グリフォンの恩返し
初投稿なので、温かい目で読んでいただければ幸いです。
澄み渡る青空の下、新たな出会いを祝うようにそよ風が青葉を揺らす。包み込むような暖かい光が射し、人々の心を穏やかにする。
そんな和やかな春の風景の中、ある建物の一角、広場のようなスペースの中央は和やかとは程遠い雰囲気に包まれていた。
「な、な、なんと!?」
「あれは、S級聖獣、グリフォンではないか、、、?」
「いやしかし、まだ幼体のように見えるが。」
杖やローブといったいかにも魔術師のような格好の大人たちが、1人の少年と1匹の獣を囲みああだこうだと口にする。
そんなことはお構いなしに小さな獣は少年に向かう。
「俺の種族はグリフォン、人間たちが聖獣と呼ぶうちの一種だ。今日からお前の使い魔になってやってもいい。」
「え、あ、ありがとう、、、?」
のちに世界中に名を轟かせることになる1人と1匹の、2度目の出会いの瞬間だった。
------
「くっそ、しくじった、、、」
もうすぐ日が暮れようかという薄暗い森の入り口付近で、1匹の獣が全身傷だらけで倒れていた。
とがった耳には切り傷があり、2本の前足のうち1本は折れ、後ろ足には2本とも噛まれた跡があった。
誰が見ても数日放っておけば死に至るであろうことは明白で、さらに人があまり近づかない森という場所であることからしても、絶望的だと本人も自覚していた。
「あーあ、やっぱ兄貴の怒りにふれちまったのは痛かったな。」
多少の後悔はあるが、でもまぁ仕方ないかと思ってしまうあたり、自分が悪かったという自覚はあるようだ。
「あー、でもやっぱもう少し遊びたかっ「ねぇ、大丈夫?おけがしてるよ?」
独り言を遮る声が聞こえ、項垂れていた顔を少し上げる。そこには金髪に丸い薄緑の瞳でこちらを心配ように見つめる、小さな男の子がいた。
「すごくいたそう。あのね、ぼくの先生はすごいから、きっと治してくれるよ。」
そう言いながら自分の上着で大事そうに獣を抱え、町の方へ歩いていく男の子。普段の大きさであれば人間に抱えられるなんて、ましてこんな小さな子供に抱えられるなんてありえないはずの獣は、自分の魔力が枯渇していて思った以上に小さくなっている体を実感し、抵抗する力も残っていないと判断すると、小さなその腕に身を委ねることにした。
獣が気がつくと、広い部屋の真ん中でふかふかの布の上に丸まっていた。少し目線が高いから、おそらくは机の上かなにかに乗っているのだろう。それにしても広いな、などと考えていると右側にある扉が開いた。
「あ、おきたんだね!よかった!」
なにやら食べ物を抱えながら入ってきた男の子は、目が覚めた獣に近づくと満面の笑みで手を伸ばした。
「な、なんだよ!?」
「わっ」
自分の方へ伸びてきた手に反射的に飛びかかろうとすると、それに驚いた男の子が尻餅をつく。獣が一瞬申し訳なさそうにするも、それに気付くはずがない男の子はそのまま笑って立ち上がった。
「ごめんね、びっくりさせちゃって。ぼくはライラック、みんなはライってよぶんだ。」
よろしくって言いながら持ってきた果物や木の実を獣の目の前に置く。
「おなかすいてたら食べてね。」
「お、おう。食べる。」
「わ、へんじしてくれた。かしこいんだね!」
獣の言葉は人間には通じない。
だから鳴き声が聞こえているだけであろうライラックは、それでも嬉しそうに獣が果物を食べるのを見ていた。
それから数日、怪我はすっかり治り魔力も回復した獣だが、それでも体の大きさは小さいままだった。
「ねぇレクター。今日はなにする?」
レクターと呼ばれたのは相変わらず小さいままの獣。ライラックは獣に名前をつけ、毎日遊んでいた。
