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鬼闘神楽シリーズ

アドベント

作者: 武神

少し毛色を変えて、ホラー短編です。

子供の頃に見た怪談話から話を膨らましてみました。


タイトルは鏡がキーワードの某仮面〇イダーのパクリ(笑)


※2019/1/2 改稿しました

 俺――――――氷川諒太は胡散臭いオカルト雑誌「MAJIN」のライターだ。

 自分の勤める雑誌社の発刊する雑誌に「胡散臭い」なんて形容詞を態々付けているのは、俺自身、記事の内容に半信半疑だからだ。

 いや、半信半疑なんてものじゃないか。

 俺は自分の書いた記事の内容を含め、こういったオカルト記事の大半を嘘だと思っている。

 だってそうだろう?

 東京とか埼玉の路地裏に妖怪が出ただの、飛行機に乗って吸血鬼が日本にやってきただの、人間が瞬間移動しただの、誰が信じるんだっていう話だ。


 正直な話、俺は今、新しい記事のネタに困り果てていた。

 当然の話だ。嘘っぱちをでっち上げて書かなきゃいけないんだ。多少信憑性のありそうな記事にフェイクするためにも、内容にはリアリティを持たせなければいけないし、何の取材もせずにただ妄想だけで記事を垂れ流すんなら、小説家にでも記事の内容をでっち上げてもらえば良いのだ。


 俺は冷蔵庫から缶ビールを2本取り出すと、自分のデスクに座って、デスクトップパソコンを立ち上げる。それと同時に、無造作にデスク上に置かれていたPS4のコントローラーを取り上げると、PSボタンを押してPS4を起動する。

 ネタが思いつかない時の俺のスタイルだ。

 酒を飲みながらパソコンでメールを見たり、ネットを巡回したりしながら、ひたすらゲームに興じる。

 俺も今年で34歳。この歳にもなって、昼間っからゲームに興じる男など、ニートや引きこもりを除けば俺位のものじゃないだろうか。

 だが仕方がないだろう?

 好きなものは好きなんだ。

 アクションゲームでただひたすらに、一方的に敵に殴り勝つのが好きだ。格闘ゲームで壁反射コンボで相手を封殺し、圧勝するのが好きだ。ホラーゲームの展開を「何をバカな」とバカにしながらクリアするのが好きだ。

 自分でも思うのだが、俺の趣味嗜好は少々ひねくれている。

 こんなゲームの楽しみ方をしているのだから、子供の頃からの付き合いの友達は、次第に俺とのゲームに興じてくれる機会が減っていき、今では誰も付き合ってはくれない。

 まあ、単純に周りの友達も家庭を作って、家庭優先になっているだけというのもあるのだろうが。

 こんな30過ぎても昼から酒を飲み、ゲームに興じる男の事など誰も顧みはしない。



 いや、誤解させたかもしれないな。

 どうせ俺の事を飲んだくれで引きこもりのどうしようもないクズライターだなんて思ったんだろうが、俺にだって女はいる。

 別にそこらへんの風俗で捕まえてきた嬢でも無ければ、セフレでもないし、今巷で言われている「パパ活」とかそういう類のものじゃない。

 一応はちゃんと俺の恋人だ。


 デスクの上の写真立てを手に取る。

 写真には、今よりも少し若い俺と、茶髪のセミロングの髪を前に流して柔和に笑う女が写っていた。2年前に秋田の森吉山に二人で旅行に行った時の写真だ。

 その女―――――――俺の恋人だが――――――は名前を白江美嘉と言い、俺よりもだいぶ年下の、25の食品会社の研究員をしている。こんなしがないライターである俺と、美嘉が出会ったのは偶然としか言いようがない。



 3年前の冬、俺は「妖怪を製造する工場がある」なんてどう考えたって嘘くさいネタを追いかけて、奥多摩へと足を運んでいた。

 本来であれば、朝から現地に入って適当に見て終わらせるはずだったその取材だが、ただでさえも渋滞する中央道がその日は事故渋滞でさらに渋滞し、結局現地入りできたのは夕方。

 クソつまらない取材に少しでも楽しみを持たせべく、肝試しも兼ねて夜にその「工場」なる廃墟へと足を踏み入れる事にした。


 その廃墟は深い山の中にあるとは思えない和風の屋敷であった。廃墟と言っても6~7年前には人の出入りがあったと言われている場所で、他の場所に比べれば随分と小綺麗な印象を受けた。

