第06話
「あ、あの!」
呼びかけると、シンクロするように同時に2人が振り返る。
その申し合わせたかのような仕草にまで心が乱されるのを自覚して、己の器の小ささを心の中で嗤った。
「どうした?」
ついさっきまで、あれだけうっとりと聞き惚れていた彼の声を、いまいましく感じてしまうなんて。
どこまで私の心は醜悪になっていくんだろう。
「申し訳ありません。やっぱり、ちょっと体調が優れないかなって思って……」
久喜さんの目を見ないまま、スタスタと自分の席に戻る。
「明日、早く出勤しますので―――」
ガタガタと音を立てて引き出しを開けると、机の上の書類を乱雑に放り込んだ。
そして、頬が痺れるかと思うほどの笑顔を作る。
「―――今日はこれで失礼してもいいですか?」
「あ……ああ、それは別に構わないが」
(どうせ私が帰った後、2人で楽しく過ごすんでしょ?)
親しげに話す2人を見たくない気持ちに加え、自分自身の心がこれ以上歪んでいくことにも耐えられなかった。
もう、いろいろなことが本当に限界だった。
こんなに打たれ弱かったかと、自分でも驚くくらいに。
「すみません、本当に」
財布とスマホを鷲掴みにすると、深々とお辞儀をする。
「遠藤さん、おひとりで大丈夫ですか?」
付き添うとでも言いかねない桜井さんを「大丈夫です」と強めに制した。
「それでは、お先に失礼します」
そして、頭を下げながらゆっくりとドアを閉める。
「……っ!」
そして、ドアノブから手を離すと同時に、私は駆け出していた。
悔しさと後悔に涙が滲む。
(なんで期待なんかしちゃったんだろう! 恥ずかしい! 恥ずかしい! バカみたい!)
トイレとは逆方向に廊下を突っ切り、突き当たりにある階段に通じる重く頑丈なドアを開いた。
シンと冷えた空気が出迎える中、私は後手にドアを閉めて息を整える。
「ほんと、バカみたい……」
久喜さんへの不躾な態度も、桜井さんの厚意を無視したのも、完全にただの八つ当たりだ。
私はドアに背中を預けると、そのままずるずると床に座り込んだ。
(夢から目が覚めた……って言葉がぴったりの気分)
ここには目を楽しませるものが何もない。
視界に広がる階段ばかりの無機質な空間は、頭を冷やすにはもってこいだった。
(私が勝手に久喜さんのことを好きになって、彼ももしかしたら私を……って思い込んじゃっただけのこと)




