第08話
すぐさま久喜さんに詳細を確かめる。
「2年前、君の実力を見たいと言った俺に、社長は3つの条件を出した」
「条件なんかあったんですか?」
まぶたの裏に、にっこり笑ってブイサインを寄越す社長の姿が浮かんだ。
(あの社長ならやりかねないか……)
「ああ。1つ目は、君が総務部に配属されている2年の間に会社を辞めたら、潔く俺も君を諦めること」
私は、愚痴を言いながらでも飯田君に八つ当たりをしながらでも、必死に総務部に食らいついた過去2年間の自分自身に、盛大な拍手を贈りたいと思った。
「2つ目は、君が俺の補佐役を嫌がったら、君の意思を尊重すること」
嫌がる間もなく、あれよあれよと流されてしまったけれど、確かにあそこで退職を決意することもできた。
(私にとって、この1ヶ月は色々な意味で大きな転換期だったんだわ……)
自分の選択が間違っていなかったことに、感謝の気持ちと安堵しかない。
「3つ目は……もし俺が、君を女性として愛してしまった場合」
「―――っ!?」
思わずビクッと体をこわばらせてしまった。
そんな私を甘やかすように、彼は再び髪に優しいキスをくれる。
「自分から告白はしないこと。権力を盾に、君に迫らないこと」
「な、なんですか……それ……」
驚きのあまり、ふふっと笑いが漏れてしまった。
「言葉でのアプローチは、基本全て禁止。君の方から俺に言い寄ってきたシチュエーションのみ、接触を許可する」
「信じられない……!」
「うちの前の両親も、社内恋愛がきっかけで結婚したから。自分達の誤ちを、俺に繰り返させたくなかったんだろう」
久喜さんの声にも笑いが滲んでいる。
「俺も面と向かって君に手を出せないとなると、どうしていいものか、なかなか参ったよ」
まさか、という思いで顔を上げると、困ったように微笑んでいる彼と目があった。
仕事中にやたら視線を感じたのも、突然家に招かれてご飯をご馳走になったのも、昨日退勤前に突然抱きしめられたのも、全部久喜さんの苦肉の策だったんだ!
「……本当に、信じられない! 何も言ってくれないのにやたらかまってきて! 私がどれだけ困惑したか、わかってるんですか!?」
こらえきれず笑い声をあげながら、バンバンと彼の胸を叩く。