 ちなみに、人の出入りがあったのは本当らしい。

 昔この地域に住んでいた、「西薗」という富豪が管理する廃墟で、何度か主人がこの廃墟に入るところが目撃されていた。夕方のうちに、現地のジジイやババアに確認して仕入れた確かなネタだ。

 廃墟の中は確かに数年前まで「何か」に使われていた様な痕跡があった。

 でもそれは、怪しい手術台だとか、拷問器具だとか、ヤバい薬の取引情報だとかそんなんではなく、ただ林業道具がいくつか丁寧に並べられただけの、小屋と言っても差し支えないレベルの場所だった。

 どうせ、奥の森の管理のための作業小屋として使っていただけなのだろう。



 俺はまたしても引かされたガセネタに溜息を吐き、屋敷から出ると、後ろから大きな音がした。

 どうせ廃屋のどこかが腐って、何かが落ちた音だろ?

 そんな風に考えて、でも何となく後ろを振り向く。

 大きな音はまた屋敷の中か聞こえた。音の発生源は……床下?

 まるで必死にノックするかの様な音に俺は興味をそそられた。

 よく見れば、一か所、不自然に板張りされた床がある。ライターとしての性なのかは知らないが、俺はその場所がとても気になった。上に乗っていたチェーンソーをどかし、板を剥がす。

 そこには地下室への隠し扉があり――――――



「た、助けてください―――――――っ!!!」



 中から若い女が飛び出してきた。

 それが当時、まだ大学生だった美嘉だ。

 美嘉は恐怖に震え、ただそこに居ただけの俺に必死でしがみついてくる。顔は汗と涙と鼻水でグチャグチャだ。今は自分の恋人の美嘉に対して言う事ではないかもしれないが、ハッキリ言ってめちゃくちゃ汚い顔だった。

 どうせ、友達にいたずらで閉じ込められたところにチェーンソーが倒れて出られなくなったのだろう。

 泣きわめく美嘉を宥めた後、俺は錯乱気味の美嘉を車に乗せて東京に帰る事にした。


 俺と美嘉の出会いはその時だ。

 俺自身は何の気にも留めてはいない出来事だったのだが、美嘉の方はそうでは無かったらしく、俺に懐いて俺の周りをウロチョロしはじめた。当時、特定の女を囲うつもりの無かった俺は、事ある毎に俺のアパートを訪ねてくる美嘉の事を心底鬱陶しく思っていた。

 何しろ、そんな風に俺の周りに纏わりつかれては、好きな時に好きな女を抱けない。

 当時の俺にとって、肉体関係というのは一夜限りが基本。処理に困る性欲の捌け口として商売女を呼んで抱いてサヨナラするのが当たり前だった。

 後腐れの無い関係が好きだったのだ。

 特定の女を持つと、痴情のもつれなどめんどくさい事この上ない。

 そして、それ以上に自分よりも9つも下の女の扱い方がわからなかった。


 だが、一人暮らしの男、しかも家事全般をやる気のない男の家に若い女が入り浸るというのは、生活に激変とまでは行かずとも、多少なりとも変化をもたらすものだ。

 ほぼ毎食コンビニ弁当だった食事は、週3~4日の美嘉の手料理となり、部屋に散らかるばかりだった衣服の類は、本来あるべき場所に戻った。

 俺の生活は少しばかり、人間らしいものとなったのだ。

 全て3年前の出来事である。



 そんな昔話を思い出しながらビールを呷る俺。ディスプレイを見れば、PCは今、OSのアップデート作業中だったようだ。しかも、プログレスバーが中々進捗しない。

 ダメだ、これはしばらく起動しない奴だ。

 俺は中々起動しないPCに苛立ちながら、缶ビールを一気に呷る。

 やはり昼から飲む酒は美味い。ここでつまみ迄持ち出すと、一気に酒宴へと発展して仕事にならなくなるのでやらないが。


 美嘉と言えばたった一点、おかしな特徴があった。

 いや、これをおかしいと言っていいのかはわからないな。仕事柄、色んな人間と話す機会があるがもっとおかしな奴と出会う事も多い。この前出会った「神童」とかいう奴は、本当に頭がおかしい奴だった。

 元々、瞬間移動男とかいうどう考えても胡散臭い噂を頼りに何とか接触できた男だったのだが、言っている事が回りくどくて意味不明だった。あんなに話していてイライラする奴も、ここ最近じゃ中々珍しい。

