お付き合い編3
超絶理論をかっ飛ばす相生に説得を試みる。確かによく死ぬ彼女のことが心配になったし、俺は部活動に入る予定もないので頼まれれば相生を家まで送り届ける程度のことは、まあやぶさかではない。それは先程学校の下駄箱で言ったように人として当然のことだろう。その人として当然の行為に俺は報酬を要求するつもりは無い。
相生は教室で考えておいてくれ、と言ったが、実の所、額から血を流してにこにこ笑っている彼女を見てからというもの、もうほとんど腹は決まっているのである。……とはいえ、恋人扱いはいただけない。なんせあのシスコン残念イケメンに殺されそうなので。
「だいたい恋人じゃなくっても、送り迎えをしてくれる同級生ですとかあるだろう。」
「以前送り迎えをしてくれると申し出てくれた男子生徒がいたのだが兄が無理やり付き合いを辞めさせてしまってな。……その後彼はどこかに転校してしまって会えなくなってしまったのだが……。」
毒親ならぬ毒兄じゃねえか。というかますます「恋人です」という紹介は不味い気がするのだが。俺、殺されたりしないだろうか……。
「じゃああんたのお兄さんに会わないように避ければよかったんじゃねえかな……。」
「そうはいかない。兄には交友関係を全て報告することになっている。今日も飲み物を持ってきたあとで起こしに行こうと思っていたのだ。まあ自力で起きてきてしまったが……。」
真面目か。しかしまあ、相生が言っていた紹介したい人というのは相生直の事だったわけである。ともかく、せめて恋人扱いは避けさせるべくさらに反論を重ねることにした。
「いいかい、相生さん。あんた、恋人ってのは好き合ってるひとどうしがなるもんだ。そういう……まあ、なんだ、利害関係で成り立つもんじゃねえ。」
「ふむ?では一日3万円と引替えに君に護衛を頼もうと言う私の申し出は、正しい交際の申し込み、すなわち『告白』ではなかった、と?」
「そうとも。それから、あんたの兄君を安心させたいなら恋人を作るってのは賢いやり方じゃねえ。」
「その心は?」
「あんたの兄君はどうやら相当あんたをかわいがってると見える。そんな可愛い妹が何処の馬の骨とも知らん男に取られたら、不安で夜も眠れんだろうさ。」
「君は馬の骨ではなく六条君だしおにいちゃんは夜には眠らないよ。それに彼はそれほど繊細ではない。」
「……可愛い妹が知り合って間もないクラスメイトに取られたら、嫉妬で気が狂って昼も眠れんだろう、ということだ。」
「なるほど、一理ある。」
兄は一日の半分も眠っているはずなのに全く隈が取れないんだ、と不安げな顔で、相生は棚から新しくグラスを取りだした。兄のために飲み物を用意してやろうと言うのだろう。
「しかし六条君。ひとつ反論をいいかね?」
「聞こう。」
「無論私も当初は恋人の作り方はよく分からないし、作ったこともないしな、と言ったのだ。しかしだな、友人はこういうのだ。『この年で恋人がいた事がないのはちょっと逆に不安じゃない?恋愛経験のない初心な子がのちのち悪い大人に騙されて痛い目を見るって話はよく聞くわ!』とね。」
「ずいぶん、こう、言ってはなんだが耳年増みたいなオーラを感じるぞ。会ったことは無いが、彼女の方が不安だぜ。」
「ふむ、なるほどなと私は思った。納得した。ここいらで恋愛というものを経験しておくのはむしろ人生経験なのではないだろうか。いや、いま経験しないでいつする?と思ってしまったのだ。」
「しまったのか……。」
しかし、なるほど。彼女が「護衛」でも「送迎係」でもなく恋人という呼称にやけにこだわる理由はわかった。恋愛感情から発生した関係では無いものが果たして彼女の友人が示唆した「恋人」であるかといえば、まあそれは絶対に違うと思うが……。ともかく相生はジュースをグラスにとぽとぽ注ぎながら続けた。
「それに彼女はこうも言った。『あなたのお兄さん、ちょっと過干渉だわ。恋人の一つや二つ作って妹離れさせてやるべきよ』。うむ、一理どころか百理くらいある。」
過干渉されている自覚はあったのか。む、しかしなんだか彼女の言うことがどんどん正しく聞こえてくる……。まずい、押されている。
「とにかく、君は兄にも負けない、というかそんじょそこらのチンピラでも一撃でのしてしまいそうな迫力がある。きっと兄も『君ほどの図体ならさぞ強いに違いない、俺の妹を安心して任せられる!』と言うに違いないのだ。」
「あんたさっきのお兄さんの態度見てたか?俺を殺しそうな目をしていたぜ。」
「何を馬鹿な、おにいちゃんがそんなことするわけないだろ。」
「あるんだなあこれが!」
ていうか俺の身長を見込んでって別に身の危険とか関係なく単純に兄対策かい。まあ確かにそんじょそこらのなよなよした美男じゃ「お前に俺の妹が守れるものか!」とか一喝されて追い出されそうだが。相生はまあ万事私に任せてくれと胸を張った。言いくるめる自信があるらしい。俺は諦めの境地に至った。もうどうにでもなれ、である。
bグラスを盆に置いた彼女から盆を取り上げリビングに運ぶ。後ろからとてとてついてきた相生は未だソファでうなだれる兄の横に腰を下ろした。俺はソファの前のテーブルにグラスを置いた。……俺の分として出されていたはずのグラスが空になっていたことには見なかった振りをする。めっちゃ早く出ていかせたがってるなこの兄……。
「おにいちゃん、私と彼の交際を認めて欲しいのだ。」
「むぐ……や、やはり付き合っているのか……!?あいつと……!!」
付き合ってないです。よっぽど言ってやろうかと思ったが相生が目で制したので口を噤む。
「そうなのだ。実は彼のことを好きになってしまって……高校を卒業したら、彼と結婚しようと思っているのだ。」
「ほう。その話詳しく聞かせてもらおうか。」
ダメだこれ、言いくるめる気全然ねえこの女。