第11話
「そ、そんなの、いる―――」
これまでのやり取りからして、もったいぶらずにさっさと答えた方が身のためだ。
そう思って返事をしようとしたが、肝心の部分で言い淀んでしまった。
(いないって、そう言えばいいだけのことよ!)
動揺を悟られてしまっては、今までの努力も、これからの決意も水の泡。
「……いる、わけないじゃないですか」
自分に言い聞かせるように、1つ1つの言葉を噛み締めながら告げる。
「気になる男もいないのか?」
「はい、いません」
「会社の中にも?」
答えるたびに胸がざわざわと騒ぐ。
「誰も好きじゃありませんし、気になりもしていません」
これ以上突っ込まれたら、どうにかなってしまいそうだ。
「―――そうか」
彼が返事を口にするなり、突然フッと体が楽になった。
……久喜さんがやっと私を解放してくれたのだ。
一体どういう意図があってこんなことを……と顔を上げて彼を見つめると、気まずそうに視線を逸らされる。
「急に……すまなかったな」
明後日の方向を向いたまま、謝罪の言葉を贈られた。
「……もう失礼してもいいですか」
床に落ちたスマホと財布を急いで拾い、サブバッグに仕舞う。
肉体的にも精神的にも、そろそろ限界だ。
この気まずい空間から、一刻も早く抜け出したかった。
「……最後に1つだけ、聞いてもいいか」
(ま、まだあるの……?)
内心勘弁してくれと思ったが、きっぱりと尋ねられてしまっては、無下にもできない。
「はい、どうぞ」
返事をすると、ようやく久喜さんが私の目を見てくれた。
やっぱり目が合うとドキッと胸が高鳴る。
どうして感情は、自分の中にある自分のものだけなはずなのに、こうも思い通りにコントロールできないのだろうか?
不自然にならないように注意しながら顔を背け、彼の瞳から逃れようと試みる。
「営業部の飯田圭吾とは、どういう関係なんだ?」
「飯田君、ですか?」
意外な人物の名前を口にされ、うっかりまた久喜さんを視界に捉えてしまった。
彼はお世辞にも機嫌が良いとは言えない表情をしていて、それがまた私の心臓を跳ねさせる。
「べ、別に……昔の同僚ってだけですが」
さっきまでとは打って変わった、苦虫を噛み潰したかのような顔に、一体何があったんだと焦ってしまう。
そんな私の動揺を、久喜さんはどう受け取ったのだろう。
「君が彼に肩入れするのは、個人的な理由からだとは思う。だが……」
温度をなくした冷たい瞳。感情が感じられない硬質な声。
彼は明らかに、私に対して怒り……もしくは憤りを抱いている態度だった。
「―――くれぐれも、情報漏洩には気をつけたまえ」
私は何も言い返せずに固まったまま、久喜さんがデスクに戻るところを見守るほかなかった。