 何が「あなたはそろそろ自分の世界に帰るべきです。人の世界を壊す事など誰にも許されていないのですから」だ。本当にくだらねえ。


 話が逸れてしまった。

 俺がほんの少しだけ気にしている、美嘉のおかしな点。

 それは、夜に鏡を見る事を異様に嫌がる事。

 それこそ水を怖がる猫の様である。

 理由を聞くと、奥多摩で閉じ込められたあの日の事を思い出すからとの事だが、きっと嘘だ。あの場所の地下室で鏡が見れるんだったら、暗闇に狂乱したりはしないだろうさ。結局のところ、美嘉はいまだにその本当の理由を頑として語ろうとしない。



 そんな美嘉の事を考えていると、PCのアップデートが終了しているのに気が付く。画面はWindows 10の待機画面だ。

 パスワードを打ち込み、ログイン。

 即座にメールソフトを起動し、メールチェックしてネタ探しをする。


 何々?

 「超ジャンプ女」…………?

 馬鹿か。うちの雑誌はオカルト雑誌であって、びっくり人間紹介誌じゃねえ。

 「西東京森林公園爆発火災事故の真相」…………?

 何だこりゃ?

 まるでテロの現場だな。

 こりゃ確かに追いかければスクープになるかもしれんが、俺は報道記者じゃない。パスだ。

 大体だ。警察からの公式発表が不発弾の爆発となってんのに、それを穿り返したら絶対諜報機関に消されるだろ。こんなものに関わるつもりなんか微塵もないね。

 「幽霊少女」……?

 ああ、この添付ファイルのガキ、知ってるよ。

 北神神社の一人娘だろ?

 一回別件で会った事があるけど、生意気な女だったよ。こんなガキ相手に取材なんか死んでもお断りだね。こいつもパスだ。


 やっぱり今日もロクなネタがねぇな。ホント、何かねぇのかよ。

 そんな風に悩みながらPS4のコントローラーを握る俺は一つの事を思い立つ。

 どうせなら心霊現象が起こると言われていることを試してみればいいんじゃないか?

 あったじゃないか。子供の頃見た本に書いてあったことの様に、○○を△時にすれば□□が起こるっていうのが。

 簡単に思い付く事なら百物語とかな。



 俺はデスクの上にコントローラーを投げ捨てると、パソコンのブラウザを開く。

 今の俺は発想の塊だ。思い付くままにワードを打ち込み、検索。あらゆる情報を収集する。「紫の鏡」、「血塗れのコックさん」、「こっくりさん」、「口裂け女」――――――


 夢中になるうちに時間を忘れ、気が付いたらとっくに陽は暮れていた。

 結構集まったな。まあ、どれもどうせ都市伝説レベル。試したところで何も起こりはしない。

 そんな風に思って、簡単にできる幾つかの都市伝説を試してみた。




 ――――――当然ながら何も起こらない。

 当たり前だ。ちょっとネットで検索して出てくる程度の事を試して怪奇現象が起こるんなら、この日本は怪奇現象まみれになっている。

 段々とこんな事をやっている自分がバカらしくなる。

 こんな子供騙しの都市伝説の検証記事など何が面白いのか。さっきは名案だと思ったんだが、まさかこんな下らない記事を書こうとしてたなんてな。

 そう思って、手元にあるメモをグシャグシャに丸めてゴミ箱に投げようとした俺は、ふと手元の文字が気にかかる。


「夜中3時に洗面器に水を張り、刃物を咥えて覗き込めば、もう一人の自分が現れる」


 何故かこの文字を見たとき、何故か猛烈に懐かしい気持ちになった。試したい。確かめたい。何故かそんな気持ちがどんどん膨らんでくる。

 まあ、やり方も簡単だし試してみる位良いだろう。どうせこの記事はボツなのだ。少し位遊んだってバチは当たるまい。

 だけど俺、こんな都市伝説本当にメモしたか…………?



 ――――――~~~~~~♪♪



 俺のスマホが鳴る。

 発信元は「白江美嘉」。



「もしもし?」


『あ、もしもし諒太君? ちょっといい?』



 34のオッサンを捕まえて「君」はないだろ。

 という事をいつも言っているのだが、まるで聞き入れるつもりがないのか、一度として改善したことは無い。

 俺と出会った頃から変わらず、本当に強情な女だ。



「どうした美嘉?」


『ごめん、今日行けなくなっちゃった…………っ!』


「おぉう、マジか……。」


『ホントごめんね! 今日、どうしても終わらせないといけない試験があって…………』


「きにすんな。仕事頑張ってこい。」


『ありがと、諒太君………………大好きっ!』



 電話が切れる。

 美嘉の奴、最後に恥ずかしい事を言いやがって。

 しかも、アイツ今職場だろ?

