王都
「フィルネリアさんあれ、迷子ですかね」
「いや、あれは迷子では無いな。背格好は似てるが、服が少し違う」
「王都で、迷子探しとか無理ですって!見てくださいよ、この東京並の人混み!」
「とーきよ?」
「あー書物で読んだ様な〜そ、そう。えっと、まあそうなんですよ」
「そうか。仕方ないだろ、あんなに困ってたんだ、助けてやろうじゃないか」
「そうですね。お母さん、めっちゃ困ってましたもんね」
「優しい男はモテるぞ!」
「人妻にモテてもなぁ……」
遡ること数時間。
門の所で泣いてた母親を、見捨てられなかったというだけの話。
「おい。あれじゃないか」
なんでこんな羽目に。とか、思っていたら声がかかった。
「え、何処ですか」
「ほら、あそこだ」
「あー!いた!間違えない。あの服装多分息子さんですよ!」
「よし。母親が、門の所で大人しく待っててくれると良いんだが」
「今度は、母親探しとか勘弁ですよ」
門の所に子供を連れて戻ると、まだ、母親がいた。良かった。慣れない所を歩き回ったせいで、俺もクタクタだったんだ。漸く休める。
「ありがとうございます冒険者様。お礼と言ってはなんですが、まだ宿がお決まりでなければ、ウチで休んでいかれませんか?ウチ宿屋なんです。一泊サービスしますよ」
「その申し出、有難く受け取ろう」
「ラッキーですねフィルネリアさん!」
「王都の宿屋は、何処も高いからな」
宿に着くと、俺は探索をする気も起きず、ベッドに寝転がった。
「あー疲れた。王都着いていきなり迷子探しとか……。まあ、ベッドも柔らかいし、宿の外見も洗礼されてて王都って感じだし、良しとするか」
「入るぞ」
いきなり声と同時にドアが開く。
「ちょ、フィルネリアさん。まだ、入っていいって言って無いですよ」
「男の癖に、部屋に入ったぐらいでギャーギャー喚くんじゃない。それに私は、お前が部屋で素っ裸で踊ってようと気にしないぞ」
「俺が気にしますよ!いや、踊んないですし」
「なんだ、踊らないのか。つまらん奴だな」
「理不尽!それで、どうしたんですか」
「無理矢理パーティメンバーにして、王都まで連れて来たから、その後の選択肢やろうと思ってな。身の振り方を考えるといい。それだけだ。じゃあな」
言うだけ言って、出ってちゃったよ。
身の振り方を考えろか。
確かに、王都なら俺みたいな身元不明の怪しい奴でも、仕事が全く無いなんて事は無いだろう。それに、人や人型のモンスターを倒すのは、まだ躊躇してしまうだろうし、フィルネリアさんの足手纏いにしかならないんじゃないだろうか。
それは、恩を仇で返す行為だ。俺のせいで俺が死ぬのは仕方ない。でも、俺のせいでフィルネリアさんが死ぬのは駄目だろう。それはだけはやっちゃいけない。
男として、何より、武人を志す者の端くれとして。
俺は真菊流継承者真菊一文字として、恥ずべき選択をしてはいけない。
爺さんに殺されそうになりながらも、厳しい修練を積んできたはずだ。
異世界に恐れをなしていたんじゃないか。知らない世界だからと縮こまって、思考を停止してたんじゃないか。
一つずつ自分にできる事、自分がしたい事を、整理していこう。
まず、大前提として、元の世界へ帰りたいか。そしてできるかどうか。
……帰りたくない。未練が無いわけじゃないけど、寧ろ沢山あるけど、何故か、帰ろうとは思わない。
次に帰れるか。これは直ぐに結論が出るな。無理。
不可能だ。転移の原因が分からないんじゃ、どうしようもない。一つ一つ検証してたら、人間の寿命じゃどう考えても足りない。
次にフィルネリアさんとの約束。俺は誰よりも強くなると、そう約束したはずだ。一人の武人として。
多少はダレて、惰性で続けてた気もするが、練習には時は本気で打ち込んでいた。
まあ、本気じゃないのがバレると、爺さんに殺されるのもあったけど、そもそも槍が俺は好きだ。長い槍を手足の様に扱うのが、格好良くて好きだ。
散々叩きのめされてきた爺さんに勝つのが、ずっと昔からの目標だ。一度たりとも、一瞬たりともこの目標を忘れたことは無い。
もし、今冒険者を辞めて槍の腕が鈍ったら、万が一帰れた時に、爺さんに永遠に追い付けないくなる。
戻れる可能性なんて、万が一どころか、億が一も無いとは思うが、だからって槍を捨てれるかといえば否だ。
異世界で何がしたいか。俺の目標を決めよう。目標も目的も無く訓練が出来ない。俺は何も無い世界で目印も無く歩ける程強くもない。
なら、俺の目標は……。
『真菊流を異世界に広める』
これだ。これを俺の生涯をかけた目標にしよう。異世界に、腰を落ちつける覚悟を決めるんだ。異世界という呼称はもう止めよう。ここが、俺の生きる世界だ。
決意が揺らぐかもしれない。でも、俺は、冒険者の真菊一文字は一人じゃない。このチョーカーで、引き摺ってでも、連れ出してくれるフィルネリアさんがいる。
そうだ。仲間を、友達を増やそう。それを、ここに自分を繋ぎ止める鎖にするんだ。
色々と考えて、覚悟を決めて分かったことが一つ。前の世界では、使いどころが無かった真菊流。真菊流がこの世界で、何処まで通用するのか、俺はドキドキしてるんだ。ワクワクしてる。
現代日本で、槍術など、何の使い道も無い。せいぜい護身術応用出来るぐらい。それが、こっちでは、十全に使い道がある。
真菊流に、先祖代々受け継いで来た技に、新しい流れを組み込めるチャンスだ。
この熱さは、俺は最初から何処かで、こういう機会を望んでいたのかもしれない。
酷く暴力的で、幼く、自分勝手な俺がいるなんて、知りもしなかった。俺は、自分の持つ、真菊流という力を試したい。
人に、モンスターに、未知の何かに、俺の槍を進化させる術を見つけるんだ。俺が真菊流のいや、新真菊流の創始者になるんだ。この世界で、全く新しい流れを取り込むんだ。それが俺の真菊流。
強くなって、強くなって、俺の真菊流。『新真菊流』を、この世界に広めてやろう。
随分考え込んでしまったな。もう、空が白んでる。晩飯も食い損ねた。
寝不足と空腹。
それでも、人生で一番清々しい顔を、していたと思う。