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【4】Lampwork Beads~母の思い出をガラス玉へ~

 今は店内にお客さんは一人も居ない。働き始めて一週間。最初の三日はこのお店は本当に潰れるんじゃないかと、のどかは思った。

 真理が言うに、これが通常らしい。ビーズというものは、季節限定の売れ残り商品や店舗の閉鎖をするときくらいしかセールはやらず、基本いつ来ても値段が変わらないため、こんな感じになるそうだ。運営側もそれを踏まえて在庫を抱えるようにするらしい。

 その話を聞いてからは、人がいなくても不安を持つことは減った。それにいつもいつも人が居ないわけではなく、ビーズ教室のときはだいたい数名のグループ参加がほとんどだし、数量限定販売の商品は一日で完売する。

 普段からまめに来ていない人が、限定販売の商品の販売日を知っているのだろうと疑問に思った。それはとても単純なことだった。真也が小まめにSNSで商品の宣伝をしているからだ。

 真也の所定位置、カウンターの奥のイス。そこではいつもスケッチブックに何かを描いているか、パソコンを弄っていることがほとんどだ。店長らしくないと思っていたが、案外ちゃんと店長をやっているかもしれないと和は思った。


 店内の掃除をしながら、商品の陳列の乱れを直しているときだった。

 ドアベルの音が鳴った。店内に四十代くらいの品の良い女性が入って来た。

「いらっしゃいませ」

 和が声を掛けると、女性が「あの」と言いながら近づいてきた。

「はい。なんでしょうか?」

「あの、かんざしを直したいのですが、こちらで売っているパーツで直すことはできますか?」

 女性はハンカチでくるんだものを和に渡した。

 和はそれを丸テーブルに上に置き、丁寧に広げた。そこには黒塗りの簪とバラバラになったパーツがあった。それを見て、これは直るのだろうかと不安になった。

「それから、壊れる前に取った写真です」

 その写真は浴衣を着た女性が、髪をきれいに結い上げ、この簪を刺している。後姿を撮っているため、簪もしっかり写っていた。

「なるほど。金具の劣化によるものですね。あといくつかのビーズが割れていますね」

 カウンターに居たはずの真也が簪を覗き込んでいた。

「これはかなり古いものでは?」

「よくおわかりで。これは母のものでして、新婚旅行のとき、父に買ってもらったようです。街頭に並ぶ露店で買ったと聞きました」

 女性は壊れた簪を悲しそうに見つめた。

「こちらの簪を直したいんですよね」

「はい」

「わかりました。こちらで必要な商品を購入して、ご自分で直されますか?」

「自分で直そうかと考えているのですが、こういうことは不慣れでして」

「それではこちらで直しましょうか?」

 ここではアクセサリーの修理は行っていないはず。和は真也の顔を見た。その顔はスケッチブックに向かっているときと同じ顔だった。

「ぜひ、お願いします」

「では、こちらの用紙にお名前と連絡先をご記入ください」

 真也が渡した用紙はお取り寄せのビーズを頼んだ人が記入する用紙だった。それを見てこういうことは滅多にやらないのだろうと、和は思った。

 記入の終わった用紙を真也は受け取り「明後日の午前中にお渡しすることができます。こちらの控えの用紙をお持ちになりなりまして、ご来店ください」と言った。

「わかりました。どうぞよろしくお願いします」

 女性は深々と頭を下げ、お店を出て行った。


「あの、いいんですか? 修理なんて引き受けて」

「別に問題ない」

「だって、今日と明日は真理さん、お休みですよ」

「知ってる」

「じゃあ、誰が直すんですか」

「俺」

 和はそこそこ大きな声で「嘘!」と言った。いつもスケッチブックにデザイン画を描いているのは知っている。それを真理さんに渡して、商品化しているのだと和は思っている。

「あのな、俺はデザイナー。それこそアクセサリーなら、大体のものは作れる。ここで販売しているキットの作り方を描いているのは俺だ。それにこの簪なら一時間もあれば直せる」