 俺ならあんな事死んでも言えねぇ。

 やれやれ、それにしても、サラリーマンというやつは嫌だねぇ。俺は残業だとか、付き合いの飲み会だとかそんなのはゴメンだね。だから、このクソみたいなライターの仕事を選んだんだが。


 俺は家にストックしてあったカップヌードルを取り出すと、ケトルで湯を沸かして注ぐ。

 美嘉がうちに来ない日の俺の飯は今だって大体こうだ。

 俺は午前3時まで待つべく、カップヌードルをすすり、ビールを飲み、ゲームに興じる。




 ――――――午前2時55分。

 もうそろそろか。

 俺は台所から包丁を取り出し、風呂場に投げ入れると、洗面器に水を張る。

 準備はこれだけだ。さあ、さっさと試して寝ようじゃないか。

 テレビを消し、PCをシャットダウンすれば準備は万端だ。

 さっさとこの子供騙しの遊びを終らせて、至福のおねんねの時間に突入するのだ。


 2時58分。そろそろか。

 俺は風呂場に投げ入れた包丁を拾い上げると、口に咥える。手で持つと感じないが、口で咥えると刃物の重さというのはかなりのものだ。落とすと怪我をするのは間違いないので、気を付けなければならない。


 2時59分。

 洗面器を覗き混んだ。

 静かな水面を覗き込めば、刃物を口に咥えた自分の顔が映りこむ。

 シケた顔だ。昔はもう少し顔に自信があったものだが、今では見る影もない。自分で言うのも何だが、嫌な目付きと増えた皺。老けたもんだ。

 だが、水面に映る俺の顔は、どこかワクワクしたガキの様にも見えた。何が起きるんだろう、何と出会うんだろう。

 ……ハッ。わんぱく少年なんてガラかよ。



 そして――――――運命の午前3時。

 …………。

 ははっ…………。

 ははは……………………っ!!

 そうだよ、何を期待してるんだよ俺は……。

 どうして何かが変わるなんて期待をしてたんだよ……。高々刃物を咥えて水面を覗きこんだぐらいで何が起こるって言うんだ。

 そりゃあ、俺は今の俺自身に不満だらけさ。こんなクソみたいなアパートに住んでる事も、あんなクソみたいな雑誌のライターをしていることも、こんなクソみたいな人生を送っていることも。全部全部不満さ。

 バカみたいだ。

 何もかも。


 3時00分45秒―――――――

 バカらしい。

 バカバカしい。

 クソだ、クソったれだ。

 もうやめよう。あと数秒もすれば、午前3時1分だ。


 ん……?

 今、水面に映る俺の顔がおかしかったような…………。


 3時00分55秒。

 俺、こんな顔してんのか……?

 目は血走って、全てを恨むような顔してさ。

 俺、そんなつもりは無いんだが………………



 ――――――返せよ、俺の世界――――――



 目を覚ましたら、全裸でベッドの上に寝ていた。

 あれ、俺、いつの間に寝てたんだ?

 昨日は確か、ネットで都市伝説を調べててそれで…………



 ――――――もぞもぞ。


 何だ?

 自分の胸元を見ると、そこには一糸纏わぬ美嘉の姿。

 あれ……? 確か、昨日は来られないって……。



「ん…………。あん…………っ。」



 美嘉が艶かしい声をあげる。



「おい、美嘉。美嘉……? 起きろよ。」


「ん……。んん…………?」


「おはよう、美嘉。」



 美嘉が目を覚ます。

 寝ぼけ眼のまま俺を見つめると、俺の胸元に顔を埋めた。

 これは、俺の好きな美嘉の仕草だった。



「おはよう、諒太君…………」



 頬を赤く染めて、美嘉が俺を見つめてくる。

 やっぱりコイツはこういうところが可愛らしい。

 いつまで経っても、処女の様な恥じらいを持った反応をしてくるこの女が何となく愛しい。今まで後腐れの無い関係が好きだった俺が、美嘉を手元に置いている理由がこれだった。



「美嘉、お前、いつの間にうちに来たんだ?」


「え? 何言ってるの、諒太君。昨日も普通に来たじゃない、私。」



 は…………?

