第04話
業務時間外とは言え、個人的な事情で長く席を外してしまった。
心に重い後ろめたさを抱えながら廊下を小走りで駆け抜け、”人事マネージメント推進事業部”のプレートが掛かったドアに手をかける。
ノブを押してゆっくりドアを開くと、中からこの部屋にふさわしくない、楽しげな話し声が聞こえて来た。
(……来客かな? でもこんな時間に、一体誰なんだろう?)
「―――っ!」
ほんの少しだけ開いた隙間から中を窺うと、久喜さんと女性社員が談笑している姿が見えた。
驚きのあまり、反射神経で何事もなかったかのように、私はそっとドアを閉める。
……これは身に覚えのある動作だ。頭が……と言うよりは、体が記憶している動きだった。
ドアノブを握りしめたまま、ぼんやり古い思い出を辿っていくと、元彼の浮気現場に遭遇したエピソードに思い当たる。
あれは4年前。事前連絡をせずに訪ねた彼の家で、まさしく絵に描いたような”情事の後”に、私は鉢合わせてしまったのだ。
畳に散らばった、脱ぎ捨てられた衣類。
一番上でぐちゃぐちゃに丸まっていたのは、紛れもなく、見覚えがある彼のパンツだった。
あまりのショックに、悲しいかな、今でもありありとその模様を思い浮かべることができる。
(どどど、どうしてあの時のことを今思い出すかな!? べ、べ、別に久喜さんと私が、お付き合いしているわけでもないのに!)
動揺する心をなだめ、私はなんとか平常心を取り戻そうとする。
(過去は過去。今は今。あの時と今では何もかも違うのよ!)
はあはあと荒くなった息を無理やり落ち着かせて、意を決してドアを開けた。
「ただいま戻りました!」
勢いよく帰還を告げ、あくまでもいつも通りを装う。
「あ、お疲れ様です」
(この声は―――)
「……桜井さん?」
目の前で華やかな笑顔を浮かべるその人は、いつぞやお手洗いでばったり出会った桜井さんだった。
彼女は私に向かって軽く会釈をしたのち、すぐに久喜さんの方に体を向ける。
「こんなにも長居してしまって、本当にすみません。お仕事の邪魔でしたよね?」
「ああ、そんなこと気にしないでいい。問題ない、大丈夫だ」
申し訳なさそうに何度もお辞儀する彼女に対し、久喜さんが優しげに目を細めて答えた。
「そんなに謝らないでいいよ。私も有意義な時間だったから」
「そう言っていただけると嬉しいです!」
桜井さんが照れくさそうに、はにかんでいる。
そんな彼女に対し、久喜さんは力強く頷いた。
「またいつでも相談してくれればいい。私はそのためにここにいるのだから」




