第05話
「―――っ!?」
初めて見るその表情に、心を踏みつぶされたような衝撃が私を襲う。
(な、何……? 何なの、その顔……?)
「じゃあ、お言葉に甘えて、またお伺いしても大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ。もし急ぎのようなら、特に事前連絡も必要ない」
凄まじい疎外感だった。
私がここにいてもいなくても、どちらでもいいような居場所のなさ。
「そう言ってくださると嬉しいです……!」
ホッとした表情で桜井さんが胸をなでおろすのを、久喜さんが穏やかに見守っている―――。
その眼差しには、まるで愛おしい恋人を見つめているような暖かさがあった。
なだめたはずの心が、またザワザワとざわめき始める。
(ここは私の居場所なのに……)
黒い感情が体の奥で次々と吹き出すのがわかる。
止めようと思っても止まらない。
(どうして……)
かろうじて立っていた薄氷の上。
それが何者かによって、外側から乱暴に破壊されていくような感覚だった。
(……どうして私には、そんな風に笑いかけてくれないの?)
「―――遠藤さん?」
そのまま漆黒の沼に溺れてしまいそうになったが、桜井さんの呼びかけでハッと現実に戻る。
「お、お疲れ様です……!」
ひきつる口元を、とっさの笑みでなんとか隠した。
「……大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いですけど」
「え? そ、そうですか?」
「熱っぽいとか、気分が悪いとかはないですか……?」
彼女に親切にされればされるほど、自分の醜さを突きつけられるようでいたたまれない。
「え……えっと……」
どう返事をすればいいのかすら、もうわからなくなってしまっている。
営業部にいた頃は「プレゼンでどんな指摘を受けたって、その場のハッタリで必ず返す」と自信を持っていたのに。
このザマはなんだろう。
「……気分は、別に」
この場所にいてもいなくてもどうでもいい存在なら、いっそ自分から消える道を選びたい。
何よりも、桜井さんが久喜さんに私のことを相談している姿を、これ以上ここで見ていたくはなかった。
(全部私が早とちりをしていただけ。大丈夫。ただ、ちょっと食事に誘われて勘違いしちゃっただけ。ちょっと優しくされて、舞い上がっただけ……)
彼女の「遠藤さんの具合が悪そうだ」という指摘に、次第に表情を曇らせていく久喜さん。
(ただ、それだけ―――)
彼の表情が変わっていく様子を、これ以上この場所で見ていたくなかった。
一番近くで見つめてきた場所だったからこそ、もう耐えられなかった。