 何言ってるんだ、この女は。

 昨日、間違いなく残業で来れないって連絡してきただろ。

 そう思って俺はスマホを操作する。

 なんか、文字が読みづらいな……。寝起きとは言え、いくらなんでも年寄り臭すぎんぞ、俺。

 そうして見た通話履歴には――――――「白江美嘉」の名前は無かった。



「どうしたの? 諒太君。」


「あ…………? いや、何でもない。」


「そっか…………。ね、諒太君。まだ出勤には早いよね? もう一回……………………シよ?」



 当然ながら、俺は美嘉を美味しく頂いた。



「行ってきます――――――!」



 アパートから出ていく美嘉を見送る。

 今日の美嘉はやけに積極的だった。いつもは殆どマグロな美嘉には珍しい。美嘉から何度も求められて、何度も彼女の中に注ぎ込んだ。

 まあ、美嘉が孕んでしまった時は年貢の納め時だろう。俺だって、責任取って娶る位の甲斐性は身に付けているつもりだ。


 そんな事を考えていると、編集長から電話がかかってきた。

 何だよ。記事の締め切りにはまだ早いだろ。



「もしもし、氷川です。」


『おい、氷川! てめえ、何してやがんだ…………!! さっさと会社に出てこい。』


「は……?」


『何が、は?だ、このボンクラっ! さっさと出てこい!』



 編集長はそうがなり立てると、乱暴に電話を切った。

 は……?

 俺は基本出社しないし、そもそもフレックスタイムだろ。なんで社畜共のタイムスケジュールに合わせなきゃいけないんだ。

 とにかく、編集長に文句言ってやらないと気がすまない。

 俺は適当に身なりを整えると、家を飛び出す。

 ああ、気分が悪い…………。

 今日はやけに文字が読みづらいし、頭も痛む。

 ったく、クソったれめが。あのクソ編集局長が、ふざけた事をぬかすんだったら、マジで編集部辞めんぞ。アンタの部下なんか片手で数えられる程しかいないんだ。俺が辞めたら困るんだろが…………



「おい、氷川……! てめえ、今回の記事もガセネタ書きやがって…………! てめえだけだぞ、こんないい加減な記事書いてやがんのは…………っ!」



 は?

 いい加減な記事だと?

 ふざけんじゃねえ。てめえの方がよっぽどいい加減な記事書いてんじゃねえか…………!

 そう思いつつも、何だかんだチキンな俺は編集長に何も言い返せない。結局、社会人というやつは肩書きがモノを言うのだ。



「何だコレ……?」



 編集長に突き返された記事は、日本語も無茶苦茶。本文中で述べる意見だって無茶苦茶な文体の、有り体に言ってクソみたいな記事だった。

 大体何だこの記事?

 「夜の闇を駆ける国家機関。ひた隠しにする、男達の戦い。」

 おいおい、いつからうちは典型的な報道雑誌に変わったんだよ。そもそもの話だ。俺はこんな記事書いた覚えがねぇ。

 仕方ない。誰がこんなゴミみたいな記事を書いたのか知らねぇけど、推敲ぐらいはしてやるか。



 まったく、赤の他人が記事が書いた記事を推敲させられるなんて、俺も本格的にツイてねえな。

 それにしても、赤の他人の記事を完璧に推敲して、論点の矛盾を直した記事で再提出してやったら、編集局長のやつ、目が飛び出しそうな勢いで驚いてやがった。

 そんなに驚く事かね。

 そもそも、アンタの拙い日本語を毎回毎回チェックして推敲していたのは俺だろうが。それなのに、あんな態度取りやがって……。



 クズが…………。



 憤慨する俺は家路を急ぐ。

 ったく、俺は出社しなくても良いことになっている筈なのに、20時迄会社に残る事を強制するなんてどういうつもりだよ、あのクソ編集局長。

 それに、意味がわからなかった。俺のデスクのPCには、俺の目から見てもクソみたいな記事の数々か入っていた。それも、俺の名前でだ。

 ついでに言えば、うちの雑誌はいつから報道なんて真面目な話題取り扱う様になったんだ?

