第101話 試し切り
「ああ、セバスチャン。ちょうど良かった。剣の試し切りをするのにいい場所はないかな」
トキオが聞いた。
「それでしたら、今朝、使いました枯れ木が良ろしいかと思います」
「あ、なるほど」
「勇者様、こちらへ」
セバスチャンはそう言うと、一礼をしてから右の外階段へ向かった。
階段を降りきったところに、メアリーとジェーンがいて、トキオたちが通過する時に頭を下げて見送ったが、全員が通り過ぎると、最後尾を歩いていたトキオのところに駆け寄って来た。
「ご主人様、私たちも拝見させていただいてよろしいでしょうか」
他の人に聞こえないような小声でメアリーが聞いて来た。
「ああ、構わないけど・・・もしかして、キミたちも勇者様のファンだったりしてるわけ?」
トキオも他の人、特にクロアに聞こえないように小声で聞いた。
「え?・・・ええ、先ほど初めて拝見いたしましたが、噂以上に美しい方でしたので、もう少し見させていただきたいと思いまして」
メアリーがそう答えると、二人とも恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「じゃあ、後ろでこっそり見ててね。特に、クロアにばれないように。嫉妬するといけないからね」
「わかりました」
声を揃えてそう言うと、二人はトキオの陰に隠れるようについて来た。
「こちらでございます」
今朝、クロアが複合魔法を披露するのに使った枯れ木の場所へ着くと、セバスチャンが言った。
「勇者様、この枯れ木でしたらどのようにされても大丈夫です」
トキオが勇者の横に来て言った。
「すまんな・・・しかし、この枯れ木、上半分が綺麗に半円形に削り取られているが、一体何をしたのだ」
「ああ、これは、セバスチャンたちに見せるために、クロアが複合魔法をこの木に向かって放ったせいです」
「複合魔法?・・・もしかして、ヒドラを一撃で倒したという例の魔法か?」
「はい!そうです!」
クロアが前に出て来て元気よく答えた。
「ほう、こんな風になるのだな。このあと、私にも見せて貰って良いか?」
勇者がクロアに聞いた。
「はい!もちろんです!」
「そうか、すまないな。しかし、まずはこの剣だ」
勇者はそう言うと、枯れ木に近寄って行った。
そして、1メートル半ほどの高さのところで横に延びている太い枝の前に立つと、剣を上段に構えた。
それから、ゆっくりと息を吸い込むと、短く気合を入れるとともに剣を一閃させた。
またしても剣筋はまるで見えなかったが、トキオには1度だけ振り下ろしたように見えた。
しかし、振り下ろした位置の少し右から先の枝が地面に落下すると同時に、輪切りになった幅5センチほどの枝が同時に4つ地面に落下していた。
(ええーーーー!今のは一振りのようで、実は5往復させてたってこと!?スゲー――!)
トキオは心底驚いて大きく目を見開くと、その輪切りなった枝の残骸を見つめた。
その横でクロアが、後方ではセバスチャン、メアリー、ジェーンが、同様に驚きの表情で枝の残骸を見つめていた。
しばらく放心した後、トキオが勇者を見ると、剣の刃を念入りに調べているところだった。
「ふむ、確かに恐ろしい切れ味だ。手ごたえがまるでなかった。しかも、刃こぼれも傷もまったくないな・・・もう少し試すか」
勇者はそう言うと、少し離れた場所にあった大きな庭石の方へ歩いて行った。
「トキオ、この石を切っても構わないか?」
「え?・・・構いませんが、切れ・・・」
トキオは『切れるんですか?』と言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
勇者の技とこの剣なら切れそうな気がしたからだった。
「どうぞ。お好きなだけ切っちゃってください」
「すまんな」
勇者はそう言うと庭石の前に立ち、また、剣を上段に振り上げたが、今度はやや右に倒した位置に構えた。
そして、先ほどより少しだけ長く息を吸うと、また、短く気合を入れて剣を振り下ろした。
シュン!
トキオには刃が空気を裂く音だけしか聴こえなかったが、次の瞬間、庭石の左上が斜めに滑り落ちて行った。
(うわー!ホントに石を切っちゃったよこの人!)
トキオは驚いたが、予想はしていたので、先程ほどの驚きはなく魔導士たちに視線を送る余裕があった。
すると、魔導士二人は、大して驚いた様子もなくその様子を見ていた。
(えーーー?・・・あー、なるほど。いろんな場所で一緒に戦って来たから、この程度のことは当たり前だと知ってるんだな)
トキオはそう思った。
「ふむ。石を切っても手ごたえも刃こぼれもなしか。大した剣だ」
勇者は、また刃を検分しながら言った。
「勇者様!石を切ってしまうなんてサスガです!」
トキオは、勇者のそばに行くと言った。
「いや、この切れ味であれば、ある程度の剣の腕があれば誰でも切れるな。トキオ、お前にもできるはずだ。やってみるがいい」
勇者はそう言うと、剣をトキオに差し出した。
「ええ!?ホントですか・・・まあ、やってみたい気はしますが、勇者様よりだいぶ見劣りがする腕だから刃こぼれさせちゃうんじゃないでしょうか。これって、王国に代々伝わって来たものなんでしょう?まずいんじゃないですかね?」
「強化魔法をかけてあるから大丈夫だ。気にするな」
後ろから魔導士長がそう声をかけて来た。
「魔導士長もああ言っている。やってみろ」
勇者が言った。
「そうですか・・・じゃあ、やってみます」
トキオは、今度は石の右上を切ろうと思ったが、右利きのトキオにはやや切りにくい方向だったので、反対側に回った。
それから、勇者と同じように右上段に構え、大きく2度呼吸をしてから、気合を入れて振り下ろした。
「ダッ!」
シュン!
