第04話
「で、そんな時にあの事件が起きたわけだ」
おとなしく抱かれるままになっている私の髪を撫でながら、久喜さんがぽつりと呟く。
「それって、異動の……」
「そうだ。君が取引先の人間を怒らせてしまった事件だな」
「……その節は、すみませんでした」
おそらく彼にも、あの事件の報告が届いていたことだろう。
当然とはいえ、あずかり知らないところで自分の失態が久喜さんに知らされていたのかと思うと、猛烈に情けなくなってしまった。
今更になって、あの時もっと他に、いい解決方法はなかったのかと反省する。
「いや、後であの時あの場所にいた社員全員に、個別にヒアリングを行ったからな。君ばかりに非がないことも、本当はわかっていたんだ」
落ち込む私を慰めるように、彼が言った。
そんな優しさにホッと安心したのも束の間、不穏なひと言が久喜さんの口から漏れる。
「でも、俺と社長は君を試すことにした」
「……え?」
「君が、本当に我が社を愛しているのか。大きく環境が変わってしまっても、負けじと食らいついてくるのかどうかを、ね」
思わず腕の中から彼の顔を見上げると、私を安心させるように、久喜さんは口角を柔らかく上げた。
「理不尽としか言えない異動なのに、君は2年もの間、じっと耐えた」
私にとって不遇としか表現できないこの2年間は、彼と社長によって仕組まれたものだった。
何度も辞めてやろうと思って辞表を書いたが、結局それを提出できなかったのは、ひとえに「このままやられっぱなしでたまるか」という負けん気からだった。
精神的に苦痛しかなかったあの期間が、事前に計画されていたものだと知っても、不思議と怒りは湧いてこない。
(あの時の私が頑張ったから……今の私があるんだもの……)
黙ったままおとなしく彼の話を聞いていると、ご褒美だとでも言うように髪にキスを落とされた。
「いや、じっとはしていなかったかな? 他部署に異動させてくれと、隙あらば人事部に掛け合っていたみたいだし?」
「……っ! 知ってたんですか!?」
「逐一報告するように、人事部の社員には通告してあったからね」
そんなことまで筒抜けだったなんて。
(知らないって本当に怖い……)
「で、でも……どうして、そんな大掛かりなことを……」
特に優秀な成績で社に迎えられたわけではないし、営業成績で表彰されたことがあったとはいえ、私よりも有能な社員は他にも山ほどいるはずだ。
なぜ選ばれたのが私だったのか。
それがずっと不思議でしょうがなかった。