 まさか、俺が出社しない間に俺に内緒で、方針転換したっていうのか。ふざけやがって。

 俺は肩を怒らせながら家に転がり込んだ。



「あ、お帰り、諒太君。」



 帰ればそこには料理を作る美嘉の姿があった。

 学生時代から変わらない無防備な姿。

 ――――――俺は無性に美嘉を抱きたくなった。



「美嘉、今から…………いいか?」


「うん……………………いいよ……。」



 ――――――あるべき場所に戻っただけだろ?



「ハァ…………ハァ…………ね、諒太君。まだ……………………いいよね?」



 おいおい…………何なんだ、美嘉の奴。もう5回目じゃねえか。普段だったらあっという間に動けなくなって、寝始めるところだろ。

 そもそもの話として、美嘉はこういった身体の交わりがあまり好きではないタイプだったはずだ。今までも俺が不完全燃焼で夜を終えた事だって1度や2度の話じゃない。

 こんなのはあまりにも美嘉らしくない。

 ――――――結局この日は朝も含めて8回も交わったのだった。

 美嘉に何かあったのだろうか?



 あれから俺は真面目に会社に出社するようになった。

 なぜかわからないが、所属する出版社は真面目な報道雑誌に変貌。

 そして社内での俺の立場も見る見るうちに向上していた。この3か月で俺はチーフライターの座に就任。給料も上がり、今住んでいるアパートを引っ越して、もっと都心に近いマンションに引っ越すことも決めたのだ。

 間違いなく俺の運気は上がってきている。


 だが、相変わらず読みづらい文字と、どこまで行ってもつき纏う違和感に俺は苛まれていた。



 文字が読みづらい件は病院に行ってもよくわからなかった。

 医者は何も異常な所は無い言う。俺だって、文字が読みづらい以外の自覚症状は何もない。ディスレクシアではないかとも疑われたが、俺は先天的に持っている障害は無い。

 失読症の線も疑ったが、特に脳にダメージを負うような事をした覚えも無ければ、別に書いてあることの意味がわからなかったり、意味がわからなかったりするわけではないのだ。


 そして、どうしてもつき纏う違和感。

 仕事の内容もそうなのだが、「あれ? こんなんだったか?」と思う事が最近とても多い。

 その度に周りの人から「寝ぼけてるんじゃないか」なんて声をかけられるのだが、冗談じゃない。

 俺は記憶力には自信があるんだ。そんな事は絶対ない。

 でも、手元にある様々な証拠や、様々な状況は周囲の人間の言っている事が正しいと、俺に事実をつきつける。本当に意味がわからねぇ…………。


 極めつけは昨日の晩の事だった。

 俺は昨日も美嘉の事を抱いた。正直、今でも信じられない。 

 俺と美嘉が付き合い始めてから3年、2日連続で美嘉と身体を重ねた事など唯の一度も無かった。だがこの3か月、美嘉の仕事が本当に忙しい日を除けば、俺は毎日美嘉と枕を共にしている。

 そしてそれは、4回戦が終了した後に起きた。



「なあ美嘉、聞いてもいいか?」


「どうしたの? 諒太君。」


「お前、何かあったのか? 前はこんな何回もシたがらなかっただろ。まあ、俺は嬉しいから良いんだけどよ…………。」



 何となく気になっている事を聞いただけのつもりだった。

 だが、それは意図せぬ劇薬だった。何も考えないようにしていたこの3か月を、再び「おかしい」と思わせる爆弾であった。



「え? 何言ってるの諒太君。私こそ、諒太君が突然たくさん愛してくれるようになって、びっくりしてるのに。全然体力無くて、ちゃんとシてくれなかったのは諒太君の方でしょ?」



 全く意味がわからなかった。

 絶対そんな筈は無いのだ。でなければ、俺が密かに抱えていたあの鬱屈とした想いは何だったというのか。俺は自分の気持ちすらも勘違いしていたっていうのか?

 ふざけんな、バカな事を言ってんじゃねぇ…………!

 記憶は間違っていても、自分の感情を間違う様な奴がいるかよ!


 俺は美嘉と話をした。俺達が共に過ごしたこの3年程の事を。

 当然ながら、俺の記憶に間違いは無かった。

 無い筈だった。

 いや、大半の記憶は俺達の中で共有されていた。当然の事だ。2年前の秋田の森吉山に行った時の事も何も違わず二人の記憶は一致した。

 だけど所々がおかしかった。


 出会った時の事だ。

 場所はおかしくない。奥多摩の廃屋の屋敷だった。

 だが、閉じ込められていたのは俺の方だって?

