第12話
蚊帳の中で繰り広げられるやりとりを、黙って外から傍観していたわけだけど、聞き捨てならないセリフに我が耳を疑った。
(―――はあ?)
たまらず声に出してしまいそうになったが、ニコニコと機嫌が良さそうな運転手を巻き込んではいけないと、グッと堪える。
(おもてなしって何よ、おもてなしって!)
敢えて私には行き先を伏せていることぐらい、見当がつく。
やはり、泣く子も黙るような超有名店に、これから連行されてしまうのだろうか?
私はスプリングコートの前をササッと開け、「ほら、今日はデニムなんですからね!」と控えめに久喜さんにアピールした。
そんな私の精一杯の気遣いを知ってか知らずか、彼は私の瞳を見つめて爽やかに微笑む。
いつもの私ならポーッとなっていたかもしれないが、状況が状況だ。
(こちらは普段着なんですよ! 普・段・着!)
運転手が到着を告げるまでの短くない間、私はヒヤヒヤした気持ちでいっぱいになりながら、久喜さんに「高級店へは連れて行くなよ」と必死に念を送り続けた。
運転手に「着きました」と告げられたのは、意外や意外、ゴージャスな高層マンションの前だった。
予想外の場所に送り届けられて、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「先に降りなさい」
タクシー料金を確認する隙も与えられないまま、外に放り出された。
背後で久喜さんが支払いを済ませる中、私はこれから起きる出来事について、様々な可能性を考える。
(1階にお店が入っているとか?)
マンションの四隅は滑らかなカーブ状になっていて、近くで見上げると体が反りそうになる高さなのに、
圧迫感は意外なくらいない。
近所にコンビニやスーパーなどもなさそうだし、1階がすべて店舗フロアになっているマンションなのかもしれなかった。
もしくは、マンションの一室で隠れ家的にレストランを構えているのだろうか?
私の貧困な想像力では、せいぜいその程度しかイメージできない。
マンション前の歩道には凝ったタイルが敷かれていて、さながら映画のセットのようだ。
側にある花壇には、春らしいチューリップやクロッカスが彩りよく植えられている。
どの花も生き生きとした姿で、手入れが行き届いていることを示していた。
車の通りも少なく静か。人の行き交いもそう多くない。
まさに「閑静な住宅街」だ。
さぞかし、ここがハイクラスの住まいなのだろうことが窺える。
(おとなしく、久喜さんについていくしかないってことよね……)




