第08話
取り皿に取った大根はすっかり冷えてしまっていたが、頬張るとよく味の染みた果肉が口の中でとろけていった。
間違いない美味しさだ。
(飯田君の夢のために、私にも手伝えることがあるかも……)
今までの恩返しと言うと、少しうぬぼれが強すぎるかもしれない。
でも、今こそ彼のために私も行動を起こすべきだと思う。
(それとなく久喜さんに働きかけて、総務部に配属させてもらえるように動かなきゃ!)
「……ねえ、飯田君」
「ん? 何だよ、玉子なら食っちまったぞ」
「違うよ、玉子なんかどうでもいいよ。私が話したいのは、これから先のことだよ」
”これから先の”というフレーズに、なぜか飯田君がギョッと固まる。
何か別の意味に捉えられたのかとびっくりして、慌てて誤解を解いた。
「ち、違うよ、別に変な意味じゃなくて……」
「……な、何だよ、びっくりさせんなよ」
ビールはもうほとんど飲み終わって空だというのに、彼の頬はさっきよりもずっと赤い。
よほど酔いが回って暑くなってしまったのか、手でパタパタと顔をあおいでいる。
「あのね、これからは何かあったら私に相談してほしいなって思って」
私の立場なら、飯田君の夢が実現するよう、最大限サポートができるだろう。
だからこそ、役に立ちたいと思って申し出たのに―――。
「……何で?」
急に真剣な声音で飯田君が私に尋ねる。
不意に真面目な顔でジッと見つめられ、図らずもドキッとしてしまった。
「え? なんでって……そりゃあ……」
今朝の面談の時と同じような面持ちで、彼の視線はまっすぐに私を捉えている。
(そ、そんなにおかしなこと言ったかな?)
頭の中に無数のハテナを浮かべつつ、
「同期だからに決まってるじゃない」
そんな当たり前のこと聞かないでよ、と笑って答えた。
飯田君は私の返事を聞くなり、大きく深いため息を吐く。
「ど、どうしたの? 私、何か変なこと言った?」
「いや、大丈夫。今のは勝手に期待した俺が悪いから、お前は気にすんな」
(それにしては、落ち込んでるようにしか見えないんだけど……)
気にするなと言われたって、気になってしまう。
「それに、期待って何のこと?」
そして新たに湧いた疑問をぶつけるも、飯田君は首を左右に振るだけで、何も答えてくれない。
先ほど一瞬だけ、2人の間に流れた変な空気。
また私の不注意で彼の気分を害してしまったのかと心配になったけど、飯田君本人が話を切り上げたがっていたから、それ以上深く追求することはさすがにできなかった。