第04話
「……メッセージ送ったんだけど、返事なかったからさ」
小走りに私に駆け寄ってくると、手にした自分のスマホを揺らす。
慌ててバッグの中を確かめたところ、奥の方でランプがピカピカと点滅しているのが見て取れた。
「ほんとだ! 通知きてたんだ。ごめんね、全然気がつかなくて!」
考え事に集中しすぎたせいか、今日は1日、一度もスマホを確認していなかった。
「前はしょっちゅう、仕事中にもメッセージ来てたのにな」
「だって……総務部って、みんなそんな感じなんだもん。仕事中にスマホいじってても、暗黙の了解って言うか……」
そこまで話したところで、“総務部”というNGワードを口にしたことに気づき、ハッとなる。
(まずい! 今、この会話はナシなんじゃないの……!?)
背中に嫌な汗が流れた。
自分の迂闊さを呪いつつ、ヒヤヒヤしながら飯田君の出方を窺う。
でも彼は、いつもと変わらない軽い調子で私にこう言った。
「なあ、まだ木曜日なんだけどさ。よかったら、これから飲みに付き合ってくんないかな?」
飯田君と一緒に訪れたのは、会社の最寄り駅から3駅離れた駅地下の居酒屋だった。
営業時代から総務時代まで、事あるごとに遅くまで飲んだくれた馴染みの店。
小ぢんまりとした店構えだが、手頃な値段で美味しい料理が食べられると、この界隈では人気がある名店だ。
「いらっしゃい!」
赤い暖簾をくぐると、威勢のいい店主の声が聞こえる。
時刻は平日の夜10時過ぎ。
店内はすっかりできあがったサラリーマンが数人いる程度で、そろそろお開きというムードだった。
「ごめん、ちょっとだけいいですか?」
表向きの閉店時間は午前1時頃だが、店主の気分で早く閉まる日もあるため、飯田君が入店前に確認している。
店主が大きく頷いてくれたのを合図に、2人で奥のテーブル席に向かった。
木造の梁には、手書きのメニューがびっしりと貼られている。
チェーン店の居酒屋より価格帯はやや高めだが、その分確実に食事が楽しめる店だった。
「前にここに来たのって、いつ頃だったっけ?」
4人掛けのテーブル席の通路側のイスに腰掛けながら、飯田君が私に話しかけてくる。
私は壁側のソファ席にバッグやコートを置くと、彼に向き合うかたちで座った。
「たぶん……二ヶ月くらい前かな。確か冬だったよね」
「ああ、そっか。そう言えば、お互いウールのコート着てたっけ!」
「そうだったね~! 早いね、もう春なんだもん」
飯田君に答えると同時に、あの時の記憶がよみがえる。




