第09話
久喜さんも「よせ」と言いつつ、一緒になって笑っている。
「だけど、君は、こうして俺のところに来てくれた」
そうしてひとしきり騒いだ後、しんみりとした調子で彼が私に告げる。
「……はい」
ムードのかけらもない、明明とした蛍光灯の光の下。
王子様役は、顔にも風情にも疲れが現れていてヨレヨレだったし、お姫様役もお姫様役で、すっぴんな上お酒臭かった。
でも今の2人にはお互いしか見えていない。
そして間違いなく、これから先、自分の対になる人は、目の前にいる人物だという確信があった。
「遠藤」
久喜さんが私の名前を呼び、そっと手を握った。
「今朝は慌ただしくしてしまったが……」
その手に優しく口づけを落として、真剣な眼差しで私を見つめる。
「もう一度言ってくれないか」
「……何をですか?」
ふいに、私の中にいたずら心が芽生える。
ここまで散々、彼の真意をはぐらかされ続け、翻弄され続けた仕返しがしたかった。
ほんの少しだけでいいから、彼の困った顔が見たい。
だから私はわかりきっているはずの質問を、まるで異国の言葉を聞いたかのような表情で突き返してやった。
「何をもう一度言えばいいんですか?」
だが久喜さんはそんな姑息な手を使う私より、1枚も2枚も上手で……。
「君の今の気持ちだ」
「……っ!」
ドキッとさせて困らせてやるつもりが、逆にドキッとさせられてしまった。
「最初は……」
これ以上のらりくらり交わそうとしたって、きっと返り討ちに遭うだけだ。
私は観念して、大やけどを負う前に、正直に自分の気持ちを告白することにした。
「最初はなんだコイツって心から思いました」
「酷いな」
間髪入れずに久喜さんが反応する。
「酷いのはそっちです! 散々私のこと振り回して、気持ちをぐちゃぐちゃにしてくるのに、本当のことは何も教えてくれなくて……!」
肩をいからせてフーフー逆毛を立てる私に、彼は苦い微笑みを浮かべた。
「……ああ、すまなかった」
「何度も自分の気持ちを誤魔化そうとして、こんな人好きじゃないって自分に言い聞かせて……」
苦しかったあの時の気持ちが、胸に、体にありありと甦ってくる。
「それでもやっぱり頭から離れなくて、ずっとずっと久喜さんのことばかり考えちゃって」
涙がじわじわとこみ上げてきたが、もう泣くのを止めようと思わなかった。
(会社だからなんだっていうの、社会人だからなんだっていうの。私は泣きたいくらい、本当に本当に辛かったんだから……!)




