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病室です。今ドアの向こう側からノックがありました。この病室にいる人がそれに応えました。
「はい」
大きなドアが開き、花束を持った千可ちゃんが入ってきました」
「こんにちは」
病室の中は城島さん1人でした。城島さんはベッドで寝てました。その両目には痛々しい包帯がありました。
「その声は羽月さんね。あれ、1人?」
「はい。今日は1人で来ました。そう言えば、お父さんとお母さんは?」
「町に行ったみたい。買い物してくると言ってたけど・・・
お母さん、今回のことでかなり怒ってるんだ。お母さんがいない時に来てよかったよ」
「あは、そうなんだ。うちのお母さんも怒ると怖いんだよ」
「ありがとうね、羽月さん。お見舞いに来てくれて・・・」
ここから城島さんの声が急に涙声になりました。
「私、悔しいなあ。こんなことで失明しちゃうなんて・・・
ねぇ、羽月さん。羽月さんには不思議な力があるんでしょ」
城島さんは男にレイプされそうになったとき、テレビから長髪の千可ちゃんが抜け出てきたシーンを思い出しました。
「あのとき羽月さんはテレビの中から這い出てきたよね。私、はっきりと覚えてるよ」
千可ちゃんはこのセリフにドキッとしました。これまで城島さんは、あの瞬間を見てなかったと思ってたからです。
城島さんの発言は続きます。
「あんなすごい力持ってたら、人には絶対内緒だよね。だから私も内緒にしてきた。
ねぇ、羽月さんなら山上静可に勝てるんでしょ? 私の仇を取ってよ、お願い!」
城島さんの切なる願い。でも、実のところ千可ちゃんは山上静可に勝てる自信がありませんでした。
「ねぇ、羽月さん・・・」
城島さんは回答を促してきました。左眼を失明。右眼も失明寸前な城島さんのたっての希望です。千可ちゃんはむげに断ることができませんでした。
「うん、わかった」
千可ちゃんは気持ちとは裏腹に笑顔で応えました。すると城島さんの口も笑顔になりました。
「ありがと。期待してるよ」
と、ここで千可ちゃんはあることを思いつきました。
「そうだ。城島さん、ちょっと触らして」
「え?」
千可ちゃんは右の掌を城島さんの眼に当てました。するとその掌から淡い光が発生しました。治癒の光です。千可ちゃんは心の中で言いました。
「眼ん球がなくなっちゃった左眼はどうにもならないけど、右眼はなんとか・・・」
千可ちゃんの治癒能力はお母さんの治癒能力の1/10以下ですが、それでもかなりの威力がありました。
城島さんの口が和らいできました。
「ああ、何これ? 気持ちいい・・・」
城島さんはそのまま寝入ってしまいました。それを確認した千可ちゃんは安心した顔になり、病室を出ようと振り返りました。が、突然はっとして振り返りました。千可ちゃんはたった今視線を感じたのです。もしや、山上静可がここにいる?
千可ちゃんは霊視能力をフルに発揮しました。けど、何もひっかかりません。ひっかかる幽霊はザコ以下。千可ちゃんは気のせいだと思って、病室を出ました。
病院の1階です。いつもなら混雑してる病院の1階ですが、今日は休日のせいか、閑散としてました。その中を千可ちゃんが物思いにふけながら歩いてます。
「やっぱり山上静可と対決しないとダメかなあ・・・ 私も呪われてるみたいだし・・・」
千可ちゃんは自動ドアを開け、風除室に入り、その次の自動ドアを開けました。ここからは屋外です。エントランスは庭に面していて、その向こうには街道があります。駐車場とタクシー乗り場とバス停は千可ちゃんの右手側にありました。
千可ちゃんがふと右側を見ると、遠くに2つの人影がありました。城島さんのお父さんとお母さんです。こっちに向かって歩いて来るようです。千可ちゃんはあいさつしようと思いましたが、ここでさっきの城島さんセリフを思い出しました。
「お母さん、今回のことでかなり怒ってるんだ。お母さんがいない時に来てよかったよ」
「あは、あいさつせずに帰ろっと」
千可ちゃんはそのまま街道の方に向かって歩き始めました。と、突然ホイールスピンの音が。千可ちゃんがはっとして右側を見ると、城島さんのお父さんとお母さんが真後ろから突進してきた自家用車に撥ねられたところでした。2人の身体はバンパーで撥ね上げられ、フロントガラスとルーフの境目でさらに撥ね上げられ、宙を待ってます。信じられないくらいの高さです。




