お付き合い編2
「貴様……。」
俺を鋭い目線で睥睨している男は、何処も彼処も陶器のように生白い秀麗な顔立ちをしていた。ただ目元に大きな隈をこさえており、濡れ羽色の髪はボサボサで、素直に美丈夫と言えるような出で立ちではない。何より着ているものが小豆色の芋ジャーである。ひょろひょろがりがりという訳では無いがそれでもほっそりしていて、身長も俺より10センチは低く見えた。
「おや、おにいちゃん。起きていたんだな、ただいま。そんなところで立っていないでこっちへ来たらどうだい?あ、六条君、少し端に詰めてくれたまえ。」
……そして彼が入ってきたドアとは反対側のキッチンから、飲み物を乗せた盆を携えて相生が戻ってくる。俺と相生の分であろう、ふたつの透明なコップにはオレンジ色のジュースがなみなみ注がれていて、零さないかハラハラしてしまう。相生がよろよろしながら俺の前の足の低いテーブルまで歩いてきて、そーっと盆を置くまで俺はソファから腰を浮かせて、謎の男の方はやや前傾姿勢になってお互い固唾を飲んで見守った。
……閑話休題。それにしても、おにいちゃん。おにいちゃん?この残念イケメンが?相生兄(仮)は俺が少しソファの端に詰めたのに一瞥すらくれず、お手本のような仁王立ちで口を開いた。読んで字のごとく、金剛力士もかくやという気迫を醸している。
「俺の可愛い妹よ、そこの、男は、一体誰だ?」
ダメだ、かなりブチッときている。一緒に相生の奮闘を(と言っても盆をテーブルに置く程度の働きだが)見守った連帯感的な何かが芽生えていやしないかと思ったが、いや全く。可愛い妹、の部分ではそれこそ愛猫を撫でるような声音だったのに、そこの男、の部分では地の底を這う悪鬼の様なド低音だった。俺はびくびくして(こう見えても中身は小心なのである、意外なことに)、俺は彼女のクラスメイトですと答えたのだが、相生兄(仮)は貴様には聞いてないとにべもない。
「都。この、馬の骨は、どこのどいつだ?」
男から馬の骨に格下げされている。すっかり俺の評価は地の底を突き破ってマイナス値に突入しているらしい。
「彼かい?彼は六条君と言ってね、私の恋人なんだ。」
「はあ?恋人?」
「違います違います全く全然これっぽっちも恋人では無いです。」
相生兄(仮)の目がもう何か、殺意とか憎悪とかで爛々と輝いている。このままでは狩られる。
「……それは、俺の可愛い妹に全く魅力がない、ということだろうか。」
「いえそんなことはまったく!」
「じゃあやっぱり彼氏なんだな!?」
「違います!」
なんて答えても相生兄(仮)の目付きがえげつないことになっていくのだがこれはどうすればいいんだ。俺がまごついていると、ちょっと来てくれ、と相生に手を引かれる。そのまま俺はダイニングをとおりすぎてキッチンまで連れていかれた。
もちろん相生兄(仮)も猛然と着いてこようとしたが、相生が着いてこないでくれと一蹴した。ちらとリビングを見るとさっきまで俺が座っていた場所に座っている。その背中がどこか悄然としており、妹に拒否されたことが相当堪えたのだろうということが窺えた。
「……で、なんだよ。」
「うむ。その、学校で恋人になって私を身の危険からできる限り守って欲しいという話をしただろう。」
「あんた、そんなに小さい声出せたんだな……ああ、いやそれはいい。うん、まあ。聞いたな。」
「その頼みをしたわけにはおにいちゃんがふか〜〜〜く関わっているのだ……。」
……曰く、彼の名は相生直。在宅で仕事をしている成人男性である。彼は見ての通り相生のことをよく可愛がっており、とにかくよく死ぬ妹の身を案じていた。朝は彼が妹の死を防ぐべく車で送っているそうなのだが、帰りはそうもいかない。というのも、彼は完全なる夜型人間で、朝の8時くらいから半日くらいは眠っているのだそうだ。仕事の関係と言うより昔からそういう生活をしていて戻せなくなってしまったようだ。
「……ダメ人間じゃないか。」
「そう言ってくれるな。あれでなかなかできる男なのだ。例えば私のこの体質が今まで噂になっていなかったのも、兄が揉み消していたからだし。」
サラッと恐ろしいことを言う。人の口に戸は立てられぬという言葉を知らないのだろうか。とはいえ、たしかに。第3中学も第4中学もさほど離れてはいない。すぐ死んで、その上生き返る少女が噂にならないなんてことが、普通に有り得るだろうか。とても合法的な手段で揉み消せるような話ではないような……いや、こういうことは深く考えては行けない気がする。
「あれで兄も私を迎えに来るために生活サイクルを治そうとしていたのだ。特に私が帰り道によく死ぬのでな。でも夜型生活が一番性にあっていたんだろう。結局治らなかった。」
「へえ、妹思いのお兄さんなんだな。勘違いしてたぜ。」
「うむ。それで、私は兄を安心させたいと考えたのだ。それには、帰りに私を送ってくれる強い人がいればいいわけだろう?」
「……ん、まあそうだな?」
「そこで私は信頼のおける友達に聞いたのだ。『毎日一緒に帰ってくれて、私のことを守ってくれるような人はいないものか』とね。そうしたら彼女はこういうんだ。『なら恋人を作ればいいじゃない』!恋人というのは……マア作ったことがないのでよく分からないが、ともかく私は天啓を受けた。これが先月22日のことだ。」
「はあ。」
「私は決意した。高校に入学したら、強そうなひとをだれか見繕って、恋人になってくれと頼もう!これしかない!と。」
「ふうん。」
「そこで、どうだ。同じクラスに大柄な男がいるじゃないか!私は運命を感じたね。神は彼に交際を申し込めと言っているのだ!……もうわかるだろう。それが君だったのだ……。」
「へえ。」
いや、そうはならんやろ。