第10話
静かにホロホロと涙を零し続ける私の頬を、久喜さんの長い指がなぞる。
「……泣かないでくれ」
そうしてすくい上げた私の涙を、そっと自分の唇に運んだ。
他の人がやったらキザにしか見えないそんな仕草にも、うっとりと見惚れてしまうばかりだった。
(恋って本当に人を盲目にさせるし、好きな相手を無限に美化させてしまう……)
そのことを、以前は怖いと感じてしまった。
自分が自分でなくなっていくようで、戻れなくなる前にブレーキをかけなければと、常に言い聞かせていた。
(でも……)
「私、こんなに1人の男性のこと、今まで思ったことなんてありません」
「遠藤……」
不思議と、恥ずかしいという気持ちは沸かなかった。
あるのはただ、やっと正直に伝えられるという、ホッとした気持ち。
そして、自分で自分にかけた”この気持ちは伝えてはいけない”という、呪縛からの解放感だけだった。
「―――久喜さんが好きです」
いまだかつて、男性に好意を伝えてこんな気持ちになったことなどない。
(本当に思っていることを好きな人に伝えるって、なんてすがすがしい気分なんだろう……!)
すっきりした心地で、私は久喜さんに抱きついた。
当たり前のように背中に回されるたくましい腕が、愛おしくてありがたくて、涙が出てしまう。
(このまま、時間が止まってしまえばいいのに……)
幸せな気分でひたすら彼に甘えていると、ゴホンとわざとらしく咳払いをされた。
何事かと見上げると、複雑な面持ちで久喜さんが私をジッと見つめている。
「遠藤、相談がある」
「……なんですか?」
改まって告げられる言葉に、まだ何か黙っていたことがあるのかと思い、ハッと身構えた。
「実は……」
はあ、と大きなため息を吐かれると、嫌な予感しかしない。
(もう十分なくらい、いろいろ説明してもらったと思うのに、まだあるっていうの……?)
ハラハラしながら彼の次の言葉を待つ。
何を言われても大丈夫なように、覚悟を決めた。
すると、思ってもみなかったセリフが、久喜さんの口から飛び出した。
「俺は今、君に猛烈にキスがしたいと思っているんだが」
言葉の意味を理解した途端、カーッと顔に血がのぼる。
「ちょ、な、何を急に!」
慌てふためく私を笑うでもバカにするでもなく、久喜さんはただ純粋に、私の意見を聞きたいだけのようだった。
「初めてのキスが会社の会議室というのは、女性からするとどうなんだろうか?」
「そそそそそ、そんなこと急に聞かれても……!」




