第07話
しばらく何かを考えるようにうつむいていた飯田君だったけど、意を決した顔でゆっくりと顔を上げた。
「……私は」
そして真正面から久喜さんを見つめると、堰を切ったように一気に話し始める。
「私は……営業部での今の業務には、確かにやりがいを感じています。でも、それは心からやりたいことをやっているからではなく、ノルマというわかりやすいゴールがあるからだけで」
「……ふむ」
「本当は、もっと別のことがやってみたい。違う部署で自分のポテンシャルを試してみたい。正直、本音はそう思っています」
真剣な表情で、顔を真っ赤にして一生懸命話す飯田君が、嘘を吐いているとは思えない。
(飯田君がそんなことを考えていただなんて、私、ひとつも知らなかった……)
同じチームで仕事をした時も、営業先に一緒に挨拶回りに出かけた時も、そんな素振りは一切見せなかった。
私の愚痴を聞くために飲みに誘ってくれた時も、接待で散々飲まされた帰りに、酔った勢いで入ったカラオケボックスでも……。
(そう言えば私、飯田君には相談に乗ってもらうばっかりで、悩みを打ち明けられたことなんて、一度もなかったかも……)
今更になって、”自分には何かできなかったのか”と後悔が募った。
「では、具体的に希望する部署などは?」
私があれこれと考えを巡らせる間にも、久喜さんはスピーディーに話を進めていく。
彼の言葉を受け、ちら、と飯田君が私を見つめる。
「……ん?」
なかなか発言しない飯田君を不審に思い、彼の視線を辿って、久喜さんも私の顔を見つめた。
ピリピリしたムードの中、本日3度目の沈黙が訪れる。
(こんな状況で不謹慎だけど、タイプの違うイケメンに見つめられて「私って幸せ!」とでも思っていないと、やってられない……!)
幸い、飯田君が顔をうつむかせ、そんな彼を久喜さんが凝視するという流れで、狭い個室で2人からの視線が集中するという危機はすぐに脱したが、身の置き場がない感覚は絶賛進行中だ。
久喜さんは飯田君を急かすことなく、彼の準備が整うのを待っている。
その横顔はよくできた彫刻のように無表情で、久喜さんが一体今何を考えているのか、計り知ることはできなかった。
「……ふう」
沈黙に耐えかねて、思わず小さく漏らしてしまった私のため息に、飯田君が反応する。
「す、すみません……まだ、決心し兼ねるというか、迷う気持ちがあって」
そして心底焦った声で、久喜さんに謝罪した。
「構わない。発言するもしないも、結局は君の自由だ」
久喜さんは世間話の延長のような温度で、飯田君に言葉を返す。
まるで「君は猫派のようだが、私は犬派なんだよ」などと、取るに足らない些末事を話しているような態度だった。
「……俺の、自由」
でも、飯田君にとってはこれからの未来に影響する、大事な瞬間なわけで。
久喜さんの言葉1つ1つを、丁寧に咀嚼している。
自分の呼び方が”私”から”俺”に変わってしまっていることにすら気づいていない。




