第08話
(私だったら絶対挙動不審になっているはず……)
「それが……実は……」
私からは見えない位置で、秘書部の社員が社長に説明しようとしている。
「ここに遠藤がいるんだろう!」
これからどうなるのかと、ハラハラして社長の後ろ姿を見守っていると、突然ドアが全開になった。
部屋のソファで目を白黒させている私を見つけた久喜さんは、秘書部の男性に抑えられた腕を強引に振りほどく。
そのまま社長の制止も振り切ると、足音荒く、私めがけてまっすぐに歩いてきた。
「君は、一体ここで何をしている!?」
コーヒーのおかげで治っていたはずの頭痛が、再び蘇る。
「ちょ、ちょっと……落ち着いてくださいよ……」
身をソファの背に縮こまらせて抗議するも、久喜さんは私にのしかかるようにして腕をぎゅっと掴んできた。
「……もう一度聞く、君はここで一体何をしていた?」
吐息がかかるほど、顔を近づけてすごまれる。
今までに見た事がない、般若のような形相。
ここまで走ってきたのか、久喜さんの髪はかつてないほどに乱れ、頬も上気して赤く染まっていた。
寝不足を如実に表す、目元のクマが痛々しい。
人は1ヶ月でここまで痩せるのかと驚くぐらい、輪郭から首元にかけてのラインがげっそりとやつれていた。
「痩せましたね……」
私は掴まれていない方の手で、そっと彼の顔に触れる。
「―――っ!?」
一瞬、驚いて体を引こうとした久喜さんだったが、私が純粋に彼を心配していることが伝わったのか、そのままソファの上で強く抱きしめられた。
腕の力は、以前抱擁された時よりも強いかもしれない。
でも、抱きしめられている私の気持ちは前回とまるで違っていた。
おずおずと彼の広い背中に手を添え、自分からもザラリとしたスーツの布地に頭を預ける。
親鳥の羽の下で安心しきった雛鳥のように、すべてを久喜さんに委ねた。
「……誰のせいだと思っている」
まるで独り言を呟くような声だった。
「もう会えないかと思った」
「そんな……」
「昨日の夜、あんなことをしてしまったから……」
私を強く囲う腕から、徐々に力が抜けていく。
2人の間に隙間がなくなるくらい、密着していた体がわずかに離れた。
「君に嫌われたのかと思うと、なんとかしなければと焦る気持ちばかり募って」
腕の中で見上げた久喜さんは、本当に疲れ切った表情をしていた。
「嫌うなんて……」
そんなことありえません、と答えようとした時、ウオッホンとわざとらしい咳払いが社長室に響く。
「……しゃ、社長!」
今更だがハッとして久喜さんから逃れようとするも、逆にグッと抱き寄せられてしまった。




