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2人の自転車が大きな樹の下に差し掛かりました。そのとき千可ちゃんの斜め後ろを走ってた森口くんがなんの前触れもなく悲鳴をあげました。
「うぐぁっ!」
「えっ?」
千可ちゃん、急ブレーキ。振り向くと森口くんは自転車とともに倒れてました。その前に1人の男が立ってます。千可ちゃんはその男の顔を見ました。
「戸村?」
そうです。森口くんは戸村に襲われたのです。千可ちゃんの眼には、戸村の背後にいる戸村に憑りついてる複数の悪霊が見えました。悪霊たちの不気味な笑い声が響いてます。
「へへへ・・・」
「このーっ!」
千可ちゃんは自転車に跨ったまま、右手を突き出しました。するとその右手に強く光る物体が現れました。この前使った脇差を出現させる気のようです。が、戸村はすでに千可ちゃんに向かって突進してました。そして千可ちゃんが次の行動を起こす前に、千可ちゃんの顔面に強烈なパンチ。千可ちゃんの身体は宙を舞い、後頭部からアスファルトに叩きつけらてしまいました。
「ああ・・・」
千可ちゃんはなんとか動こうとしますが、身体がまったくいうことをききません。鼻孔からは血が流れてます。その千可ちゃんの前に戸村が立ちはだかりました。
「おい、ちょっと金貸してくれないか」
「くっ・・・」
千可ちゃんは戸村を睨みました。
「なんだよ、その目は?」
戸村は右足を思いっきり上げました。千可ちゃんの顔面を踏み潰す気です。
「死ねや、このブスやろーっ!」
千可ちゃん、危ない! が、ここで千可ちゃんは最後の力を振り絞って叫びました。
「やめてーっ!」
ドックン! 戸村の心臓に衝撃が走りました。
「うっ?」
戸村は心臓を押さえ、うずくまりました。
「な、なんだよ、これ?・・・」
千可ちゃんは失神寸前です。その千可ちゃんの眼に、おぼろげに何かの光景が現れました。絵馬です。そうです。あの呪いの絵馬です。千可ちゃんはその絵馬に書かれた文字を読みました。
「1年3組戸村死ね・・・」
その瞬間戸村の胸に再び衝撃が走りました。今度はさらに強烈です。戸村は胸を押さえたまま、逆エビ反り状態に。
「うぐぁーっ!」
戸村は口から泡を吹き、そのまま伸びてしまいました。一方千可ちゃんも気を失ってしまったようです。
ここは病院の処置室のようです。お医者さんがイスに座ってる千可ちゃんの左ほほにガーゼを貼ってます。千可ちゃんの左眼下部は殴られたせいか、大きく腫れ上がってました。
「よし、OK!」
お医者さんがこう言うと同時に、向こう側からドアがノックされました。お医者さんの返事です。
「はい」
ドアが開き、2人の男が入ってきました。1人は50代の男性、もう1人は20代の男性です。
「あ~ 失礼しますよ」
2人の男は懐から手帳を取り出し、その中のバッジをお医者さんに提示しました。
「あ、どうも。私たちはこういう者です」
どうやら2人は少年課の刑事のようです。ベテランの刑事さんの発言です。
「その子と話がしたいんですが、よろしいですか?」
「ああ、どうぞどうぞ」
お医者さんはドアを開け、処置室を出て行きました。さっそくベテランの刑事さんが千可ちゃんに質問しました。
「え~ あなたが羽月千可さん?」
「はい」
「いろいろ質問しますが、よろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃ、質問します。何があったか、覚えてますか?」
千可ちゃんは戸村に殴られた瞬間を思い出しました。
「戸村に襲われました」
「あ~ そこまではわかってるんですよ。問題はそのあと。なんで戸村は死んだのか、わかりますか?」
その瞬間、千可ちゃんの身体に衝撃が走りました。
「えっ、死んだ?」
千可ちゃんは思い出しました。あのとき薄れる意識の中で千可ちゃんが発した言葉、「戸村死ね」 そうです。あのとき千可ちゃんは戸村を呪ったのです。
千可ちゃんのお母さんの見立てだと、千可ちゃんの人を呪い殺す能力はピカイチ。お母さんはそれを恐れて、千可ちゃんに人を呪うな、人を呪うなと何度も言い聞かせてきました。そのせいで千可ちゃんは人を呪う方法を知りませんでした。でも、あのとき火事場のくそ力で千可ちゃんの呪いの能力が一気に開花してしまったようです。
千可ちゃんの両眼から一筋の涙が流れました。それを見てベテランの刑事さんがびっくり。
「あ~ 羽月さん、大丈夫ですか?」
「す、すみません・・・ ちょっと1人にさせてください・・・」
ベテランの刑事さんと若い刑事さんは、お互い顔を見合わせました。2人の刑事さんはドアを開け、
「わかりました。羽月さん、明日また来ます」
と言うと、部屋を出ていきました。ガタン。閉まるドア。次の瞬間、千可ちゃんの目から涙がどっととあふれ出てきました。
「うわーっ!」
ついに千可ちゃんが大声で泣き出してしまいました。たとえ自分を傷つけた悪党とはいえ、生身の人間を呪い殺してしまったことに深い心の傷を追ってしまったのです。