出会い編2
「うう、頭がじゃりじゃりする……。血を落とすのって大変なんだよなあ……。」
「おい、あんた、傷を洗うとかしなくていいのかい。」
思わず問いかけた俺に、相生は目をまん丸にした。150センチあるかないかの高さにある頭がぐっと上をむく。上を向きすぎてひっくり返りそうだったので、俺がしゃがんでやった。凝固した赤い粉がくっついた真っ白なこめかみにはやはり傷一つない。
「ご覧の通り治ってしまったんだ。私は無限の命を持っているのでね。」
「む……無限?」
「果たして本当に無限なのかは神のみぞ知ることだが、そうだな。多分100万機くらいはあるんじゃないだろうか。」
「はあ。」
全く要領を得ない答えである。機、とは機械を数えるときの単位だっただろうか。
「ゲームみたいな数え方するんだな。」
「全くそうなんだ。一機消費すると自動的に次の命が補充されるシステムになっていてね。死ぬと同時に回復するんだ。ただこう、ゲームの蘇生システムなんかを考えてみてくれたまえ。蘇生って、大抵フル回復する訳では無いよな?」
「まあ、HPが半分になってたりとか、あとは経験値が減ってたりとか……あるって聞くな。」
「そうなんだ。私の体にもそれと同じことが起きる。私は無限に蘇生するが、蘇生したあとは死にやすい。めちゃくちゃ死にやすいんだ。もう今なんか転んだだけで死ぬと思うね。」
「ふうん。」
「あっ、信じてないだろう!」
「……とにかくあんた、怪我がないんならさっさと帰ろう。送ってってやるから。」
「送っていってくれるのかい?つくづく紳士的だ。ますます恋人にしたい!」
熱烈である。相生のいう恋人は援助交際相手かボディーガードかのどっちかで、決して彼氏とかボーイフレンドとか『いいひと』って意味じゃないわけだが。
「服の襟真っ赤に濡らした奴を1人で帰せるもんかよ。そんなやつは人としてどうかしているぜ。」
「じゃあさっきまでここいらで私を見物していたやつらはみーんなどうかしていることになってしまうな!」
相生はまたからからと笑う。仁王立ちして腰に拳を当て、仰け反り気味に呵呵大笑する様子はは中々様になっているが、顔色が良くないので今にも後ろ向きにひっくり返ってしまいそうに見えた。もう1回どこかしらに頭をぶつけられても困るので、ひょいと抱えもつ。相当小さいので肩に乗りそうなくらいだ。今日が入学式で荷物がなくて助かった。荷物を取りに戻る手間が省けたし、両手も空いている。
「……うん?」
「あんた、家はどこだ?」
「え?いや、なぜ私は俵抱きされているのだね?」
「転んだら死にそうって自分で言ったじゃねえか。」
「う、うむ。そうなのだが……うん、その、私はあんまり高いところが得意ではなくてな……。」
「あん?……高いっつっても精々180センチプラスちょっとだろうが。流石にその程度で……」
「ごめん死ぬ。」
ごっ、と俺の背中に相生の頭が激突した。ついで細い手足が脱力して伸びきる。おいおい、真逆だよな。そっと相生を肩から下ろして座らせ脈を測る……脈がない!口元に手をやるも息をしていないということしか分からない。あとは目……目は瞳孔が開いて……いや閉じてる方が正常だったか!?ていうか閉じてるか開いてるかがまずわからねえ!そもそも死んでるかどうかの確認方法もよく知らねえ!当然だ、死んだ人を見たこと自体あまりない。生きてる人なら見慣れているんだが!
「お、おい!嘘だろ、ほんとに死んじまったのか!?」
「…………」
「相生さん!」
「……………」
「……」
「……………ぶはっ!びっくりした!」
「うわっ!?」
突然息を吹き返した相生におどろいてひっくり返る。相生はのんきにおい君、大丈夫かい?などと問いかけてくるが、もちろん大丈夫じゃない。こいつはさっきマジで死んでいたのである。俺は今、びっくりというか単純に気が動転している。死んだ人間が軽々行き返った瞬間を見てしまった!
「言ったろ?死んだ直後はめちゃくちゃ死にやすいんだ。ちょっとした精神的ショックでも死ぬ。まあすぐ生き返るんだがね。」
「ああ……そうらしいな……。」
「ともかく送っていってくれるのはありがたいんだが抱え持つのはやめてくれたまえ。死んでしまう。」
「いや悪かった。知らなかったもんで……。」
「うむ。君は素直だな。そう気を使わなくてもいい。普通に着いてきてくれれば……。」
「いやあんた、ちょっと持ち上げられたくらいで死ぬんだろ……?普通についってったくらいじゃ下校中に5、6回は死んじまうんじゃねえかな……。」
相生はすーっと目を逸らした。図星らしい。
「うむ……。そうだな……。では、手を貸してはくれないか、六条君。」
「手を繋げってことか?」
「うん?なんかそういう言い方だと恋人の営みっぽいじゃないか!いいな……。とてもいい!」
「いやあんたと俺は恋人じゃあねえが。」
だいたいあんたのいう恋人ってのは、以下略。俺は相生の手の平に人差し指を添えた。相生はぎゅうっと俺の指をにぎりしめる。異性の手を握ることに抵抗なんかは全くないらしい。
ともかくそうして俺は、入学初日にしてすぐ死ぬ系女子という出来の悪いライトノベルヒロインみたいな存在と出会い、彼女を家に送り届けるというイベントに遭遇したのだった。展開が早くて何よりである。