最初こそ警戒していたものの、ライラックの無邪気さにすっかり気を許したレクターは、怖がらせないようにと体の大きさを変化させないようにしていたのだ。
「散歩したいんだけど。」
「あ、そうだ!今日は川であそぼうよ!」
言葉こそ通じないが、なんだか微妙に心が通じている気がしてレクターは機嫌良さそうにライラックの肩に乗った。
「あのね、レクター。僕はもうすぐ学校へ通うんだ。それで寮に住むから、レクターとはお別れなんだ。」
ライラックがレクターを拾ったのは5歳になった直後。それから1年半が経ち、もうすぐ7歳になるライラックは、今度の秋から近くの国立学校へ通うことになっている。
レクターはあまり分かっていないが、ライラックが住んでいるのはこの国の第2都市で、そこにいる3つの侯爵家の1つがライラックの家であるカルバン家であった。
もっとも、ライラックは次男ですでに長男が成人しているため次期侯爵家当主というわけではないが。
「レクターと離れるのはすごく寂しいけど、僕は学校でたくさん学んで、お兄さまの隣にいられるようになるんだ。」
レクターはライラックが兄をすごく慕っており、将来兄と一緒に仕事をするのを目標にしているのもよく知っていた。
「頑張れよ。俺はまぁ1人で生きていけるからよ。」
「ふふ、応援してくれてるんだね。ありがとう。」
最近では言葉が通じているんじゃないかと思うぐらい、レクターの思いはライラックに伝わっており、それを嬉しく思いながらライラックの指をペロリと舐める。
感謝と、激励と、少しの寂しさを込めながら指を舐めれば、ライラックも嬉しそうにレクターを撫でるのだった。
それから月日は流れ、ライラックは15歳になった。
7歳から通った国立学校は読み書きや算術、政治から経済など様々なことを学ぶ場であり、最短でも卒業まで5年はかかる。もちろん誰もが最短で卒業できるわけではなく、平均すると8年ほどかかるのだが、ライラックはぴったり5年で卒業してみせた。
その後、魔術師や騎士になるための国立大学に入学し2年は魔術と剣術の両方の基礎を学んだ。
そして3年目、魔術科へ進んだライラックは、魔術科で最初に行う使い魔召喚を翌日に控えていた。
「あぁ、緊張する、どうしよう。」
「大丈夫だよライ。なんとかなるって。」
昔からどこか弱気なところがあり、成績はトップクラスなのに少し頼りないライラックに、国立学校からの友人であるロダンダスは軽く声をかける。
「うぅ、なんでロダンはそんなに余裕なんだよ。」
「なんでってそりゃ、考えても仕方ねーし。」
心配性なライラックに対し、楽観的なロダンダスは笑いながら答える。
一見すると正反対な2人だが、なぜか気が合い、さらに2人の実力が同じぐらいなのもあって今じゃ親友と言ってもいいぐらいだ。
大学の中庭でそんな話をしている2人を見守るように少し離れた木の上に1匹の獣がいた。
小さな体には翼が生え、獅子のような少しとがった耳と長めの尻尾が揺れている。レクターだ。
レクターはライラックと離れた後も、特殊な結界術でその身を隠しながらライラックを見守っていたのだ。
この優秀な魔術師がたくさんいる国立大学の中で、2年も気づかれないほどの強力な結界術を駆使してである。
「使い魔、か。これはチャンスだな。そろそろこの生活にも飽きてきたし、美味いもんも食いたいし。」
そう言いながら嬉しそうに舌舐めずりしたレクターは、使い魔召喚に紛れ込むべく行動を開始した。
翌日、よく晴れた日の午前中。魔術科の生徒による使い魔召喚の授業が行われていた。
使い魔召喚は、魔術師が自分の血を魔法陣に垂らし、魔力を注ぎながら召喚したい魔物をイメージすることにより、その魔力とイメージに合った魔物が現れる。
