも、思ったんだけどさあ、この屋敷の警護には使えないんじゃない?特に、建物の中じゃ無理だよね」
「え?・・・・・確かに、庭で使っても何かを壊しちゃうわね・・・まあ、それでも何かの時のために覚えておくのはいいんじゃない?」
「まあ、そうだけどな」
「ああ、空を飛んで侵入してくるヤツがいたら使えるわよ」
「ええ?・・・ああ、でも魔人ならあり得るか」
「そうね。魔人がばれずにここまでたどり着けるか疑問だけど」
「王都の外周には特別な結界魔法が張ってありまして、魔人は王都には進入できないようになっております」
そこでセバスチャンが言った。
「え?そうなんだ」
「そうなの?知らなかったわ」
「はい、国王陛下やこの国の要人がおられる街ですからね。そういった警護は必須になります」
「ああ、そりゃそうだな」
トキオは感心して言った。
「じゃあ、少し早いけど風呂に入って昼寝するかな。なんか、かなり気疲れしちゃった」
「私もそうするわ。あんた、今日は先に入っていいわよ」
「え?なんで?」
「なんでもよ!」
クロアはそう言うと、恥ずかしそうにした。
(あ、女の子の日か)
トキオはそう気づいたので、
「わかった」
と、だけ言って、屋敷の中へ入って行った。
クロアは、下を向いたまま後ろからついて来た。




