第05話
「はい。この一ヶ月、勉強にならなかった日はありませんでした」
「そうか、そうか」
ホッホッホ、と社長は嬉しそうに頬をほころばせる。
「久喜君が直々に君を指名した時は何事かと思ったが、うまくやっているようで安心したよ」
「……すべて久喜さんのおかげです」
「そうか……彼も君にそう言ってもらえれば、鼻が高いだろう」
不意に、心の奥から激しい衝動が突き上げる。
(もういっそ、社長に聞いてしまおうか……?)
おそらく彼なら、なぜ久喜さんが私を補佐役に任命したのか知っているはずだ。
今ここで直接尋ねることができれば、ずっと測りかねている彼の真意を、知る手がかりが得られるかもしれない。
久喜さん本人に問いただせばいいだけのことだが、目の前にぶら下がっているこのチャンスを、みすみす逃したくなかった。
(社長と2人きりでゆっくり話せる機会なんて、きっともう二度と訪れないわ……!)
不躾だと怒られても構わない。また異動の辞令が下っても仕方ない。
「彼は仕事ができる男だが、ああ見えてナイーブな一面もあってね」
意を決して口を開こうとした時、社長が話し始めたため、私はグッと言葉を飲み込んだ。
「言っちゃなんだが、変わり者だろう?」
茶目っ気たっぷりに聞かれ、私は「はい、まぁ……」と曖昧に頷く。
聞きたい気持ちは山々だったが、社長の話の腰を折ってまで、切り出すことはできなかった。
「君に迷惑をかけていないようで良かった。扱いにくい男だとは思うが、これからもひとつ、よろしく頼むよ」
そう言って社長は一社員にすぎない私に、あろうことか頭を下げる。
「しゃ、社長!? や、やめてください!」
一体何がどうなって、こんな展開になっているのか。
頭脳は徐々にアルコールの呪縛から解放されつつあったが、それでもこの状況を一から十まで把握することはできなかった。
「わ、私の方こそ、久喜さんにご迷惑をおかけしていないか心配で!」
私は慌ててテーブルにマグカップを置き、中腰になって身振り手振りで社長に”頭を上げてください”と伝えた。
そんな私の軽くパニックに陥っている姿がおかしかったのか、社長は豪快にガハハと笑い出す。
「君が迷惑をかけるなんて、とんでもない。むしろ済まなかったね。2年もの間、我慢をさせて」
「―――っ!」
どうして社長が私ごとき一介の社員の異動について、謝罪なんてするのだろうか。
「ど、どうして……?」
私は困惑のあまり、最低限の敬語を使うことすら忘れていた。
しかし社長は別段気にした風もなく、穏やかに微笑みながら私に言った。
「営業部に面白い社員がいる……久喜君から君の話を聞いたのは、もう3年以上前になるよ」