 ――――――冗談じゃない。俺はそんな取材先でドジ踏んで閉じ込められる様な間抜けでも無いし、そもそも閉じ込められていたのは美嘉の方だろ。

 ふざけんじゃねえ………。

 それに、このアパートに来るのは付き合うまで一度も無かっただって?

 何言ってんだよ。お前、俺が嫌がってるのもお構いなくしつこく来てたじゃないか。何度も何度も。

 俺が追い返したって何回も何回も。諦め悪く何度も来てたのはお前の方じゃないか。



 明らかにかみ合わない俺達の会話。

 最終的に美嘉は機嫌を悪くしてしまった。



「ごめん、今日はもう寝るね。」



 美嘉がこんな態度を取るなんて珍しかった。

 俺の意識が落ちる瞬間、聞こえてきた台詞。あれはどういう意味なのだろう。



 ――――――そっか。もう諒太君は"ホンモノ"じゃないんだね…………。



 俺は帰り道、行きつけの酒屋で白ワインを買って帰る。

 たまには美嘉に良いワインを飲ませてやろう。いつも飲んでる酒は、どこにでも売っている、安いビールなわけだし。

 俺は唯そう思っただけだった。

 いや、これを因果関係と取るのは多少無理があるだろう。

 もう、昨日があった時点で避けようのない因果だったのかもしれない。

 何時間かぶりに戻った暗い家には、美嘉も、美嘉の私物も、美嘉が暮らした痕跡も、何もかも無かった。もぬけの殻だった。

 テーブルには唯一枚の紙きれが。


 ――――――"サヨナラ"




 絶対に何かおかしい。

 こんな筈じゃない。

 俺は泣いていた。美嘉の居ない家でただ子供の様に。

 もしかしたら、あの日出会った美嘉以上に。


 絶対に俺の記憶は間違っていない。間違っているのは、歪んでいるのはこの世界の方だ。

 俺の世界を壊す権利は、世界にだって有りはしねぇ…………!

 そうだ、「神童」だって言ってたじゃねえか。人の世界を壊す事は誰にだって許されてねえんだよ……………!!


 そう思った時、俺は握りこぶしを固めて家にあった姿見を殴りつけていた。



 ――――――ガシャアアアァァァァァン……………



 床に鏡の破片が飛び散る。

 なぜか飛び散った破片に映る光景に安心感を覚える。



「そうだ、『アレ』をやれば…………」



 俺は何かに突き動かされるように、台所から包丁を何本か取り出すと無造作に鞄に突っ込む。

 まだだ。まだその時じゃない。暇つぶしをしよう。

 俺は唐突に理解していた。『アレ』は世界の扉の開き方だって。俺は"裏"から始まり、"表"になって、また"裏"返した唯一の人間だって。

 「3時」はルールなのだ。扉を開くための。コインの"表裏"をひっくり返すための。

 まるで天啓にも似た理解を得た俺は、床に飛び散った鏡の破片を片付ける事も無く、家を飛び出した。


 昔からこの手のゲームは好きだったが、こんな爽快な気持ちになった事は随分久しぶりの事だった。  俺が"表"になっているときは、データの敵にぶつけるだけで終わっていたけど。

 "裏"だった時はしっかりと楽しんでいたじゃないか。

 逃げ惑う敵を徹底的に斬り刻み、嘲るように踏みつぶし、絶望を叩きこむ。

 あぁ、キャンキャンうるせぇなぁ…………。

 楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、快感、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、絶頂、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、恍惚、楽しい、楽しい、悲鳴が気持ちいい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、赤が綺麗だ、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、楽しい、コロス―――――――――



