第06話
飯田君は目を逸らしたまま、居心地悪そうにしている。
私だって、別に彼を責めたいわけじゃない。
私は意識して声のトーンを高くし、“怒っているわけではないよ”と飯田君にアピールした。
「でも、知らなかった! 飯田君が総務部希望なんてさ!」
ようやく視線を私の顔に戻した彼に、ニコッと微笑みかける。
飯田君は私の明るい表情に一瞬戸惑ったものの、すぐにホッとした様子になり、ポツポツと本心を語り始めた。
「……遠藤が愚痴ってるの聞いてさ、本当にそんなダメな部署なのかなって不思議に思って」
「そりゃ……我が社の”流刑地”なんて呼ばれてる部署なんだよ?」
お皿に取ったおでんの大根を、崩しながら答える。
「うん、会社のやつらの扱い自体も酷いと思うよ。でもさ、部そのものにも“ここを良くしよう”っていう雰囲気が全然ないじゃん」
程よい大きさに切った大根をお箸でつまもうとしたけど、彼の言葉に胸を衝かれて動作を止める。
「だから、俺に何かできることはないかなって、いつも思ってたんだ」
飯田君は先ほどとは違う、まるで憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情だ。
私はお箸をお皿の上に置くと、じっと彼の目を見つめた。
「……何かって?」
「そうだな、例えば―――」
飯田君はわざとらしく「うーん」と頭を捻り、いかにも芝居がかった態度で語り出した。
「俺、仕事中もこういうテンションだしさ。空気明るくしたり、部内でコミュニケーション円滑に取ったり。助け合ったり、バカにされた時に励まし合ったりとか!」
大げさな身振り手振りに、我慢できずふふっと笑い声を漏らしてしまう。
「何よ、それ!」
「いやぁ……なんつーか、さ」
飯田君自身もさすがにやりすぎだと思ったのか、照れたように少しはにかんだ。
「……居心地よくして、社内の人のサポートできたらなーって、お前の話を聞きながら、いつも考えてたんだよね」
営業部の仕事は会社のエースと呼ばれるほど、業務が多岐に渡るし残業も多い。
その分給与基準も高いけれど、月ごとに設定されているノルマが達成できなければ、弁解する余地も与えられないまま、ダイレクトに次の給与査定に響くシステムだった。
「そっか……」
(毎日遅くまで働きながら、そんなことも考えてたなんて……)
同い年のはずの彼が、なぜか急に大人びて見えた。