「それなら、明日の午前中に渡せるって言えばいいじゃないですか」

「これを見ろ。ビーズが割れてるんだ。つまり代用のビーズを使わなくちゃいけない。この欠片と写真から似たビーズを探すんだぞ」

「それは、よく考えないといけませんね」

 人というのは自分が何かをやるときは時間を多めに取るが、人ができると言ったことに対しては、短時間にちゃちゃっとできてしまうと思いがちだ。

 真也は簪をA5サイズのトレーに乗せ、ハンカチをきれいに畳んだ。

「あの、どうして修理をしてあげようと思ったんですか?」

「あの人には無理だから」

「どうしてですか?」

「彼女の指先を見たか?」

「はい。長めの爪をきれいに整えてありました。マニキュアも塗ってありましてね」

 和はそれがなんだと思った。ネイルくらい女性なら誰でもするだろう。

「わかんないか。ちょっとここに座れ」

 真也は丸テーブルのイスを引いて、和を座らせる。そしてカウンターから工具箱を持ってきた。


「いいか、この簪はTピンと9ピンを使って、ビーズをつなげている。これがTピンと9ピンだ」と言って、和の手に細い金色の棒を置いた。

 両方とも長さは三センチくらいで、太さは一ミリあるかないか。Tピンと言われたほうには、棒の先に直径二ミリくらいの薄い円盤がついている。横から見るとアルファベットにTのようだった。

 9ピンのほうは、ピンの先が円のように曲げられている。これも数字の9にそっくりな形をしていた。

 真也はTピンを手に取り、それにビーズを通した。すると先についている円盤がストッパーになる。ビーズを通した方の棒を、ビーズの際で直角に曲げた。棒の余りが1センチくらいになるようにペンチで切る。そして、ペンチとそっくりだけど、先が丸くて切ることのできないペンチで、先端をきれいに丸めた。

 その手つきを見ていて、爪が長い場合はやりにくいだろうと思った。普段からこういう作業をしている人なら爪が長くてもできそうだが、慣れていない人がこれをやったら、爪を痛めそうだ。

「長い爪だとTピンや9ピン、工具が扱いにくいんですね」

「そういうこと。まあ、爪が長い方がいいときもあるけどな」

「先端を丸めるときに使っていた、これってなんて言うんですか?」

 和は初めてみる工具を持ち上げて聞いた。

「これは丸ヤットコ」

「ちなみに」と言いながら、工具箱から他の道具も出した。見た目はペンチでも先端が平らなものだった。

「こっちはは平ヤットコ。さっきのTピンと9ピンの先端を直角に曲げるときに使う。俺は使わないで指だけで曲げる派だけど」

 見た目はペンチと変わらないのに、何故ヤットコなのだろうと思ったが、深く追及する気は全くなかった。それよりも、真也の手元を見るほうが大事だった。

 パーツを全部ばらし、一つずつガーゼで丁寧に拭いている。そして、預かった写真を見ながら、ビーズを順番に並べた。

「あの、これを見ただけで古いものだってわかったんですか」

「Tピンと9ピンの色あせ具合。もともとはゴールドの金具だったはずだ」

 この簪を見たとき、艶を消したアンティーク調のものだと思っていた。これは劣化によるものだったのか。一人見分け方を探してみるが、いまいちよくわからなかった。

「あの、このビーズなんて言うんですか?」

 和は楕円型のガラスビーズを指さした。それは真っ赤な色の中にゴールドと紫色がマーブルのようになっていた。この簪の一番のアクセントとして使われている。

「ランプワークビーズ。日本ではトンボ玉って呼ばれている」

 言われてそういうビーズがあったことを思い出した。確かに和小物によく使われているイメージがある。

「トンボ玉って日本のものってイメージがありましたけど、海外にもあるんですね」

「ああ、案外どこの国にでもあるぞ。トンボ玉の歴史って、謎が多いんだ。奈良時代からあったという説もあれば、江戸時代に中国から舶来したという説もある。どっちにしろ古くからある日本に馴染み深いビーズということには変わらないだろな」


 ビーズを磨き終えた真也にちょっと来いと言われ、ビーズが並んでいる棚の前に立たされた。

「ここに長谷川の大好きなフラミンゴ・パッションがある。写真とこのビーズを見て、砕けたビーズの代わりになるものを選んでみろ」

 和は「わかりました。ファイア・ポリッシュをちゃんと選びます」と言って、真也の手から簪とビーズの乗ったトレー、写真を奪った。

 イライラした心を抑えて、写真とビーズを見ながらいくつかのビーズを選んだ。

 簪は赤を基調に、グリーンが差し色で使われている。割れてしまっているのはグリーンの丸いビーズだった。写真のグリーンは透明度の高いグリーンだった。でも、この簪ならばもう少し明るいトーンのグリーンでもいい気がする。