現れた魔物と対話するなり戦うなりして、お互いが納得すれば、魔物は魔術師の血を舐めることで契約が完了する。
通常は魔物と人間は言葉が通じないが、この使い魔召喚で呼び出された魔物と呼び出した人間のみは言葉が通じるようになる。よっぽど相性が合わなければ別だが。その場合は契約をしなければ魔物は元の場所に帰ることになる。
「次、ライラック・カルバン。」
「は、はい!」
召喚に成功したり、失敗したり。次々に生徒たちの使い魔召喚が行われる中で、ついにライラックの番がやってきた。
「よ、よし。がん、がんばろう。」
小声で自分を鼓舞すると、魔法陣の前に立ち、召喚の儀式を開始する。
「イメージ、うーん、怖くない子がいいなぁ、それから、、、」
相変わらず弱気なイメージをしながら、しかし元々人の数倍多い魔力をしっかり注いでいくライラック。
やがて魔法陣は光り輝き、あまりの眩しさに教師たちすら目を瞑ってしまった直後、魔法陣の上には今までの使い魔とは比べものにならないほどの存在感を放つ獣が座っていた。
「な、な、なんと!?」
「あれは、S級聖獣、グリフォンではないか、、、?」
「いやしかし、まだ幼体のように見えるが。」
教師たちは皆が信じられないものを見るように目を見開き、そして驚きの声を上げていた。
ライラックも驚いたが、なぜか安心感と懐かしさを覚え目の前の獣を見る。
「俺の種族はグリフォン、人間たちが聖獣と呼ぶうちの一種だ。今日からお前の使い魔になってやってもいい。」
「え、あ、ありがとう、、、?」
存在感こそ凄まじいが、体の大きさは大型犬より少し大きいぐらい。一方15歳になったライラックは170後半と少し身長が高めなので、あまり大きさに驚きは無い。むしろ言動から伝わる態度との差に少し微笑ましくなるぐらいだ。
それにレクターはライラックに対して敵意は皆無なので、普段と比べ威圧感も和らいでいる。
そんな周りの反応と当人たちの雰囲気に差がある不思議な状況の中、1人と1匹のやりとりで契約が完了したのか、再び魔法陣が輝き、そしてゆっくり消えた。
「あ、そうだ、自己紹介しなきゃね?僕はライラック・カルバン。君は?」
その言葉にレクターは少し眉をひそめる。どう考えても初対面の反応だった。
しかし、すぐに合点がいった。
考えてみれば、レクターがライラックと過ごしたのは7年も前であり、あの時は今よりふた回りほど体が小さかった。それに魔力の枯渇の影響で、翼も消えていたのだ。
レクターだと気づいてもらえない寂しさはあれど、それも仕方ないと思い、返事を返す。
「俺はお前に呼ばれた使い魔だ。好きに名をつけろ。」
「え、僕が!?」
少し可愛いなと思いながらも、しかし聖獣であるグリフォンに名前をつける。
そんな大きなことを自分がしていいのか、と不安になるが、ふと昔の記憶が蘇り、迷うことなく言った。
「じゃあレクター。昔ね、友達になった子犬に君が似てる気がするんだ。」
その言葉にレクターは驚き、そして嬉しくなった。
覚えていてくれた、さらに友達だと言ってくれたのだ。だがここで素直に正体を明かせるほどレクターは素直ではなかった。
「ほう、子犬呼ばわりとは気に食わんがまぁいいだろう。」
「あ、ごめんごめん。よろしくね、レクター!」
緩みそうになる口元を抑え、威厳を保ったレクターは誓うのだった。命を助けてもらった恩を、必ず返そうと。そして、いつかあの時言えなかったお礼を言おうと。
それが成されるかどうかは、また別のお話である。
「あ、その仕草って子犬のレクターにそっくりだ。レクターって犬っぽい時あるよね。」
(子犬だと思ってるのがグリフォンなんだっつの。)
ライラックが気づく日は、来るのか、、、?