第06話
「そうか……」
ややあって、ポツリとつぶやいた久喜さんの声に、私も飯田君も彼に視線を向ける。
「君は営業の資質を備え、自身も業務にやる気を見出してきたようだが」
「はい」
はっきりとした声で飯田君が答えた。
(いいな。会社で自分のやりたい仕事ができるって、本当にうらやましい……)
総務部で過ごした2年間の記憶が蘇る。
もちろんデータの確認は重要な作業だし、郵便物の処理だって、顧客情報にダイレクトに繋がる大事な業務だ。
けれど、同じ組織内に“やりたいことができる人”と、“やりたいことができない人”とが同時に存在することはやっぱり解せない。
(私だってできるのに! どうして私だけがこんな目に!)
こんな気持ちばかり抱えた2年間だった。
(この人なら……)
視線の先にいるのは、テーブルの上の書類を手にする久喜さんの姿。
(この人なら、総務部自体に広がるあの鬱屈とした空気も、根本から変えてくれるかもしれない……)
期待と確信と不安が入り混じったような、不思議な気持ちで彼を見つめた。
―――ところが。
「で、飯田君。君はどの部署で、何をやってみたいと思う?」
久喜さんは、綺麗にまとめられていた書類を、バサッとテーブルの上に放り投げた。
弾みで紙をとめていたクリップが外れ、ガサガサと床にまで書類が散らばる。
「!?」
目を丸くして驚く私を完全に無視し、久喜さんは突然持論を展開し始めた。
「年齢や経験をすべて無視したとき、一体自分は何がしたいか。ここで自分は何ができるかを考えてみてほしい」
「……は、はあ」
「もちろん、真剣に……だ」
飯田君も驚きに口をぽかんと開けてしまっている。
(今まで散々営業に向いてるって話、私したよね!? 飯田君も営業に自信がついてきたって、ついさっき言ったよね!?)
クラッと気が遠くなりそうになった。
さすがにこの流れに納得がいかず、すぐさま久喜さんに意見しようとしたけど……。
「君は当初、営業職は希望していないと言った。率直に今の気持ちを聞きたい。君は今の仕事に満足しているか?」
「―――っ!」
飯田君のハッとした表情を見て、咄嗟に思いとどまる。
「満足しているならそれで別に構わない。ただ、もし他にやりたいことがあるなら―――」
久喜さんの言葉を、ひと言ひと言噛み締めるように聞いている彼の喉仏が、大きく上下した。
「おそらく今が”その時”だ」
私に向けられた言葉じゃないのに、胸を衝かれる思いがする。
(飯田君……)
唇を噛み、自分の中の何かと戦っているような飯田君の面持ち。
気まずさなど一切ない、ピリピリとした緊張の静けさ。
先ほどとはまた違う沈黙が、部屋を支配する。