 グリーン系のビーズが並んでいるところを凝視し、そこから"オリーブ"と書かれているファイア・ポリッシュを選んだ。オリーブと名前が付いている割には、色が薄かった。ただの黄緑である。それをよく見て納得がいった。オリーブオイルの色だと。

「これでどうでしょうか」

「合格。一番濃い緑を選んだらどうしよかと思ったよ。ま、色彩感覚は最低限あるんだな。いい色を選びましたね、フラミンゴ・パッション」

「ファイア・ポリッシュ!」

 和は鼻息を荒くして言う。ここのお店にいる間はずっと言われそうだ。

 ふくれっ面の和を残して、真也は他のビーズをいくつかトレーの上に乗せて、カウンター奥の所定位置に戻った。

 お客さんもいないため、イスを運び、カウンター越しに真也の作業を見つめた。

真也の指先がどんどん、繊細な飾りを作り上げていく。使っている工具もそれを操っている手も、すごく男らしい。でもすごく優しく感じた。


「簪の修理を頼みました佐野です」

「お待ちしておりました。どうぞこちらにお掛けになってお待ちください」

 和の言葉に「はい」と言って、佐野は座った。

 薄いピンク色の箱と白い紙袋を持って、真也が来た。

「お待たせしました。ご確認ください」

 テーブルに置かれた箱の蓋を、佐野はゆっくりと開けた。

「元通りに戻ってる。前よりきれいになったかもしれない」

 そう言った途端、佐野は口元を覆うように手を置き、小さな声を漏らしながら涙を流していた。

「ごめんなさい、急に。母のことを思い出してしまって。先日、母が亡くなったんです。家族で看ていたんですけど、私は仕事上、なかなか病室に行くことができなくて。記憶障害が出る病気だったもので、私が娘だということもわかってもらえなくなりました。それでも父の顔は覚えているみたいで、新婚旅行で撮った写真を見るたびに嬉しそうな顔をするんです。だから、この簪も置いておいたんですが……。最後のほうは何もわからなくなってしまい、この簪を壁に投げつけてしまいました。そのときのことを思い出したら、涙が……。すみません」

 この簪には母親にとって、大事な思い出が詰まっていたのだろう。それをわかっているから、娘である佐野も苦しいのだろうと思った。

「あの、このグリーンのビーズはファイア・ポリッシュって言います。このビーズは丸くしたあとに、表面にダイヤのようなカットをするんです。その上から熱で炙って表面を滑らかにするんです。その記憶も思い出もこれと同じなんだと思います」

 隣にいる真也の顔が視界に入る。明らかに「何言ってるんだコイツ」という感じの目をしていた。佐野も意図がわからないとう顔だ。

 それでも和は話を続けた。

「表面がカットされているって、パッと見にはわからないんです。でもよく見ると、それがわかるんです。つまり、なくなったように見えても存在しているんですよ。ちょっと見つけるのが難しくなっただけです。きっと今、天国にいらっしゃるお母様は全ての記憶も思い出も持っていると思います」

 自分でもよくわからない。でも伝わっていると、和は信じた。

「そうね。簡単に思い出は消えないわよね。病気のせいでとってしまった行動を思い出して泣くなんて駄目ね、私。ありがとう、店員さん。これで仏壇に簪を飾ってあげることができます。本当にありがとうございました」

 佐野は優しい笑みを浮かべて帰っていった。

 和は帰り際に佐野からもらった名刺を眺めた。佐野 友里恵、ネイルサロンを経営している人だった。もちろん本人もネイリストだ。

「いやー、長谷川が何を言い出すのかと思って、冷や冷やしたよ。熱意と勢いで伝えたな。さすがフラミンゴ・パッション。パッションは大事だな」

「パッション、パッションしつこいです」

 和と真也はその後も"パッション"の攻防戦を繰り広げた。

 そこへ午後からのシフトとなっていた真理が「何やっているの?」と不思議そうな顔をして、店に入って来た。

 二人に視線を向けながら「仲良くなったのね」と真理は嬉しそうに言った。

 和と真也は「違う」「違います」同時に言って、真理はますます嬉しそうな顔をした。

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