聞こえたのは、また、刃が空気を裂く音だけだった。そして、また、手ごたえはなかった。
しかし、勇者の時と同じように、石は斜めに滑り落ちて行った。
「切れた!」
トキオは、思わずそう言っていた。
「やはりな。その剣はとんでもなく強力な剣だな」
勇者が言った。
それから、振り返ると魔導士長に向かって言った。
「城には他にも古くから伝わる剣が何振りかあるはずだ。それらのいくつかに、同じような現象が起こる可能性があるのではないか」
「ふむ。確かにその可能性はありますな。これは、城に戻って調べた方が良さそうだ」
その言葉で、勇者は魔導士たちと連れ立って屋敷の方へ歩き出した。
「あのう、すみません」
その後ろからトキオが声をかけた。
「なんだ?」
勇者が振り返って聞いた。
「これほどの剣だと、俺が持っていても宝の持ち腐れになるので、勇者様に使っていただいた方が良いのではないかと思ったんですが・・・」
トキオがそう言うと、勇者は厳しい顔になってトキオを睨んだ。
「それは王がお前に下賜されたものだ。お前の一存で他人に譲って良いものではない。軽はずみにそんなことを言ってはならない」
「・・・そうでした。すみません。軽率でした」
トキオは、その勇者の様子に慌てて謝った。
「そのことは忘れるなよ」
「はい、わかりました」
勇者はそれだけ言うと、また、魔導士たちと一緒に屋敷に向かって歩き始めたので、トキオはその後をついて行った。
セバスチャンとメイドたちはトキオが来るまで待っていた。
トキオは、セバスチャンの横に来ると言った。
「王様から物を貰うのって初めてだから、そのへんよくわかってなかったよ。失敗したな」
「これから気を付けておられればよろしいかと思います。お屋敷も下賜されたものですから、庭木や庭石などは良いですが、ソファーなどの備品も粗末に扱わぬようにされた方が良いかと思います」
「あ・・・ごめん」
トキオがそう言って頭を下げると、セバスチャンはにっことり微笑んだ。
クロアは、いつの間にか勇者のすぐ後ろを歩いていた。
そうなると、一旦、メアリーとジェーンを追い越したはずだったが、(何も言わなかったところを見ると、勇者様に視線が釘付けで目に入らなかったのかもしれないな)と、トキオは思った。
勇者と魔導士たちは、そのまま真っすぐ玄関先に停めてあった馬車まで行ったので、トキオたちもそこに行った。
「それでは邪魔したな。このことは、王にも報告しておく」
勇者が言った。
「トキオさんも気になるでしょうから、城にある剣を調べた結果はあとで教えますよ」
ゴットハルトが言った。
「そうですか。よろしくお願いします」
トキオは、そう言って頭を下げた。
それから勇者たち4人は、ゴットハルトが乗って来た馬車に乗って城へ帰って行った。
「あれ?あなたたち、なぜここにいるのよ」
馬車が敷地の外に出たので屋敷の中に入ろうと後ろを向いたら、クロアがメアリーたちにそう言っていた。
「お客様だからお見送りに来たんだよな?いつもご苦労さん」
二人が少し困った顔をしていたので、トキオは助け舟を出した。
「ああ、そういうこと。仕事熱心なのはさすがだわね」
クロアはトキオの言ったことに納得したようだった。
トキオが、その様子を見てニヤリとした瞬間、突然、手に持っていた剣が重くなった。
「うわっ!」
チャリン!
トキオは慌てて両手で持ったが、間に合わずに切っ先が石畳に触れた。
「うわっ!やべー!大丈夫だったかな?」
剣を持ち上げて切っ先を調べてみたが、特に傷はついていないようだった。
「ああ、良かった!」
「なによ。どうしたのよ」
「いや、強化魔法が切れたみたいで急に重くなって、危うく落とすところだったんだよ」
「ああ・・・この屋敷、建物の中も庭も広いから、確かに強化魔法をかけてからかなり時間が経ってるわね」
「そう言えばそうだな・・・しかし、この剣をどうするかなあ」
「なんで?使えばいいんじゃないの?」
「それは昨日から考えてたんだけど、普段はめちゃくちゃ重いから、腰から下げて歩くのはほぼ無理だと思うんだよね」
「ああ、そう言えばそうね・・・うーん、威力はあっても扱いに困る武器ね」
「そうなんだよなあ。しかも、傷つけたりしたらまずそうだし」
「まあ、そんなにすぐは使わないと思うから、ゆっくり考えればいいんじゃないの?」
「そうだな。あとで考えよう」
二人はそう言いながら屋敷に入って行ったが、その剣を使う日は思ったより早くやって来るのだった。




