第07話
そもそも、出会いのシチュエーションからして、夢のようなものだった。
とんでもないイケメンと、突然の出会い。そして、偶然の再会……。
一緒に仕事をするようになって、最初は先入観も手伝ってか、彼の嫌なところばかりを探していた。
”こいつはいけ好かない嫌な奴”と、自分に言い聞かせて過ごしていた。
でも彼の能力を認めざる得ないことばかり起きて、魅力をこれでもかと見せつけられて―――。
「……っ!」
いつの間に、こんなにも心を奪われてしまっていたんだろうか?
気持ちは言葉ではぐらかせても、頬を流れる熱い涙はもう誤魔化せなかった。
(私、泣いちゃうくらい……いつの間にか、久喜さんのことめちゃくちゃ好きになってたんだ……)
腿に当たるリノリウムの床の冷たさが、今は心地いい。
そのおかげで熱に浮かされた思考が、徐々に冷静さを取り戻していく。
「これから……どうしよう?」
呟いてみても、答えをくれる人などいない。
(久喜さんなら……何て言ってくれるかな……)
こんな時までも彼のことを考える自分に、ふっと自嘲の笑みを漏らした。
それでも、彼の言葉は一語一句覚えてしまっている。
『……と言うより、どうしてくれるんですか、じゃなくて、あなた自身はどうしてほしいんですか?』
『君がもし、本気でやりたいことがあるなら、私は全力で応援したいと思っている』
『行ってもいいかどうかではなく、君が来たいか来たくないかだ』
(おそらく彼なら―――)
己の意思に従えばいいだけのこと。
彼ならきっと、そう言うはずだった。
(私はどうしたいんだろう……?)
自分のことなのに、どうしたいのかはっきり答えが出せないなんて。
彼のことは好きだ。でも、彼は私をあくまでも部下としか見ていない。
気持ちを伝えてもギクシャクするだけだろうし、最悪、また異動させられてしまうかもしれなかった。
(そんなリスクの高いこと、私にはできない)
では、どうするのが一番ベストな方法なのか。
(それが簡単にわかれば、苦労しないのに……)
いずれにせよ、このままだらしなくへたり込んでいても何も生まれない。
私は姿勢を正して立ち上がると、ふうっと大きく息を吐いた。
(私なりに彼の役に立ちたい……)
彼に直々に任命された補佐役を、最後まできっちり努めたい。
遠藤を指名してよかったと久喜さんに満足してもらえるように。
あんな奴を選ぶんじゃなかったと後悔されないように。
私にできる精一杯で、最後まで彼をサポートしたい。
(私がどうしたいかは、それから考えたってきっと遅くないはず)
これが、私の嘘偽りない意思だ。
(すっきりした気持ちで、また一から出直そう―――)
これから私に必要になるのは、浮ついた恋心ではなく、真面目な忠誠心だった。
乾きつつあった涙を拭い、せっかくだからと、階段でロッカールームまで向かうことにする。
『どうして私を補佐に指名したんですか?』
ふいに、これだけは彼に確かめなければと、いつだったか心に誓った疑問が蘇る。
(……でも、聞いたところでどうしようっていうの? 無駄になるだけじゃない)
決意とは裏腹に胸がチクッと痛んだが、私は敢えて気づかないふりをした。