 ゲームをしていると時間はあっという間に経つものだ。

 俺は家に帰って洗面器に水を張る。

 そう言えば思い出したよ。

 昔。それこそ俺がまだまだ小さいガキだった頃の話だ。

 前も同じ事やったなあ。

 とても懐かしい気分になった。


 俺は刃物を咥えて、水面を覗きこむ。

 後は向こう側から扉が開く一瞬を待つだけ。

 "表"も"裏"も経験した俺だから、俺達だからこそ許された裏技。

 扉そのものではなく、扉の覗き窓を開ける方法。コインの"表裏"をひっくり返すのではなく、一つにして"表裏"を無くしてしまう方法。

 "表"の俺はきっと扉を開く事は二度としないだろう。だが、鏡を覗き込むという事は世界を覗き込む行為に他ならない。



 あれからどれだけ経ったかはわからない。

 だが今、欠片の揺らぎもない水面には、絶望と困惑に染まって涙を流す俺の姿が映っていた。

 ――――――あぁ、今の『俺』ってこんな顔してんだな。






 目を覚ますと俺はベッドで寝ていた。

 体を起こすと、部屋に飾っているカレンダーが目に入った。

 12月28日。

 今日は今年最後の最終出勤日だ。

 それにしても、文字が読みづらくて仕方がねぇ。まるで鏡文字じゃねえか。ったく、気分悪ぃ…………。


 ベッドから這い出すと、なぜか身体がおかしい。だけど、俺はその状況を正しく理解していた。

 正確には覚えていたというのか、思い出したというのか。だが、そんな事はどうでもいい。

 俺は完全な俺になった。世界は繋がり、表と裏は一つとなり、全てが"真"となった。

 すなわち『ボク』は美嘉が「ニセモノ」である事に絶望し、引きこもった。身体は弱り切っていた。

 俺は自分の部屋を出る。



「――――――…………っ?!」



 そこには、丁度俺の部屋に入って来た瞬間で、まるで死人を見たかのような驚きの表情をする美嘉が居た。

 目の下には濃いクマが浮かび、痩せ細って血色を悪くしている。今にも死にそうな感じがする。



「諒太君…………だよね…………?」



 当然だ。

 俺が氷川諒太に見えなければ、誰に見える。



「そんな…………そんな…………。もう…………もう絶対顔も見れないと思ってたのに…………………っ!! 何してたの?!」



 美嘉が泣きながら俺に抱きついてきた。

 俺は俺だ。

 俺は俺のやるべき事を。



「ちょっと意味がわからないよぉ……………………。諒太君、急に私に怯えたかと思ったら、『キミは最早"ホンモノ"じゃないのか!』って言ってお部屋に引きこもったまま、全然出てきてくれないし…………。ホントこの3ヶ月、何してたのよぉ…………!」



 俺は俺を取り戻しに。

 でも大丈夫だ。『ボク』が俺を見つけてくれたおかげで完全になった。


 美嘉は暫くすると泣き止み、「とりあえず、会社行ってくるね……っ。」

 と言って家を出ていく。



 そう言えば忘れてたけど、「ホンモノ」のアイツ、俺を裏切ったよな?

 何だろうか、胸の中に燻る血色の炎が心地よい。弱り切った身体を動かす燃料としては十分だ。

 アイツが「ニセモノ」だったとしても、ゲームの贄とするのに丁度いい。

 俺は台所に行って包丁を取り出した。



「ちょっと氷川さん…………?! 右手のそれっ!」



 あぁ、すみません大家さん。気にしないでください。俺、ちょっとどうしてもやらないといけないことがあるんで――――――

 死んでくれませんか?



 あぁ、暖かくて気持ちいいなぁ。

 どうしてずっと忘れていたんだろう。何もかも満たされている『ボク』を、全部台無しにしたいと思ってたのに、こんなにも時間がかかっちまった。

 まったく誤算だったよ。『ボク』が俺になった時に、俺は俺でなくなったなんてさ。『ボク』は向こう側でも変わらず『ボク』だったみたいだがよ。

 どれ位だっけ?

 もしかして27年か。だったら、俺は大馬鹿者だ。そんなにも本来の目的忘れちゃうなんてさ。

 俺は俺を取り戻すのに27年もかかった。もっとも、全てを思い出すのに『ボク』が俺になる必要があるとはその時は思いもしなかったけども。


 あ、あの後ろ姿、美嘉だな。

 信号待ちか、丁度いい。お前、案外足早いからな。かけっこは参加辞退だ。



「美嘉っ。」


「え、諒太君……………………?」



 ――――――サクッ






『続いてのニュースです。本日午前8時頃、埼玉県さいたま市西区の住宅地で連続殺人事件が発生致しました。警察の発表によりますと、3人が死亡、8人が重軽傷を負い、うち死亡1名は事件を起こした「奇跡出版所属ライター 氷川諒太容疑者」のものであることが発表されました。警察では…………』

いかがでしたでしょうか。



設定を反映するつもりは全くありませんが、舞台は現在連載中の小説「鬼闘神楽」と同じ世界観の世界となります。そして向こう側を知らなくても読めるようになっています。

知っていると小ネタが少し面白いぐらい。

もしお時間ございましたら、そちらもチェックしてみてください。


それでは、お読みくださいまして誠にありがとうございました。

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