第04話
しかし、そのイケメンの口から漏れたひと言に、私はハッと我に返ることとなる。
「チッ……」
あろうことか、イケメンは周囲に聞こえる大きさで忌々しそうに舌打ちをしたのだった。
(はあ!? 人を轢きそうになった分際で、舌打ちって何様~!?)
少女漫画ならピンクのハートマークがたくさん飛んでいただろう甘いムードが、みるみるうちに霧散する。
「ちょ……ちょっと!」
私は我に返った勢いでズカズカと失礼なイケメンに近づくと、猛烈に抗議を開始した。
「これ! どうしてくれるんですか!」
ビショビショに濡れ、無残に汚れが染み付いたスカートを指差して猛アピールする。
「そちらの乱暴な運転のせいで、私のワンピースがこんなことになっちゃったんですけど!」
「すみません」や「ごめんなさい」という謝罪の言葉がまずくるに違いない。
明らかに非は彼にある。
そう思っていた私の鼓膜に、信じられない言葉が届く。
「……と言うより、どうしてくれるんですか、じゃなくて、あなた自身はどうしてほしいんですか?」
「は?」
言われたことの内容を理解するよりも先に、反射神経で勝手に口が動いていた。
(この人、一体何を言ってるんだろう―――?)
場所が場所で、シチュエーションがシチュエーションなら、うっとりと聴き惚れてしまいそうな低く厚みのある声。
でも今はそんな悠長なことをいっている場合じゃない。
「えっと……?」
もしかして外国の人なんだろうか。
それにしては日本語がお上手だけれど……という疑問は、彼が優雅な仕草でサングラスを外すことで解決した。
「クリーニング代がほしいのか、それとも服自体を弁償してほしいのか。……どうなんです? もっと別に、何かご希望はあります?」
サングラスに覆われていた目元はキリッと涼やかで、彫りは深いけれども海外を感じさせるものではなかった。
そして目元の下には、すっきり整った鼻筋と薄めの唇が実にバランスよく配置されている。
歳は私よりも4つか5つ上だろうか。
おじさんと呼ぶには若すぎるけど、お兄さんと呼ぶのも気がひける、微妙な年代だ。
容姿が整っていることもさながら、体から滲み出るオーラがすごいとでもいえばいいのだろうか。
かなり威圧的な雰囲気があるせいで、下手に声をかけられないタイプの人だった。
私の頭に「近年、稀に見るイケメン(※三次元)」という文字が、まるで新聞の一面記事のようにでかでかと浮かんだ。