第06話
「そ、そんなに前から、私のことを知っていたんですか!?」
驚きのあまり勢いで前のめりになり、私はダンッと勢い良くテーブルに手をついてしまった。
シーン……と束の間の静寂が社長室に訪れる。
(し、しまった……私、食いつきすぎ……!)
恐る恐るテーブルから手を離して、バツの悪い気持ちでソファに座りなおした。
わかりやすく狼狽している私に気づいていながら、社長は至って平静だ。
「さて、どうしようか。私の口から言うべきか……」
固唾を飲んで見守る私をよそに、のほほんとした様子で彼はコーヒーを楽しんでいる。
(もったいぶらずに教えてくださいよ~!)
さすがに目上の人に対して、こんなことは言えない。
私は喉元まで出かかった言葉を、必死の思いで飲み込む。
「―――それとも本人の口から聞くべきか?」
そうつぶやくと、社長は私を試すような瞳で見つめる。
これは何という名前の試練なんだろうか?
今、私は人生のどの地点に立っているのだろう?
私と久喜さんとの間にはどれほどの距離があって、どこまで私には彼に近づくことができるのだろうか?
「わ、私……」
何度も諦めようとした。何度も自分に言い聞かせた。
何度も現実を見ようとした。
だって、最初から望みなどない恋だ。
傷つくことがわかっているのに、それでも思いを伝えるだなんてリスクが大きすぎる。
昔勉強のために読んだ、どのビジネス書にもどの啓蒙書にも「成功するためには最大限マイナスを減らすことだ」と記してあった。
失敗する可能性がほぼ100%を占める選択肢を、誰が自ら選ぶだろうか?
(頭ではそう、わかっているのに……)
でも、いくら考えても無理だった。
気持ちはもう、誤魔化せないところまで育っている。
私の中にはいつの間にか久喜さん専用のスペースができてしまっていて、日を追う毎にその面積は増していく一方だった。
それこそ、彼がこの場にいなくても、顔も声も匂いも思い出してしまえるほどに。
「……久喜さん本人に確かめます」
私は、まっすぐ社長の目を見て宣言した。
「直接、彼に聞いてきます……!」
そして、一刻も早く彼の元に行こうと立ち上がる。
サブバッグでずっと鳴り続けていたスマホを取り出し、通話ボタンを押そうとした瞬間、パッとディスプレイから表示が消えた。
慌てて掛け直そうと操作を始める私を見て何を思ったのか。
社長は立ち上がって自分のデスクに向かった。
「はい、株式会社アスタルテ、人事―――」
「あ、あの!」
通話が開始した途端、久喜さんの応答を待てずに話しかけた。
「遠藤―――?」
受話器の向こうで彼が驚く気配の後、携帯電話の着信音が派手に鳴り響いた。
「……切るなよ。このまま少し待ってろ」
久喜さんも慌てているのか、電話は保留にならず、通話状態のまま放置された。
タイミングの悪さに臍を噛む思いで焦れていると、突然左右の耳に、全く同じ音声が届いた。
「……あー、もしもし?」
「―――っ!?」
声がした方向をバッと振り向くと、半ば存在を忘れかけていた社長が、受話器を手にどこかに電話をかけている。
「何をそう興奮しているんだ。落ち着きなさい」
「まさか……!」




