第11話
さっきまでの安心感は、一体どこへ行ってしまったんだろう。
頭から湯気が出そうな勢いで、心臓がバクバク脈打っていた。
「俺は君を大事にしたい。君が俺を嫌いになる要素は、極力取り除きたいと思っている」
でも、あやすように穏やかなペースで背中を撫でられると、テンパっていた気持ちも徐々に落ち着いていく。
「く、き……さん……」
「だから、教えてくれ。君がやりたいこと、君がしてほしいことは全部」
耳元で優しく囁かれるのは、私がずっとほしかった彼からの優しい愛の言葉だった。
まさか、こんな日が本当に訪れるなんて夢にも思わなかった。
久喜さんが女性を抱きしめることがあっても、その腕の中に収まるのは、きっと私ではない女性だとずっと思い込んでいた。
(まだ、信じられない……何年も前から、私の存在を知っていただなんて)
「……久喜さんが私に教えてくれたんじゃないですか」
じわっと体に広がる幸福感を噛み締めながら、私は久喜さんに告げた。
「……何を?」
もしかしたら、彼もずっと不安だったのかもしれない。
慣れない場所での日々の激務に加え、私に真実を告白することができないフラストレーションは溜まる一方だったはずだ。
素直に好意を示さない部下に、やきもきさせられる毎日は、ストレス以外の何物でもなかったと思う。
そうでなければ、いつもの自分の信念を忘れて、私にどうしてほしいかを尋ねるなんておかしい。
女性なら誰でも喜ぶ言葉かもしれないけれど、こんなのは全然、久喜さんらしくなかった。
久喜善人という人を知って、好きになって、思いが通じて……。
今の私が彼に囁いてほしいのはもっと別の言葉だった。
「他人がどうこうよりも、自分が今、何をしたいのかどうかが一番大事だって……」
「―――っ!」
ハッとした顔つきになって、久喜さんが私を見つめる。
「だから……久喜さんが今したいことを、優先してください」
「遠藤……」
我ながら大胆だと思ったけれど、もうこの人に対して余計な駆け引きや誤魔化しはしたくなかった。
思ったことをそのまま伝えれば、無駄なことをしなくても、2人は必ずうまくいくと私は直感で思った。




