第07話
通話のままになっているスマホから漏れ聞こえる久喜さんの声。
「いや、こちらも急ぎの用なんだ。そうカッカせずに、ひとまず要件を聞かんか」
その声が、社長の対応と見事にマッチしている。
嫌な予感が胸をよぎった。
「君の探している遠藤君だが、今社長室に―――」
社長の話が終わる前に、ガチャン!と受話器を置く音がスマホから聞こえる。
そしてそのまま、バタバタと部屋を出て行く慌てた足音。
繋がったままのスマホを手に、私はなすすべもなく社長を見つめた。
「せっかちなのは誰に似たんだか……」
大きなため息を吐いているものの、社長はなんだか楽しそうな表情だ。
「あ、あの……一体何がどうなって……?」
「まあ、冷める前にコーヒーを飲んでくれないか。君の待ち人はおそらく、すぐここにやってくるだろうから」
「は、はあ……」
にこやかに勧められるまま、私は再びソファに腰を下ろす。
丁寧に淹れられたコーヒーは、冷めても美味しかった。
褐色の液体を口に含むだけで、ざわついていた心が落ち着いていくから不思議だ。
やらなければいけないことは山ほど思い浮かぶのに、抗いがたい安らぎに包まれてしまう。
「本当に美味しいです……」
「疲れているようだったから、わざと濃いめに淹れてみたんだ」
「社長は本当に、コーヒーを淹れるのがお好きなんですね」
ほのぼのとした会話を楽しみ、最後のひと口を飲み干す。
空になったマグカップを名残惜しげに眺めていると、バタバタと慌ただしい気配が扉の向こうから聞こえてきた。
「……こ、困ります!」
「ちょっと、お待ちください!」
「アポイントは取っている! 何も問題はない!」
秘書部の女性の悲鳴に混じり、轟くように響くのは勇ましい怒声。
「で、でも、まずこちらから社長にご連絡をしてからじゃないと!」
「だからもうすでに、私から連絡はしてると言っただろう!」
この目で確認していないのに、向こうの部屋で何が起きているのかはっきりとわかるのが怖い。
「久喜さん……」
思わずその名前をこぼすと、社長も共犯者の微笑みを私にくれた。
「……本当にあいつは」
そうしてクックッと喉の奥で笑ってから立ち上がり、ツカツカとドアに向かった。
「何を騒いでいるんだね?」
重厚な木製のドアを半分ほど開き、しれっと何食わぬ顔で事の顛末を尋ねている。
社長が一番、この騒動の一部始終を知っているはずなのに、完全にポーカーフェイスを貫いている姿勢はさすがだった。




